217)メトホルミンの抗がん作用

図;メトホルミンは、がん細胞の増殖や浸潤・転移を抑制し、抗がん剤治療の効果を高め、抗老化にも効果がある。

217)メトホルミンの抗がん作用

前回、糖尿病ががんの発症率を高めることや、インスリン感受性を高めるメトホルミンががん予防効果を持つことを紹介しました。糖尿病ががんの発生率や死亡率を高めることは以前から報告されています。日本で行なわれた調査では、糖尿病と診断されたことのある人はない人に比べ、20~30パーセントほどがんの発生率が高くなることが明らかになっています。この調査では、糖尿病がある人のがんの発生率は糖尿病が無い人に比べて、男性は肝臓がんが2.24倍、腎臓がん1.92倍、膵臓がん1.85倍、大腸がん1.36倍、女性の場合は、卵巣がん2.42倍、肝臓がん1.94倍、胃がん1.61倍という結果が得られています。世界中の論文をもとに、男女約25万7000人分のデータを解析した報告では、糖尿病患者は糖尿病でない人に比べ、何らかのがんにかかる率は11%、がんが原因で死亡する率は16%高かったという結果が得られています。
糖尿病でがんの発生率が増える大きな原因はインスリンの分泌が増えるためです。インスリンはがん細胞の増殖を促進する作用があります。そして、インスリンの働きを良くして、インスリンの産生を抑える糖尿病治療薬のメトホルミンががんの発生率を抑えることが多くの研究で明らかになっています(216話参照)。
台湾で実施された80万人を対象にした前向きコホート研究では、糖尿病があって血糖降下剤を服用していないグループでは、大腸がん・肝臓がん・胃がん・膵臓がんの発生率が約2倍くらい高く、メトホルミンの服用によって非糖尿病グループのレベルに低下することが報告されています。この論文では、1日500mgのメトホルミンががん(特に、胃がん、大腸がん、肝臓がん、膵臓がん)の発生率を著明に低下させるという結論が記述されています。メトホルミンはインスリンの分泌を高めるのではなく、インスリン抵抗性を改善する(インスリンの働きを高めてインスリンの産生を低下させる)効果や、がん細胞の増殖を抑えるAMP依存性プロテインキナーゼ(AMPK)を活性化する作用があるので、糖尿病をもっていない人でも、がんの発生予防や再発予防やがん治療に役立つ可能性も指摘されています。がん治療におけるメトホルミンの使用の根拠になる論文を紹介します。

Metformin and pathologic complete responses to neoadjuvant chemotherapy in diabetic patients with breast cancer.(糖尿病をもつ乳がん患者における術前化学療法による病理学的完全奏功とメトホルミン)J Clin Oncol, 27: 3297-3302, 2009
目的;メトホルミンの服用が、糖尿病患者におけるがんの発生と死亡を減らす効果があることが示されている。培養がん細胞を使った実験や動物実験で、メトホルミンががん細胞の増殖を抑える効果が示されている。しかし、人間の腫瘍におけるメトホルミンの抗がん作用を支持する臨床データは少ない。本研究は、糖尿病をもつ乳がん患者の術前化学療法におけるメトホルミンの効果を検討した。
方法:テキサス大学M.D.アンダーソンがんセンターで1990から2007年の間に早期の乳がんで術前化学療法を受けた患者2529人を対象にし、このうち糖尿病に罹患しておりメトホルミンを服用していた患者が68人、メトホルミンを服用していない糖尿病患者が87人、残りの2374名は非糖尿病であった。術前化学療法後の腫瘍の切除標本を病理学的に検討し、病理学的な完全奏功の率を比較した。
結果:メトホルミンを服用したグループの病理学的完全奏功は24%、糖尿病でメトホルミンを服用していなかったグループの病理学的完全奏功は8.0%、非糖尿病グループの病理学的完全奏功は16%であった。メトホルミンを服用していたグループは、メトホルミンを服用していなかったグループに比較して、病理学的完全奏功率が高く、その差は統計的に有意であった。
結論:糖尿病を有する乳がん患者では、メトホルミンを服用することによって術前化学療法の効果を高めることができる。メトホルミンの抗がん作用に関してさらに検討する必要がある。

(解説)乳がんでは、積極的に術前化学療法 ( neoadjuvant chemotherapy)術前ホルモン療法 (neoadjuvant endocrine therapy) が行われるようになっています。これに よって腫瘍をできうる限り小さくし、より小さな範囲の温存療法が可能になります。術前化学療法の後に、手術で腫瘍部分を切除して、病理学的に検査すると、がんが全く消滅している場合があります。これを病理学的完全奏功(Pathologic Complete Response, pCR)と言います。術前化学療法で病理学的完全奏功が得られた場合は、再発や転移が低く、予後が良いことが知られています。
この論文の研究はメトホルミン服用グループの患者数が68人と比較的少ないので、メトホルミンの有効性をさらに大規模な臨床試験で検証する必要はありますが、統計的に有意差が出ているので、メトホルミンが乳がんの抗がん剤治療の効き目を高める効果が期待できます。また、この論文では、メトホルミンを服用していない糖尿病患者のうち、インスリンを使用しているグループの病理学的完全奏功が0%に対して、インスリンを使用していないグループの病理学的完全奏功が12%でした。つまり、インスリンががん細胞の増殖を促進する可能性を示しています。
メトホルミンはインスリンの分泌を低下させる効果の他に、AMP依存性プロテインキナーゼの活性を高めて、がん細胞の増殖を抑え、抗がん剤で死滅しやすくなることが報告されています。糖尿病や肥満や運動不足は乳がんのリスク要因でもあり、糖尿病がある場合は、再発率が高くなることが報告されています。したがって、糖尿病がある乳がん患者はメトホルミンを服用する方が良いと言えます。今後は、非糖尿病患者にメオホルミンを投与することが有用かどうかを明らかにする必要があります。

Metformin selectively targets cancer stem cells, and acts together with chemotherapy to block tumor growth and prolong remission.(メトホルミンはがん幹細胞に選択的に作用し、抗がん剤治療と相乗的に作用して、がん細胞の増殖を抑制し、寛解期間を延長する)Cancer Res. 69:7507-11, 2009
(要旨)がんが再発する理由として、がん幹細胞の存在がある。すなわち、がん組織の中でがん細胞を絶えず増やしているがん幹細胞と、がん組織を作ることができないがん細胞とが混在し、がん幹細胞は抗がん剤に抵抗性で、抗がん剤治療に生き残るために再発が起こるという考えがある。したがって、がん幹細胞を死滅させる薬が望まれているが、そのような薬はまだ存在しない。
インスリン抵抗性を改善し糖尿病の治療に使われているメトホルミンは、がんの発生を抑制する効果があり、乳がんを含め多くのがん細胞の増殖を阻害する作用が報告されている。ヌードマウスを使ったヒトの乳がん細胞を移植した実験では、トリプルネガティブ(ホルモン非依存性でHer2陰性)の乳がん細胞の増殖を抑制する効果が報告されている。このような研究結果は、非糖尿病の場合でも、メトホルミンががんの治療に有効に働く可能性を示唆している。この論文では、低用量のメトホルミンが、乳がんのがん幹細胞を選択的に死滅させる効果があることを報告している。
メトホルミンと通常の抗がん剤のドキソルビシンとを併用すると、非幹細胞のがん細胞とがん幹細胞の両方を死滅させることができることを培養がん細胞を使った実験で示している。さらに、移植腫瘍を用いた動物実験で、抗がん剤単独の場合と比べて、抗がん剤とメトホルミンを併用すると、腫瘍を縮小させ再発を防ぐ効果が増強することが示されたこの動物実験では、ドキソルビシン単独の治療では20日で再発したが、ドキソルビシンと低用量メトホルミンの併用療法では腫瘍の再発が2ヶ月間以上抑えることができた。これらの研究結果から、乳がんに対して(そして、恐らく他のがんに対しても)、低用量のメトホルミンの投与は通常の抗がん剤治療の効果を高めることが示唆された

The anti-diabetic drug metformin suppresses the metastasis-associated protein CD24 in MDA-MB-468 triple-negative breast cancer cells.(糖尿病治療薬メトホルミンはトリプルネガティブ乳がん細胞MDA-MB-468における転移関連蛋白CD24を抑制する)Oncol Rep. 25:135-40. 2011
(要旨)CD24はムチン様の接着分子でがん細胞の転移能を促進し、乳がんにおいて予後不良のマーカーとして知られている。治療に抵抗性の乳がんにおいて、遠隔転移したがん細胞の多くがCD24陽性であることが報告されている。したがって、乳がん細胞において、CD24の発現を抑制することは、転移を抑制する治療法となる可能性がある。この研究では、トリプルネガティブの乳がん細胞MDA-MB-468細胞に対するメトホルミンの増殖抑制効果は、CD24蛋白の発現抑制と密接に関連していることを示した。様々な乳がん細胞の中で、トリプルネガティブの乳がん細胞が特にメトホルミンに対して感受性が高いことを認めた。特に、CD44とCD24の両方を発現している乳がん細胞に対してメトホルミンの増殖抑制効果が強いことを認めた。メトホルミンはCD24蛋白の発現を抑制した。CD24の発現の多い乳がん細胞を持っている患者は無転移生存期間が短いことが明らかになった。以上のことを総合すると、予後が不良のトリプルネガティブの乳がんに対して、メトホルミンは転移を抑制して、生存期間をのばす効果が示唆された

Metformin Treatment Exerts Antiinvasive and Antimetastatic Effects in Human Endometrial Carcinoma Cells(メトホルミンはヒト子宮内膜がん細胞の浸潤と転移を抑制する)J Clin Endocrinol Metab.2010 Dec 29.
【背景】多嚢胞性卵巣症候群は子宮内膜の増殖を起こしやすい最も一般的な内分泌機能異常である。多嚢胞性卵巣症候群の治療に使用されるメトホルミンの、子宮内膜がん細胞に対する効果を明らかにする目的で研究した。【実験方法】培養したヒト子宮内膜がん細胞の浸潤能や転移能に対するメトホルミンの効果を検討した。子宮内膜がんの浸潤と転移には炎症反応が密接に関連しているので、転写因子のNF-kBやマトリックスメタロプロテイナーゼなどとの関連についても検討した。【結果】 子宮内膜がん細胞ECC-1細胞の培養条件に、メトホルミン(850mgを1日2回服用)を6ヶ月間服用した多嚢胞性卵巣症候群患者の血清を添加すると、メトホルミン非投与の患者血清を添加した場合に比べて、その浸潤能は著明に抑制された。この作用は、炎症やがん細胞の浸潤や転移で活性化されるNF-kBやメタロプロテイナーゼやAktやErk1/2のシグナル伝達系の抑制を介していることが示された。【結論】メトホルミンは子宮内膜がんの補助療法として有用であることが示唆された

Metformin promotes progesterone receptor expression via inhibition of mammalian target of rapamycin (mTOR) in endometrial cancer cells.(メトホルミンは子宮内膜がん細胞のmTORの阻害を介してプロゲステロン受容体の発現を促進する)J Steroid Biochem Mol Biol.2010 Dec 17.
(要旨)プロゲステロンは子宮内膜がんの治療に使用されているが、その奏功率は低い。その理由はがん細胞におけるプロゲステロン受容体の発現率が低下しているからと考えられている。インスリン様増殖因子は子宮内膜がんのリスクを高め、乳がん細胞においてプロゲステロン受容体の発現を抑制する作用がある。最近の研究によると、経口避妊薬とメトホルミンを併用すると、プロゲステロン治療で抵抗性の子宮内膜の異型増殖を改善する効果が得られるが、そのメカニズムは不明である。
この研究では、培養ヒト子宮内膜がん細胞を用い、プロゲステロン受容体とインスリン様増殖因子に対するメトホルミンの作用と、メトホルミンがプロゲステロンの抗腫瘍効果を増強するかどうかについて検討した。その結果、インスリン様増殖因子(IGF-IとIGF-II)はプロゲステロン受容体のmRNAと蛋白の発現を阻害し、メトホルミンはプロゲステロン受容体の発現を促進した。子宮内膜がん細胞に対するプロゲステロンの抗腫瘍効果をメトホルミンは相乗的に増強した。以上の結果より、子宮内膜がんでIGF-IIによって阻害されているプロゲステロン受容体の発現を、メトホルミンは促進する。この作用は、メトホルミンがAMPプロテインキナーゼを活性化し、がん細胞で活性化されているmTORシグナル伝達系を阻害することによって起こる。

Metformin against TGF-b induced epithelial-to-mesenchymal transition (EMT): from cancer stem cells to aging-associated fibrosis.(TGF-b誘導性の上皮間葉移行に対するメトホルミンの抑制効果:がん幹細胞から老化関連線維化まで)Cell Cycle.9:4461-8.2010
(要旨)TGF-bは、多くの老化関連疾患の病態において活性化している上皮間葉移行を引き起こす主要な因子である。TGF-b誘導性の上皮間葉移行は、がん幹細胞の運動性を高めて浸潤や転移を引き起こす。老化性疾患における組織や臓器の線維化もTGF-b誘導性の上皮間葉移行が重要な役割を果たしている。したがって、TGF-b誘導性の上皮間葉移行を抑制することは、がんの転移を抑制することになり、さらに臓器機能の低下や障害の予防や治療においても有効である。
2型糖尿病やメタボリック症候群の治療薬のメトホルミンが、ハーセプチンに抵抗性を示す乳がん幹細胞の自己複製と増殖を著明に抑制することを報告した。このようなメトホルミンのがん幹細胞に対する抗がん作用のメカニズムとして、TGF-b誘導性の上皮間葉移行の抑制が関与していることを推測して検討をおこなった。
TGF-bは、乳がん細胞MCF-7上皮性マーカーのE-カドヘリンの発現を抑制するが、メトホルミンはこれを阻害する。TGF-bによるがん細胞の浸潤能亢進や間葉系マーカーのビメンチンの発現をメトホルミンは抑制する。以上のことから、メトホルミンはTGF-bシグナル伝達を阻害して、上皮間葉移行を抑制し、慢性炎症に伴う臓器の線維化やがんの進展を阻害する効果を発揮する。メトホルミンは抗老化の治療薬として役立つ。
(解説)上皮間葉移行(EMT)は上皮細胞が間葉系様細胞に形態変化する現象です。がん細胞においては、EMTの獲得が運動性の亢進をもたらし、がん細胞の浸潤転移との関連が示唆されています。(上皮間葉移行については199話参照)さらに、EMTは慢性炎症などでの臓器の線維化や機能低下とも関連しています。このEMTをメトホルミンは阻害する作用があり、これが、老化やがんの予防に役立つという仮説です。

その他にも、メトホルミンによるAMPプロテインキナーゼ活性化は、NF-kBの活性阻害や、抗がん剤耐性に関与するP-糖蛋白を阻害する作用、アロマターゼを阻害してエストロゲン産生を抑制する作用なども報告されています。
以上のような様々な研究から、抗老化(抗加齢)やがんの予防や治療において、メトホルミンの服用(1日500mg程度)は有用であると思われます。メトホルミン(商品名:メルビン、グリコランなど)は1日500mgで数十円ですみ安価です。(ただし、他の薬との相互作用や副作用もあるので、使用する場合は、医師など専門家とご相談下さい)

(詳しくはこちらへ

コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )
« 216)糖尿病治... 218)鶏血藤(... »