791)飢餓が生物を進化させた(その2):サーチュインとFOXOとPGC-1α

図:運動、絶食、カロリー制限、糖尿病治療薬のメトホルミンは筋肉細胞内のAMP/ATP比を上昇し(①)、AMP活性化プロテインキナーゼ(AMPK)を活性化する(②)。AMPK活性化はNAD+/NADH比を高め(③)、サーチュイン1を活性化する(④)。AMPKはPGC-1α(ペルオキシソーム増殖因子活性化受容体γコアクチベーター1α)をリン酸化し(⑤)、さらにサーチュイン1で脱アセチル化されて活性化する(⑥)。サーチュイン1はFOXOファミリーなどの転写因子を脱アセチル化して活性化する(⑦)。活性化したPGC-1αはミトコンドリア新生を亢進し(⑧)、FOXOは抗酸化力などのストレス抵抗性を亢進する(⑨)。これらの作用は抗老化と寿命延長の効果を発揮する(⑩)。(図中のPはリン酸化、Acはアセチル基を示す)

791)飢餓が生物を進化させた(その2):サーチュインとFOXOとPGC-1α

【断食するとストレスに対する抵抗力が高まる】
断食というのは、一定期間すべての食物または特定の食物の摂取を断つことです。絶食というのは生物にとっては生きるか死ぬかの強いストレスになるので、体は最大の防衛モードに入ります。日頃細胞分裂を行っている細胞も一時的に増殖を止めるか分裂速度を低下させ、様々なストレスや毒物に対する抵抗性を高めるタンパク質の合成を促進させます。
すなわち、絶食を行うと、物質を合成する同化作用や細胞分裂させる作用をもったホルモンや増殖因子(インスリンやインスリン様成長因子など)は減少し、ストレスに対する抵抗力を高める遺伝子の発現は増加します
酵母の実験では活性酸素や抗がん剤に対する抵抗性は、栄養飢餓(絶食)によって10倍以上に高まることが報告されています。

絶食はインスリンやインスリン様成長因子-1(IGF-1)の発現を低下させます。マウスの実験で、72時間の絶食で血中のIGF-1濃度が70%低下し、IGF-1の活性を阻害するIGF結合タンパク質-1 (IGFBP-1)の濃度は11倍に増加しました。IGF-1の血中濃度が70から80%減少したマウスでは、抗がん剤などによる細胞毒性に対して抵抗性を示しました。
成長ホルモン/IGF-1シグナル伝達系の阻害は、ストレス抵抗性を高め、寿命延長作用を示すことが多くの実験モデルで示されています。IGF-1シグナル伝達系が欠損している動物は寿命が長く、ストレスに対する抵抗性が高いことが報告されています。
つまり、絶食やカロリー制限はインスリンやIGF-1シグナル伝達系の抑制によってストレス抵抗性が増し、寿命を延ばすメカニズムが作動するのです。

栄養飢餓時にFOXOという転写因子が活性化されます。FOXOは「Forkhead box O」の略で、DNA結合ドメインFOX(Forkhead box)をもつForkheadファミリーのサブグループ“O”に属する転写因子です。
転写因子というのは特定の遺伝子の発現(DNAの情報を蛋白質に変換すること)を調節している蛋白質で、FOXOは栄養飢餓時に活性化される転写因子で、ストレス応答、代謝制御、細胞周期、アポトーシス、DNA修復などに関連する多くの遺伝子の発現誘導を促します。がん抑制遺伝子としての性格も持っており、FOXOの活性化は抗がん作用があります。
つまり、FOXOは酸化ストレスや飢餓ストレスに対する抵抗力を高める作用があり、栄養飢餓を乗り越えるために進化の過程で獲得したメカニズムです

FOXOの転写因子活性は、成長ホルモン/インスリン/インスリン様成長因子-1(IGF-1)のシグナル伝達系によって抑制されます。絶食はこの成長ホルモン/インスリン/IGF-1シグナル伝達系を抑制し、FOXOの転写因子活性を高めることによって、ストレスに対する抵抗性を高めます。
食糧が少なくなったとき単に寿命を延ばすだけでなく、食糧が得られるとき生殖活動を再開することが目的であるため、若々しく保つ(老化を抑制する)ことも重要です。すなわち、カロリー制限や間歇的な断食は寿命を延ばすだけでなく、体を若々しくする効果もあることになります。

【転写因子FoxOはがん抑制に関与する】 

転写因子FoxO(Forkhead Box O)はDNA結合ドメインFox(Forkhead box)を持つForkheadファミリーのサブグループ“O”に属する転写因子です。
哺乳類では4種類(FoxO1, FoxO3a, FoxO4, FoxO6)あり、ショウジョウバエでは1種類(dFOXO)あります。
FoxOはストレス応答、代謝制御、細胞周期、アポトーシス、細胞分化、DNA修復、免疫機能、炎症などに関連する多くの遺伝子の発現を促します。

FoxO1とFoxO3aは約650個のアミノ酸からなる蛋白質で、遺伝子のプロモーター領域のTTGTTTACという配列に結合します。

ハエから哺乳類に至る生物において、インスリン/インスリン様成長因子-1(IGF-1)シグナル伝達系は保存されており、FoxO3aはこのシグナル伝達系の下流に位置しています。
FoxO3aのリン酸化にはリン酸化されるセリンあるいはスレオニンの部位によって、核外に移行して転写活性が阻害される場合と、逆に核内に保持されて転写活性が亢進される場合の2種類があります。
インスリン/インスリン様成長因子-1(IGF-1)はPI3K/Aktシグナル伝達系を亢進し、活性化されたAktは転写因子FoxO3aをリン酸化します。この場合、リン酸化されたFoxO3aは核外(細胞質)へ移行して分解されるので、FoxO3aの転写活性は抑制されます。(下図)

図:インスリン/インスリン様成長因子-1(IGF-1)はPI3K/Aktシグナル伝達系を亢進し、活性化されたAktは転写因子FoxO3aをリン酸化する。リン酸化されたFoxO3aは14-3-3というたんぱく質と結合し核外(細胞質)へ移行して分解されるので、FoxO3aの転写活性は抑制される。FoxO3aの標的遺伝子は細胞増殖を停止させ、がん抑制的に作用するので、FoxO3aの核外への移行(不活性化)はがん細胞の増殖を促進することになる。

FoxO3aは細胞周期の進行を阻害するタンパク質p27Kip1の発現を促進します。p27Kip1は細胞周期のG0/G1停止を引き起こすサイクリン依存性キナーゼ阻害因子です。
また、FoxO3aはがん細胞のミトコンドリアに作用してアポトーシスを誘導するタンパク質のBimの発現を亢進することが報告されています。
つまり、FoxO3aの転写活性を高めることはがん細胞をG0/G1期で細胞周期を止め、アポトーシスを誘導することになります(下図)。 

図:インスリンやインスリン様成長因子-1やその他の増殖因子や成長因子はPI3K/Aktシグナル伝達系を活性化し、AktはFoxO3aをリン酸化して核外に移行させて転写活性を阻害(不活性化)する。FoxO3aはサイクリン依存性キナーゼの阻害因子であるp27Kip1やアポトーシスを誘導するBimの発現を亢進してがん細胞をG0/G1期で停止させ、アポトーシスを誘導する。PI3K/Aktシグナル伝達系の活性阻害は、がん細胞の増殖抑制とアポトーシス誘導に作用する。

【飢餓は長寿遺伝子サーチュインを活性化する】
サーチュイン(sirtuin)は長寿遺伝子として、酵母からヒトまで進化的によく保存された遺伝子ファミリーで、食物不足(飢餓状態)の時に活性化される遺伝子群です。サーチュインはNAD+依存性のヒストン脱アセチル化酵素の一種で、タンパク質のアセチル基を除去する作用によって様々な酵素の活性を制御し、細胞周期、代謝、抗酸化システム、オートファジーなどの細胞機能の制御に関与します。
NAD+ニコチンアミド・アデニン・ジヌクレオチドの略です。NAD+は様々な酵素の補酵素として機能します。細胞内のNAD+量が低下するとサーチュインの活性は低下します。

サーチュインはNAD+/NADHの比率の変動を感知することによって、細胞内の栄養素の供給状況や物質代謝の状況を把握しています。栄養素、特に糖が減少すると、NAD+が増え、細胞内の様々な部位に存在するサーチュイン・ファミリーのタンパク質の発現や活性が亢進します。哺乳類では七つのサーチュイン(SIRT1~7)が存在し、SIRT1、 6、7は核内、SIRT3、4、5はミトコンドリア、SIRT2は細胞質に局在します。

サーチュインによって活性が制御されているタンパク質としてヒストン、P53、FOXO、PGC1α、LKB1などがあり、細胞周期、代謝、抗酸化システム、オートファジーなどの細胞機能に影響します。その結果、細胞老化や発がんを抑制し、寿命を延長する効果を発揮するのです。

図:サーチュインはNAD+/NADHの比率の変動を感知することによって、細胞内の栄養素の供給状況や物質代謝の状況を把握している(①)。絶食やカロリー制限などによって栄養素、特に糖が減少すると、NAD+が増え、サーチュイン(SIRT)が活性化する(②)。サーチュインは細胞質や核に存在するSIRT1(③)やミトコンドリアに存在するSIRT3(④)など7種類が知られている。サーチュインはタンパク質の脱アセチル化(アセチル基を除去する)によって様々な転写因子や酵素などの活性を調整する(⑤)。サーチュインによって活性が制御されているタンパク質としてヒストン、P53、FOXO、PGC1α、LKB1などがあり、細胞周期、代謝、抗酸化システム、オートファジーなどの細胞機能に影響する(⑥)。その結果、細胞老化や発がんを抑制し、寿命を延長する効果を発揮する(⑦)。 

老化に伴いNAD量およびサーチュイン活性が低下しますが、ニコチンアミド・リボシド(nicotinamide riboside:NR)ニコチンアミド・モノヌクレオチド(nicotinamide mononucleotide:NMN)などのNAD中間代謝産物の補充がサーチュインを効果的に再活性化することが明らかになっています。NRやNMNは抗老化のサプリメントとして人気があります。

【NADはナイアシン(ビタミンB3)から作られる】
ニコチン酸ニコチン酸アミドは総称してナイアシン (Niacin) 、あるいはビタミンB3とも言います。水溶性ビタミンのビタミンB複合体の一つで、糖質や脂質やタンパク質の代謝に不可欠です。

ナイアシンは電子伝達体のニコチンアミドアデニンジヌクレオチド (NAD) ニコチンアミドアデニンジヌクレオチドリン酸 (NADP) に変換され、酸化還元反応 (電子が供与体分子から受容体分子に転移する反応) に関与する酵素の補酵素として機能しています。

脱水素酵素ではNADを補酵素とし、NADが水素の受け取り手となっています。
NADの構造の中で酸化還元反応に関与しているのはニコチンアミドの部分です。酸化型のNAD+が水素と電子を受け取って還元型のNADHになります。

図;NAD+が水素(H)と電子(e-)を受け取ってNADHになる(①)。NAD+は還元型基質から水素を受け取り(②)、その基質を酸化し、還元型のNADHとH+を生成する(③)。NADH+H+は、他の物質の還元に使われる(④)。

NAD+は、全ての真核生物と多くの古細菌、真正細菌で用いられる電子伝達体です。さまざまな脱水素酵素の補酵素として機能し、酸化型 (NAD+) および還元型 (NADH) の2つの状態を取ります。
NAD+は生物のおもな酸化還元反応の多くにおいて必須成分(補酵素)であり、好気呼吸(酸化的リン酸化)の中心的な役割を担っています。
ニコチンアミド・ホスホリボシル・トランスフェラーゼ(NAMPT)はニコチンアミドをニコチンアミドモノヌクレオチドに変換する酵素で、NAD産生の律速酵素です(下図)。

図:ニコチンアミド・アデニン・ジヌクレオチド(nicotinamide adenine dinucleotide:NAD+)はトリプトファンやニコチン酸やニコチンアミドなどから生成するルートもあるが、特にNAD+の前駆物質であるニコチンアミド・モノヌクレオチド(nicotinamide mononucleotide:NMN)とニコチンアミド・リボシド(nicotinamideriboside:NR)をサプリメントとして摂取すると体内のNAD+を増やすことができる。

【AMP活性化プロテインキナーゼはNADを増やしてサーチュインを活性化する】
AMP活性化プロテインキナーゼ(AMPK)は細胞のエネルギー代謝を調節する因子として重要な役割を担っています。
AMPKは低グルコースや低酸素や虚血など細胞のATP供給が枯渇させるようなストレスに応答して活性化されます。
AMPKは触媒作用を持つαサブユニットと、調節作用を持つβサブユットとγサブユニットから構成されるヘテロ三量体として存在します。γサブユニットにはATPが結合していますが、ATPが枯渇してAMP/ATP比が上昇すると、γサブユニットに結合していたATPがAMPに置き換わります。その結果、アロステリック効果(酵素の立体構造が変化すること)によってこの複合体は中等度(2~10倍程度)に活性化され、上流に位置する主要なAMPKキナーゼ(AMPKをリン酸化して活性化する酵素)であるLKB1に対して親和性が高くなり、LKB1によってαサブユニットのスレオニン-172(Thr-172)がリン酸化されると、酵素活性は最大に活性化されます。

 LKB1以外のルートでのAMPKの活性化として、カルモジュリンキナーゼキナーゼβ (CaMKKβ)もAMPKの活性化にとって重要であることが示されています。ビタミンD3はCaMKKβを活性化してAMPKを活性化します。
活性化したAMPKは異化を亢進してエネルギー産生を亢進し、物質合成を抑制するように代謝をシフトします。AMPKは運動やカロリー制限の他、メトホルミンやビタミンD3で活性化できます(図)。

図:AMPKはα、β、γの3つサブユニットからなり、不活性型ではγサブユニットにATPが結合している(①)。細胞内のATPが減少するとγサブユニットに結合していたATPがAMPに置換する(②)。これによってAMPKの構造変化が起こると、LKB1というリン酸化酵素の親和性が高まり、αサブユニットのスレオニン172がリン酸化されると、さらにAMPKの活性が高まる(③)。活性化したAMPKは異化を亢進してエネルギー産生を亢進し、物質合成を抑制するように代謝をシフトする(④)。運動やカロリー制限はATPが減少してAMP/ATP比を上昇してAMPKを活性化する(⑤)。メトホルミンはミトコンドリアの呼吸鎖を阻害してATP産生を低下させる機序とLKB1を活性化する両方の機序でAMPKを活性化する(⑥)。ビタミンD3は細胞内のフリーのカルシウムを増加させ、カルモジュリンキナーゼキナーゼβ (CaMKKβ)を活性化させてAMPK活性を亢進する(⑦)。

AMP活性化プロテインキナーゼ(AMPK)はニコチンアミドをニコチンアミドモノヌクレオチドに変換するニコチンアミド・ホスホリボシル・トランスフェラーゼ(NAMPT)を活性化する効果があります。
ニコチンアミド・ホスホリボシル・トランスフェラーゼ(NAMPT)はNAD産生の律速酵素です。従って、AMPKの活性化はNAD/NADH比を高めてサーチュインを活性化します。
さらに、AMPKはミトファジー(ミトコンドリアの分解)を誘導し、ミトコンドリア新生を促進します。

AMPKを活性化する薬として糖尿病治療薬のメトホルミンやブルーベリーに含まれるレスベラトロールプテロスチルベンがあります。これらはミトコンドリアの品質を良くする効果が期待できます。運動やカロリー制限やケトン食や魚油(DHAやEPA)やビタミンD3もAMPKを活性化します。AMPKとサーチュインを活性化すると体の老化を抑制し、寿命を延ばす効果があります。

【サーチュイン1はPGC-1αを活性化してミトコンドリアを増やす】
サーチュインは転写因子のFOXOを活性化してストレス抵抗性を高め、PGC-1α(ペルオキシソーム増殖因子活性化受容体γコアクチベーター1α)を活性化してミトコンドリア新生を亢進します。これらの作用によって抗老化や寿命延長やがん予防の効果を発揮します。
FOXOはサーチュインによって脱アセチル化されて転写因子として働き、細胞のストレス抵抗性を高めます

細胞内でミトコンドリアが新しく発生することを「ミトコンドリア新生」と言います。既存のミトコンドリアが増大して分かれて増えていきます。ミトコンドリア新生で最も重要な働きを担っているのが、PGC-1α(Peroxisome Proliferative activated receptor gamma coactivator-1α)です。日本語訳は「ペルオキシソーム増殖因子活性化受容体γコアクチベーター1α」です。

PGC-1αは転写因子のPPAR-γと結合して、PPAR-γの転写活性を高める因子として見つかりました。PGC-1αは核内受容体を中心とする様々な転写因子と結合し標的遺伝子の発現を制御する転写コアクチベーターです。骨格筋、心筋、脂肪、脳などの臓器においてミトコンドリアの新生および酸化的リン酸化を促進するなど細胞のエネルギー産生を制御する役割が知られています。
運動すると骨格筋のPGC-1α量が増えます。運動や絶食やカロリー制限やメトホルミン(糖尿病治療薬)がAMP活性化プロテインキナーゼ(AMPK)を活性化し、AMPKはサーチュインを活性化して転写因子のPGC-1αとFOXOファミリータンパク質を活性化し、ミトコンドリア機能や代謝を制御することが知られています(図)。

図:運動、絶食、カロリー制限、糖尿病治療薬のメトホルミンは筋肉細胞内のAMP/ATP比を上昇し(①)、AMP依存性プロテインキナーゼ(AMPK)を活性化する(②)。AMPK活性化はNAD+/NADH比を高め(③)、サーチュイン1を活性化する(④)。AMPKはPGC-1α(ペルオキシソーム増殖因子活性化受容体γコアクチベーター1α)をリン酸化し(⑤)、さらにサーチュイン1で脱アセチル化されて活性化する(⑥)。サーチュイン1はFOXOファミリーなどの転写因子を脱アセチル化して活性化する(⑦)。活性化したPGC-1αやFOXOやその他のタンパク質はミトコンドリア機能や代謝を制御する。図中のPはリン酸化、Acはアセチル基を示す。(参考:Nature. 2009 Apr 23; 458(7241): 1056–1060.)

老化とともにミトコンドリアの働きが低下します。特にエネルギー消費の多い筋肉、脳、心臓などでミトコンドリアの機能や新生が低下しています。
カロリー制限や運動はサーチュインとAMPKを活性化し、ミトコンドリアの数と機能を高める効果によって、抗老化作用や寿命延長作用を発揮すると考えられます

図:カロリー制限はAMP活性化プロテインキナーゼ(AMPK)を活性化し(①)、AMPKはサーチュイン-1(SIRT1)を活性化し(②)、FoxO3aの活性を亢進して(③)、ストレス抵抗性を高める(④)。サーチュイン-1はPGC-1α(ペルオキシソーム増殖因子活性化受容体γコアクチベーター1α)を脱アセチル化して活性化し(⑤)、ミトコンドリア新生を亢進し(⑥)、ミトコンドリア機能を亢進する(⑦)。これらの総合作用によって抗老化やがん予防の効果を発揮する(⑧)。

【生殖と寿命はトレードオフの関係にある】
生殖と寿命の間にはトレードオフの関係があります。トレードオフ(trade-off)とは、何かを得ると別の何かを失うという相容れない関係のことです。
生殖活動が盛んな個体は早く老化させる方が種の維持と繁栄にはメリットがあります
「地球上には空間的にも食料供給にも限界があるので、生き物に寿命がなければ、いずれ生物は全滅するので、寿命や老化が必然的に存在する」という考えがあります。空間や食物供給に限界がある条件では、生殖と寿命はトレードオフにある方が種の維持・繁栄には都合が良いのです。 

生殖活動を犠牲にすれば生物の寿命が延びることはショウジョウバエやネズミの実験で示されています。カロリー制限や去勢や遺伝子改変によって生殖活動を弱めると寿命が延びることが多くの動物実験で報告されています。
繁殖能の高いマウスは短命で、成熟のプロセスがゆっくりで繁殖率が低い動物(ゾウや人間など)は寿命が長いのも「生殖と寿命のトレードオフ」の1例だと考えられています。

一般的に多くの地上の動物において食糧が絶えず不足ない状態というのは、近代の人類以外にはあり得ません。人類は約1万年前に農耕を始めることによって、食物を安定的に手に入れることができるようになりました。しかし、気候の変化によっては飢饉を経験します。人類が飢饉を経験しなくなるのは、産業革命後に、農業の機械化によって農産物の生産性が向上し、食物の貯蔵技術の進歩によって長期間の食物の貯蔵が可能になったからです。
食物の豊富な熱帯地方の森林に住んでいれば、食物は何もしなくても豊富に入手できますが、多くの生物は食糧が十分に入手できなくなるリスクの中で生きてきました。このような状況で、食物の摂取が少なくなったときに種を保存するためにはどうすれば良いかという問題がでてきます。

食糧が不十分なときに子供を作っても育たない可能性があります。そのため、食糧が少ない状況では、生殖を先延ばしするために、寿命を伸ばすメカニズムが生体内で進化したということです。
食物が入手できるようになったときに生殖を開始します。したがって、カロリーが十分取れないときは、寿命を伸ばすと同時に老化を抑制して、若々しい状態を保つ必要があるのです。
人間でも、カロリー制限すると性ホルモンの産生が減少し、生殖活動が抑制されることが証明されています。例えば、男性における血中性ホルモン濃度に対する長期間のカロリー制限の影響を検討した研究結果が報告されています。

Long-term effects of calorie restriction on serum sex hormone concentrations in men.(男性における性ホルモン量に対するカロリー制限の長期間の影響) Aging cell. 2010;9(2):236-242.

この研究では、カロリー制限を行っている24人(平均年齢51.5±13歳)の男性を対象にしています。カロリー制限の期間は平均で7.4±4.5年です。比較対照は通常の西洋式食事を行っている同年齢の男性と、体脂肪が同レベルの長距離ランナーです。
血清中の総テストステロン量とフリーのアンドロゲンの量はカロリー制限の群で、他の2群の対照群(コントロール群)と比べて有意に低下し、性ホルモン結合グロブリンは高いという結果が得られています。
カロリー制限をして痩せている人は、長距離ランナーで体脂肪が同じくらいの人と比べても、性ホルモンの血中濃度が少ないことが明らかになっています。

食糧が減少すれば、物質合成するための栄養素やエネルギー(ATP)が減少するので、細胞の増殖は抑制されます。そのため、生体は、細胞の増殖を促進する増殖因子や蛋白同化ホルモン(男性ホルモン)の産生を抑制します。
これらの因子(増殖因子や蛋白同化ホルモン)は老化を促進し、がんの発生を促進します。したがって、カロリー制限は老化とがんの発生を抑制することになります。しかし、生殖活動は低下します。
つまり、食糧が少ない状態(=カロリー制限)では、生殖活動を低下させ、老化を遅延させ、寿命を延ばすようなメカニズムが作動することになります。

カロリー制限は寿命を延長する最も確実な方法です。このカロリー制限はAMP活性化プロテインキナーゼサーチュインPGC-1α(ペルオキシソーム増殖因子活性化受容体γコアクチベーター1α)を活性化してミトコンドリの数と機能を高めることによって抗老化作用を発揮しています。つまり、カロリー制限における抗老化と寿命延長のターゲットはミトコンドリアにあると言えます。
カロリー制限模倣薬と言われるメトホルミン、レスベラトロール、プテロスチルベン、スペルミジン、ニコチンアミド・モノヌクレオチド、ニコチンアミド・リボシルなどを服用すると、カロリー制限を実践しなくても、抗老化とがん予防と寿命延長の効果が得られます。

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