720)時を戻そう(その1):NAD+前駆体とプテロスチルベンとメトホルミン

図:ニコチンアミド・アデニン・ジヌクレオチド(NAD+)の前駆体のニコチンアミド・モノヌクレオチドやニコチンアミド・リボシドの補充はNAD+/NADH比を高め(①)、サーチュイン1を活性化する(②)。メトホルミンとプテロスチルベンはAMP/ATP比を高め(③)、AMP活性化プロテインキナーゼ(AMPK)を活性化し(④)、AMPKはサーチュイン1を活性化する(⑤)。サーチュイン1はLKB1の活性化を介して(⑥)、AMPKを活性化する(⑦)。サーチュイン1はPGC-1α(PPARγコアクチベーター1α)やFoxO3aを活性化し、テロメアを伸長するテロメラーゼを活性化する(⑧)。その結果、細胞老化を抑制し、寿命が延長する。

720)時を戻そう(その1):NAD+前駆体とプテロスチルベンとメトホルミン

【超高齢化社会においてフレイルやザルコペニアの対策が重要になっている】
本日(9月21日)は日本では「敬老の日」です。「多年にわたり社会につくしてきた老人を敬愛し、長寿を祝う」ことを趣旨として国民の祝日になっています。
厚生労働省のデータによると、2019年の日本人の平均寿命は女性87.45歳、男性81.41歳となって過去最高を更新しています。
2019年に生まれた人のうち、75歳まで生存する人の割合は女性が88.2%、男性が75.8%です。90歳まで生存する人は女性51.1%、男性27.2%と計算されています。
つまり、女性の2人に一人、男性の4人に一人は90歳以上まで生存する時代です。
心臓病やがんなどの重い疾患にかからなければ、90歳以上生きるのが普通の社会になり、「人生100年時代」は決して大げさではないようです。
100歳以上の高齢者は1963年には全国で153人でしたが、1981年に1000人を突破、1998年に1万人を突破し、その後も右肩上がりに増え続けています。
日本では現在100歳以上の高齢者は8万人を突破しており、最高齢は福岡市在住の女性の117歳(現時点の世界最高齢)です。

哺乳動物の場合、限界寿命(生理的最大寿命)は、成熟するのに要する 期間の6倍を目安として計算されます。人間の場合は、大人(成熟)になるまでに約20年かかることから、約120歳が限界寿命と考えられています。
過去には122歳164日生きたフランス人女性(ジャンヌ・カルマン)や、男性では120歳238日の日本の泉重千代さんがいます。
このような状況で、私も100歳まで生きることを目標にしています。寝たきりで100歳まで生きても意味がなく、健康に動き回れる状況で100歳以上生きるにはどうしたら良いかを考えるようになりました。
そのためには、体が弱り出す前から積極的な対策が必要です。「要支援、要介護状態」となってからでは遅すぎます。健康なうちから予防的な対策をとることがきわめて重要です。

加齢によって筋肉量が減少し、筋力低下や身体機能が低下することサルコペニアと言います。
サルコペニア(Sarcopenia)はギリシャ語で筋肉を意味する「サルコ(sarx/sarco)=筋肉」と喪失を意味する「ペニア(penia)=喪失」を合わせた造語です。主に加齢により全身の筋肉量と筋力が自然低下し、身体能力が低下した状態と定義されており、「加齢性筋肉減弱現象」とも呼ばれています。
人の筋肉量は40歳を境にして徐々に減少していく傾向があり、60歳を超えるとその減少率は加速します。
サルコペニアは、タンパク質の摂取不足と運動量の減少によって、作られる筋肉よりも分解される筋肉の方が多くなることが原因です
したがって、サルコペニアの予防にはタンパク質摂取と運動量を増やすことが基本になります。

加齢とともに心身の活力(運動機能や認知機能等)が低下した「虚弱」な状態を「フレイル」と言います。フレイルは、日本老年医学会が2014年に提唱した概念で、「Frailty(虚弱)」の日本語訳です。
健康な状態と要介護状態の中間に位置し、身体的機能や認知機能の低下が見られる状態のことを指しますが、適切な治療や予防を行うことで要介護状態に進まずにすむ可能性があります。

このようなフレイルやサルコペニアの症状が現れる前から、筋力低下を防ぐためのことを積極的に行うと、100歳以上まで、健康寿命を延ばすことが可能になります。

【体の若返りが可能な根拠:物理学と生物学の時間の違い】
多くの人は「老化を遅らせることはできても、若返りはできない」と考えています。
若返りというのは過ぎ去った時間を巻き戻すことであり、時間を逆行することは不可能だと常識的に考えられているからです。
1985年の米国の映画『バック・トゥ・ザ・フューチャー(Back to the Future)』では、主人公が30年前の過去にタイムスリップし、自分が生まれる前の両親と出会うという話です。両親が結婚しないと自分が生まれなかったことになってしまい、自分の存在が消滅してしまうというタイムパラドックスの話がこの映画の中で出てきます。
過去に戻るタイムマシンは理論的には可能という考えもありますが、過去に戻って歴史を変えると深刻な問題(タイムパラドックス)が起こります。たとえば、過去に戻って自分の存在を消す行為を行った場合、過去に戻った自分は存在できないという「自分殺しのパラドックス」がまだ解決していません。
イギリスの理論物理学者スティーヴン・ホーキング博士は「時間順序保護仮説」によって過去に戻るタイムマシンは不可能と言っています。「我々が未来からのタイムトラベラーに出会ったことがない事実が、過去への旅が不可能であることの証拠だ」と言っています。

物理的な時間ではなく、生物体の「老化」という時間的現象に話を移すと、60歳の人が20歳の頃の体に戻すことは現実的に困難だというのは直感的に理解できますが、60歳の人が40歳や50歳くらいのレベルに若返りすることは、運動や食事の工夫やサプリメントや医薬品などを利用して実行できそうな感じはします。
しかし、60歳から50歳への若返りが可能であれば、理屈的には40歳や20歳への若返りも可能という結論になります。
今年ブレイクしている漫才コンビ「ペコパ」のネタ中のセリフに「時を戻そう」というフレーズがあります。
物理学的な時間は戻すことは不可能(?)ですが、生物学的には「時を戻すことは可能」というエビデンスは数多く存在します

例えば、iPS細胞があります。iPS細胞は「induced pluripotent stem cells」の略で日本語では「人工多能性幹細胞」と訳されています。
私たちの体は、一つの受精卵が分裂して分かれた胚細胞が、神経細胞や心筋細胞や肝細胞や皮膚細胞など異なった機能を持つ細胞に分化していきます。
分化」というのは、単一あるいは同一であったものが、複雑化したり、異質化したりしていく現象で、未熟な胚細胞が異なった機能をもった細胞に成熟する過程が細胞分化です。
一般的に細胞分化は不可逆だと考えられていました。
神経細胞や心筋細胞などへ最終分化した細胞は、分化後の細胞に必要な遺伝子以外の遺伝子の塩基配列がメチル化され、発現ができなくなり遺伝情報を失うためと考えられています。
しかし、皮膚などの体細胞に少数の因子を導入し、培養することによって、様々な組織や臓器の細胞に分化する能力とほぼ無限に増殖する能力をもつ多能性幹細胞(iPS細胞)が、2006年に京都大学の山中伸弥教授の研究グループによって作成されました。
つまり、皮膚などに分化した細胞にある遺伝子を導入することで、あらゆる生体組織に成長できる万能な細胞を作れることが証明されたのです。
これは、成熟した細胞を、多能性を持つ状態に初期化する、つまり「細胞の時間を巻き戻すことができる」ことを示しています。(下図)

図:受精卵が胚細胞になり(①)、未熟な胚細胞が増殖と細胞分化を繰り返して体が完成する(②)。個体の体細胞(例えば皮膚の線維芽細胞)を採取し(③)、幾つかの多能性誘導因子(④)を加えて細胞培養すると、多能性を持ったiPS細胞(人工多能性幹細胞)が作成できる(⑤)。iPS細胞に他の体細胞への分化を誘導する因子を加えて培養すると心筋細胞や肝細胞など他の体細胞の分化誘導できる(⑥)。体細胞からiPS細胞への変換は「細胞の時間の巻き戻し」を実現したことになる(⑦)。

さらに、私たちの体では、時を戻すことは日常的に起こっています。
例えば、何らかの病気になって体調不良が続いたのち、その病気が治って元の健康な状態に戻ると、それは体が元の状態、すなわち過去の状態に戻ったことになります。つまり、健康な過去の自分に「時を戻す」ことができたと言えます。
なぜ、生物は時を戻すことができるのでしょうか?
それは、生命体には治癒力回復力(復元力)があるからです。
筋力が低下しても、リハビリで筋肉を鍛えれば、元の筋力に戻せます。さらに鍛えれば、若い時のレベルに体を戻せます。
重い病気に罹って体が不自由になっても、その病気が治れば、元の健康な状態に戻れます。これは、生命体には体を正常に維持し、病気になってもそれを正常状態に回復(復元)させる自然治癒力(復元力)があるからです。

個々の臓器の機能状態が何歳の臓器に相当するかという評価法を用いて、脳年齢骨年齢血管年齢などが測定されています。これは個々の臓器の機能が加齢とともに機能が低下するという前提があります。
食事や生活習慣の改善やサプリメントなどで脳年齢や骨年齢や血管年齢を若い状態に戻すことは可能です。これも体の若返りが可能な根拠です。

つまり、物理的な時間を逆行することはできませんが、生物学的には時間を戻す(若返る)ことは可能なのです。「老化速度の遅延」だけでなく「身体機能の若返り」は可能なのです。

図:事故や何らかの病気で動けなくなっても、体の治癒力と回復力で元の健康状態に戻せる(①)。体力低下や体調不良があっても、元の健康状態に回復させることはできる(②)。このように、体は時を戻すことができる。食生活や生活習慣の改善、サプリメントや医薬品の利用などによって(③)諸臓器機能の若返りも可能(④)

【加齢によって減少する体内物質と増える体内物質がある】
体の若返りが可能なもう一つの理由は、老化に伴う臓器機能の低下に、幾つかの生体内成分の減少や増加が関与していることです。
たとえば、加齢に伴ってホルモン(性ホルモンやメラトニンなど)の産生が低下し、これが様々な組織や臓器の機能低下に関与します。このような低下したホルモンを薬やサプリメントとして補えば、老化による臓器機能の低下を若いころのレベルに戻せます。

また、加齢にともなって、細胞の老化を促進する因子の存在も知られています。例えば、加齢に伴って体内の慢性炎症状態が持続・亢進し、この炎症応答に伴う各種の炎症性サイトカインは細胞の老化を促進します。
例えば、2 匹のマウスの脇腹の皮膚を縫い合わせる並体結合(parabiosis)という手法を用いて、若い個体と老齢個体を並体結合し、両者の血液を一緒に循環させて1ヶ月ほどすると、老齢個体が若返りの兆候を示すことが報告されています。
老化によって低下していた骨格筋の筋力が増加し、神経幹細胞の増殖能が促進されて認知機能が良くなり、心臓や肝臓や膵臓などの臓器機能が改善することが認められています。
逆に若いマウスは老化の徴候が進行することが示されています。
これは、加齢とともに老化を促進する「老化因子」が次第に増加し,体を若い状態に維持する「若返り因子」が加齢とともに減少することが老化の原因である可能性を示唆します。

図:高齢マウスと若いマウスの脇腹の皮膚を縫い合わせる並体結合によって両者の血液循環を共有させると、高齢マウスの老化因子によって若いマウスの老化の徴候が促進される(①)。一方、高齢マウスは若いマウスの若返り因子によって老化の徴候が減少する。

このような若返り因子として様々な因子が見つかっています。
体内の生命活動に必須の補酵素のニコチンアミド・アデニン・ジヌクレオチド(nicotinamide adenine dinucleotide:NAD+はそのような若返り因子の一つとして研究されています。
NAD+は加齢とともに減少し、NAD+を増やす方法は老化の徴候を低下させることが明らかになっています。

図:加齢とともに組織のタンパク質重量当たりのNAD+は減少する。NAD+の減少が、老化に伴う臓器や組織の機能低下の主な原因となっている。

NAD+(ニコチンアミドアデニンジヌクレオチド)はナイアシンというビタミンから体内で合成されます。NAD+は解糖系およびミトコンドリアでのエネルギー産生反応に必要な因子です。
NAD+レベルは加齢とともに低下し、加齢に関連する疾患の発症に重要な役割を担っていることが明らかになっています。
NAD+の細胞内レベルを上昇させる方法は、動物モデルで老化を遅らせ、筋肉機能を回復させ、脳での神経再生を促進し、代謝性疾患を改善することが示されています。

NAD+によって活性化されるサーチュインはテロメラーゼの活性を亢進したり、ミトコンドリアの機能を高め、細胞の機能を高め、寿命を延ばすことができます。

図:生き物には寿命(生まれてから死ぬまでの時間)があり(①)、時間とともに老化が進む(②)。体内の生命活動に必須の補酵素のニコチンアミド・アデニン・ジヌクレオチド(nicotinamide adenine dinucleotide:NAD+)の体内量は老化の進行とともに減少する(③)。NAD+の前駆物質であるニコチンアミド・リボシド(nicotinamide riboside:NR ④)やニコチンアミド・モノヌクレオチド(nicotinamide mononucleotide:NMN ⑤)をサプリメントとして補充すると、体内のNAD+量を増やし(⑥)、体を若返らせ、寿命を延ばす効果が期待できる(⑥)。

つまり、体内の生命活動に必須の補酵素のニコチンアミド・アデニン・ジヌクレオチド(NAD+)のの前駆物質であるニコチンアミド・リボシド(NR)ニコチンアミド・モノヌクレオチド(NMN)をサプリメントとして補充すると、体内のNAD+量を増やして体を若返らせ、寿命を延ばす効果が期待できると言えます。
さらに、細胞老化を促進する物質の存在も知られています。加齢とともにこのような老化促進因子が増えることによって細胞の老化が促進されるので、このような老化促進因子を除去できれば、細胞の若返りが可能になります。
このように、細胞の働きを高め、細胞寿命を延ばすことを実践すると体の若返りは可能となります。

【プテロスチルベンは植物が合成する抗菌物質の一つ】
植物は、外敵(病原菌など)や過酷な外的環境(紫外線や熱や重金属など)に打ち勝つために、様々な生体防御物質を合成しています。植物体に病原菌や寄生菌が侵入したときに植物細胞が合成する抗菌性物質をファイトアレキシン(phytoalexin)と言います。
刺激を受けて合成を開始しますが、すでに持っている物質を活性化することもあります。多くの化合物が知られていますが、ブドウやブルーベリーなどに含まれるレスベラトロール(Resveratrol)プテロスチルベン(Pterostilbene)もファイトアレキシンです。
プテロスチルベンはレスベラトロールの2つの水酸基(OH)がメトキシ基(CH3O-)に置換した構造です。
プテロスチルベンはレスベラトロールに比べて生体利用率が極めて高く、生体に対する薬効もプテロスチルベンの方が優れていることは715話で解説しています。

図:プテロスチルベンはレスベラトロールの2個の水酸基(OH)がメトキシ基(CH3O-)に置換している。2つのメトキシ基が存在することで、プテロスチルベンはより親油性になり、消化管からの吸収がよく、グルクロン酸抱合や硫酸抱合による不活性化を受けにくいので、生物学的利用能がレスベラトロールより高い。

運動絶食や糖尿病治療薬のメトホルミンがAMP活性化プロテインキナーゼ(AMPK)を活性化し、AMPKはサーチュインを活性化して転写因子のPGC-1αとFOXOファミリータンパク質を活性化し、ミトコンドリア機能や代謝を制御することが知られています。
レスベラトロールやプテロスチルベンも運動や絶食やメトホルミンと同様のメカニズムでAMPKとサーチュイン1を活性化して、ミトコンドリア機能や代謝を制御していると考えられています。(下図)

図:運動や絶食やメトホルミンは筋肉細胞内のAMP/ATP比を上昇し(①)、AMP依存性プロテインキナーゼ(AMPK)を活性化する(②)。AMPK活性化はNAD+/NADH比を高め(③)、サーチュイン1(SIRT1)を活性化する(④)。AMPKはPGC-1α(Peroxisome Proliferator- activated receptor gamma coactivator-1α:ペルオキシソーム増殖因子活性化受容体γコアクチベーター1α)をリン酸化し(⑤)、さらにSIRT1で脱アセチル化されて活性化する(⑥)。サーチュイン1はFOXOファミリーなどの転写因子を脱アセチル化して活性化する(⑦)。活性化したPGC-1αやFOXOはミトコンドリア機能や代謝を制御する。活性化したPGC-1αやFOXOはミトコンドリア機能を高め、細胞老化を抑制し、発がん抑制や寿命を延長する効果を発揮する(⑧)。ブドウやブルーベリーに含まれるスチルベン誘導体のレスベラトロールやプテロスチルベンもメトホルミンと同様の機序で細胞内のAMP/ATP比を上昇し、AMP依存性プロテインキナーゼ(AMPK)を活性化する(⑨)

【老化はDNAダメージが蓄積してNAD+が低下する】
ニコチン酸とニコチン酸アミドは総称してナイアシン (Niacin) 、あるいはビタミンB3とも言います。水溶性ビタミンのビタミンB複合体の一つで、糖質や脂質やタンパク質の代謝に不可欠です。

ナイアシンは電子伝達体のニコチンアミドアデニンジヌクレオチド (NAD+ニコチンアミドアデニンジヌクレオチドリン酸 (NADP) に変換され、酸化還元反応 (電子が供与体分子から受容体分子に転移する反応) に関与する酵素の補酵素として機能しています。

脱水素酵素ではNADを補酵素とし、NADが水素の受け取り手となっています。NADの構造の中で酸化還元反応に関与しているのはニコチンアミドの部分です。酸化型のNAD+が水素と電子を受け取って還元型のNADHになります。(下図)

図;NAD+が水素(H)と電子(e-)を受け取ってNADHになる(①)。NAD+は還元型基質から水素を受け取り(②)、その基質を酸化し、還元型のNADHとH+を生成する(③)。NADH+H+は、他の物質の還元に使われる(④)。

NAD+は、全ての真核生物と多くの古細菌、真正細菌で用いられる電子伝達体です。さまざまな脱水素酵素の補酵素として機能し、酸化型 (NAD+) および還元型 (NADH) の2つの状態を取ります。
NAD+は生物のおもな酸化還元反応の多くにおいて必須成分(補酵素)であり、好気呼吸(酸化的リン酸化)の中心的な役割を担っています。

NADはADP-リボシル化反応にも関与しています。
ADPリボシル化(ADP-ribosylation)は細胞内で起こるタンパク質の翻訳後修飾の一つで、1つまたはそれ以上のアデノシン二リン酸(ADP)リボースを付加する反応です。このADPリボースはNAD+から供給されます。この反応は細胞間の情報伝達やDNA修復、アポトーシスなど多くの細胞機能に関わっています。
ADPリボース化反応はADPリボシルトランスフェラーゼという酵素によって触媒され、ニコチンアミドアデニンジヌクレオチド(NAD+)からタンパク質のアミノ酸残基にADPリボースを転移させます。

図:ニコチンアミドアデニンジヌクレオチド(NAD+)からADPリボシルトランスフェラーゼという酵素によってタンパク質にADPリボースを転移させる反応をタンパク質のADPリボシル化という。

タンパク質に多数のADPリボースを結合する反応をポリ-ADP-リボシル化と言います。
ポリ(ADP-リボース)ポリメラーゼ(PARP)は細胞内に多く存在するタンパク質で、核DNAに生じた一本鎖切断端を認識してDNAに結合します。
核DNAに結合したPARPは活性化され、ニコチンアミドアデニンジヌクレオチド(NAD)を基質としてPARP自身やヒストンやDNA修復関連タンパク質に複数のADP-リボースを付加し、ポリ-ADP-リボシル化を引き起こします。
このポリ-ADPリボシル化はDNA修復するシグナルとなります。
通常、ポリ-ADP-リボシル化はDNA修復反応を活性化しますが、過度のPARPの活性化はNADとATPの枯渇、さらにミトコンドリアに局在するアポトーシス誘導因子(AIF)の切断を誘導します。
切断されて細胞質に放出されたAIFはミトコンドリアに局在していたエンドヌクレアーゼGとともに核に移行し,核DNAの断片化を引き起こし,細胞死を誘導します。がん細胞のDNAを損傷してがん細胞内のNAD+を枯渇させて細胞死を誘導する方法はがん治療法として有効です。

図:ポリ(ADP-リボース)ポリメラーゼ(PARP)は、核DNAに生じた一本鎖切断端(①)を認識してZn-finger domain(Zf)部分でDNAに結合する(②)。核DNAに結合したPARPは活性化され、ニコチンアミドアデニンジヌクレオチド(NAD)を基質としてPARP自身やDNA修復関連タンパク質にADP-リボースを付加し(③)、ポリ-ADP-リボシル化を引き起こし(④)、他の修復タンパク質をリクルートし(⑤)、DNAを修復する(⑥)。過度のDNA損傷やPARPの過剰な活性化(⑦)は、NAD+とATPを枯渇し(⑧)、細胞死を誘導する(⑨)。

細胞が老化するとDNAダメージが蓄積します。その結果、ポリ(ADP-リボース)ポリメラーゼ(PARP)が活性化され、細胞内のNAD+が減少しサーチュイン1活性が低下します。
サーチュイン1の活性低下はNF-κBの活性を高め、FOXO3の活性を低下させ、さらにp53の活性を亢進して細胞の増殖を低下させます。活性酸素種の産生が亢進して細胞のダメージが亢進します。その結果、炎症反応が亢進し、ミトコンドリア機能は低下し、細胞老化が亢進します。(下図)

図:加齢によってDNAダメージが蓄積する結果(①)、ポリ(ADP-リボース)ポリメラーゼ(PARP)が活性化され(②)、細胞内のNAD+が減少し(③)、サーチュイン1活性が低下する(④)。サーチュイン1の活性低下はNF-κBやp53の活性を高め、活性酸素種の産生を増やし、転写因子のFOXO3やPGC-1αの活性を低下する(⑤)。その結果、炎症反応が亢進し、ミトコンドリア機能は低下し(⑥)、細胞老化がさらに亢進する(⑦)。

【カロリー制限で寿命が延びる】
体が消費するエネルギーの量や食事に含まれる熱量を表す単位として「カロリー」が使われます。人間が何もせずじっとしていても、生命活動を維持するためには成人女性で1日約1200キロカロリー、成人男性で約1500キロカロリーのエネルギーが消費されており、これを基礎代謝量と言います。
寝ていても心臓や腎臓や肝臓や脳など生命を維持するために働いているからです。仕事や運動をするとその身体活動に応じたエネルギーがさらに必要になります。

私たちは消費するエネルギーに見合ったカロリーを食事から摂取することによって生命活動を維持することができます。食事からの摂取カロリーが消費カロリーより少なければ、体は脂肪組織や筋肉に貯蔵している脂肪やグリコーゲンやアミノ酸を分解してエネルギーを産生します。慢性的に摂取カロリーを減らすと、体は基礎代謝を低下させたりして、少ない摂取カロリーで体重や筋肉量を維持するように適応します。

食事からの摂取カロリーを減らすことを「カロリー制限」と言います。食事中のビタミンやミネラルやタンパク質などの栄養素の不足を起こさずに摂取カロリーだけを30~40%程度減らす食事です。
このカロリー制限は酵母から線虫、ハエ、マウス、霊長類に至る数多くの生物種において、老化を遅延して寿命を延ばし老化関連疾患の発症を遅らせる最も再現性の高い方法であることが多くの研究で証明されています。
カロリー制限で寿命が延びることが最初に報告されたのは1935年のことです。ラットに与えるエサのカロリーを30%減らすと寿命が40%延びたという結果が報告されています。

【カロリー制限ではサーチュイン遺伝子が活性化する】

30~40%のカロリー制限というのは軽度から中等度の飢餓状態であり、それに対して生体は様々な適応応答を行うために、代謝や防御機能に関与する遺伝子の発現レベルでの変化が生じます。

具体的には、生体エネルギーのATPが減少するためAMP活性化プロテインキナーゼ(AMPK)が活性化し、インスリンやIGF-1の産生減少に伴う増殖シグナル伝達の抑制、オートファジーの亢進、サーチュイン遺伝子の活性化などが起こります。

サーチュイン(sirtuin)は長寿遺伝子として、酵母からヒトまで進化的によく保存された遺伝子です。サーチュイン(サーチュインファミリー)は食物不足(飢餓状態)の時に活性化される遺伝子群で、NAD依存性脱アセチル化酵素です。
哺乳類では七つのサーチュイン(SIRT1~7)が存在し、SIRT1、 6、7は核内、SIRT3、4、5はミトコンドリア、SIRT2は細胞質に局在します。

これらのサーチュインは NAD(nicotinamide adenine dinucleotide)依存性の脱アセチル化酵素としての活性をもっています。つまり、細胞内のNAD+量が低下するとサーチュインの活性は低下します。
サーチュインによって活性が制御されているタンパク質としてヒストン、P53、FOXO、PGC1α、LKB1などがあり、細胞周期、代謝、抗酸化システム、オートファジーなどの細胞機能に影響します。その結果、細胞老化や発がんを抑制し、寿命を延長する効果を発揮するのです。

図:サーチュインはNAD+/NADHの比率の変動を感知することによって、細胞内の栄養素の供給状況や物質代謝の状況を把握している(①)。絶食やカロリー制限などによって栄養素、特に糖が減少すると、NAD+が増え、サーチュイン(SIRT)が活性化する(②)。サーチュインは細胞質や核に存在するSIRT1(③)やミトコンドリアに存在するSIRT3(④)など7種類が知られている。サーチュインはタンパク質の脱アセチル化(アセチル基を除去する)によって様々な転写因子や酵素などの活性を調整する(⑤)。サーチュインによって活性が制御されているタンパク質としてヒストン、P53、FOXO、PGC1α、LKB1などがあり、細胞周期、代謝、抗酸化システム、オートファジーなどの細胞機能に影響する(⑥)。その結果、細胞老化や発がんを抑制し、寿命を延長する効果を発揮する(⑦)。

老化に伴いNAD量およびサーチュイン活性が低下しますが、ニコチンアミドリボシド(nicotinamide riboside:NR)ニコチンアミドモノヌクレオチド(nicotinamide mononucleotide:NMN)などのNAD中間代謝産物の補充がサーチュインを効果的に再活性化することが明らかになっています。
サーチュイン群を活性化することにより、糖尿病などの老化関連疾患の病態を軽減するとともに、老化遅延や寿命延長にも関与しているらしいということが明らかになっています。(713話参照)

図:ニコチンアミド・アデニン・ジヌクレオチド(nicotinamide adenine dinucleotide:NAD+)はトリプトファンやニコチン酸やニコチンアミドなどから生成するルートもあるが、特にNAD+の前駆物質であるニコチンアミド・モノヌクレオチド(nicotinamide mononucleotide:NMN)とニコチンアミド・リボシド(nicotinamide riboside:NR)をサプリメントとして摂取すると体内のNAD+を増やすことができる。

【ニコチンアミド・リボシドとプテロスチルベンの相乗効果】
AMPK(AMP活性化プロテインキナーゼ)とサーチュインを活性化するプテロスチルベンメトホルミンとNAD+を増やすニコチンアミド・リボシド(NR)ニコチンアミド・モノヌクレオチド(NMN)を併用すると相乗効果が期待できることが推測できます。
以下のような報告があります。

Nicotinamide riboside with pterostilbene (NRPT) increases NAD+ in patients with acute kidney injury (AKI): a randomized, double-blind, placebo-controlled, stepwise safety study of escalating doses of NRPT in patients with AKI.(プテロスチルベンとニコチンアミドリボシドの投与は、急性腎障害患者のNAD +を増加させる:急性腎臓障害患者におけるプテロスチルベンの漸増用量の無作為化二重盲検プラセボ対照段階的安全性試験)BMC Nephrol. 2020; 21: 342.

【要旨】
研究の背景:前臨床研究では、NAD+レベルとサーチュイン活性の両方の増強が、急性腎障害の予防と治療に有効であることが示されている。ニコチンアミドリボシドはNAD+前駆体ビタミンであり、プテロスチルベンはブルーベリーに含まれる強力なサーチュイン活性化因子である。ここでは、ニコチンアミド・リボシドとプテロスチルベンの組み合わせが急性腎障害患者の全血NAD+レベルと安全性パラメーターに及ぼす影響を検討した。

方法:急性腎障害で入院している24人の患者を対象に、ニコチンアミド・リボシドとプテロスチルベンの用量を段階的に増加させる無作為化二重盲検プラセボ対照試験を実施した。研究は、ニコチンアミドリボシド+プテロスチルベン併用投与(5例)またはプラセボ(1例)を1日2回2日間投与する4つのステップで構成されていた。 ニコチンアミドリボシド+プテロスチルベンの投与量は各ステップで増加した。ニコチンアミドリボシド / プテロスチルベンの投与量は、ステップ1は250 / 50mg、ステップ2は500 / 100mg、ステップ3は750 / 150mg、ステップ4は1,000 / 200mgであった。血中NAD+レベルは液体クロマトグラフィー-質量分析によって測定され、安全性は病歴、身体検査、および臨床検査によって評価された。

結果:急性腎障害患者は、プラセボを投与された患者の0時間と比較して、48時間後の全血NAD+レベルが50%減少した(p(= 0.05)。すべてのニコチンアミドリボシド+プテロスチルベン投与においてNAD+レベルは、0時間と比較して48時間後には個別に増加する傾向があったが、NAD +にはかなりの個人差があり、ステップ2での変化のみが統計的有意性に達した(47%、p == 0.04)、
すべてのステップを総合すると、ニコチンアミドリボシド+プテロスチルベン併用投与により、48時間後のNAD+レベルが0時間と比較して37%増加した(p = 0.002)。
クレアチニン、推定糸球体濾過率(eGFR)、電解質、肝機能検査、血球数など、すべての安全性検査はニコチンアミドリボシド+プテロスチルベン投与によって変化しなかった。 ニコチンアミドリボシド+プテロスチルベン投与を受けた20人の患者のうち3人は、軽度の胃腸症状の副作用を報告した。

結論:ニコチンアミドリボシド+プテロスチルベンの併用投与は急性腎障害患者の全血NAD+レベルを増加させた。さらに、これらの患者では、ニコチンアミドリボシドが1000mg、プテロスチルベンが200mgの1日2回の2日間投与では安全性に問題は認めなかった。急性腎障害患者におけるニコチンアミドリボシド+プテロスチルベンの併用投与の治療効果に対する検討がさらに必要である。

これはハーバード大学医学部関連の研究グループからの報告です.先端の研究者がニコチンアミドリボシド+プテロスチルベンがサーチュインの活性化に有効であると考えていることを示しています。
実際に米国ではニコチンアミドリボシド+プテロスチルベンのサプリメントはすでに製品化されて販売されています。

私は、2ヶ月くらい前からプテロスチルベンを1日500mg、ニコチンアミド・リボシドとニコチンアミド・モノヌクレオチドを合わせて1日2グラムくらいを毎日摂取しています。(自分で人体実験しています)
抗老化は2ヶ月くらいでは評価できませんし、寿命延長効果は私が死ぬ時点でなければ評価できません。
しかし、運動機能は確実が上がっています。私は週に3回程度8〜10km程度のジョギングを行っていますが、走る速度と持久力が確実に上がっています。
数年前から心房細動が頻回に起こっていましたが、それも飲み始めてから全く起こらなくなりました。

有酸素運動や筋力トレーニングを行うとき、筋肉中のNAD+の含量が多いほど、筋肉の量を増やす効果が高いことが報告されています。せっかく運動するのであれば、体内のNAD+の量を増やしておくメリットは高いと言えます。
急速に進行する超高齢化社会において、高齢者の運動機能や認知機能の低下が社会問題になっています。
介護が必要な高齢者を増やさない方法として、適切な食事と運動に加えて、NAD+前駆体の補充や、サーチュインを活性化するプテロスチルベンやメトホルミンの利用は有効だと思います。
さらに、ビタミンD3やメラトニン、R体α-リポ酸、CoQ10などのサプリメントも健康寿命の延長に効果が期待できます。

長寿というのはある程度は遺伝的素因が関与しています。長寿の家系や長寿者の多い人種や民族も知られています。
白血球DNAのテロメアの長さが人種や民族によって異なり、テオメアの長さが長いほど長寿が期待できます。
このような遺伝的に優位な素因を持っている人は、運動しなくても100歳以上健康に生きることができます。
そのような遺伝的な素因がなくても、上記のような運動や食生活などの生活習慣やサプリメントや医薬品で寿命を伸ばすことは可能だと思います。
100歳以上まで自分の筋肉で動き回るには、自分自身の努力が必要ですが、ここで紹介した方法はその実践に役立つと思います。

● ニコチンアミド・モノヌクレオチド(NMN)とニコチンアミド・リボシド(NR)についてはこちらへ

● プテロスチルベンについてはこちらへ

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