雑誌「教育」が「不登校」を特集した!(2)

特に、この特集の最後の論文「不登校をめぐる<包摂>のゆくえ」(一橋大・大学院の山本宏樹氏)について触れておきたい。
<包摂>という近年の語は「不登校にならざるをえなかった子どもや自分から不登校を選択した子どもの存在を、学校や社会がみずからの中に位置づけること」の意味でいう。

氏は不登校についての「世相の変遷」を、92年以降の「見守り」路線から、03年の学校復帰路線への揺り戻しを経て、近年「子どもの貧困」問題との関連性の着目へというようにとらえる。
今、不登校を貧困問題との関連でとらえる傾向が特徴的であるというようには思えないのだが、それは山本氏との見解の相違だろう。

1992年から2003年までの流れは、不登校の子どもへの「見守り」路線だった。不登校擁護運動である。これは不登校の子どもの「社会による<包摂>」志向であった。しかしこの運動には本質的な問題があった。いろいろな傾向(増え続ける不登校、ひきこもり、少年犯罪など)について、「このままで大丈夫か?他にやることがあるのでは」という疑問がわき起こったし、文科省での協力者会議の報告(03年)は学校復帰を促す路線へと揺り戻しがあったことなどから、社会による<包摂>の試みは破綻した。

ではそれ以降は不登校をめぐってどういう傾向が生まれたか。山本氏は三種類の「学校による<包摂>」であるという。第一は適応的<包摂>、第二は学校における福祉的<包摂>、今一点より重要なことは、第三の<包摂>=「学校教育の意義再編へ」である。

第一・第二は不登校問題への解決に至るためのヴィジョンがない。そもそも学校自体の意義が低下してきている昨今、それにどう対応するのか、の回答はないし、福祉的<包摂>も学校教育の意義の再検討を行う必要性は残されたままである。

90年代の、社会による不登校の<包摂>の試みは破綻した。しかし、子どもの個性を最大限に尊重し、その多様な生き方を保障しようという理念はやはり捨て去るべきではないだろう。この可能性を模索することこそが、逆説的に不登校問題によってより本質的な意味をもつ、という。これが第三の<包摂>である。

教科研が編集する雑誌「教育」で不登校テーマを「まともに」取り上げたことは評価したい。少壮研究者の山本氏の論文も、不登校を考える展望をより高次の「社会による<包摂>」という形で指摘していることは同感である。

だが、90年代の不登校問題は「見守り路線」でこれは破綻したという指摘には与(くみ)することはできない。ここで形成された不登校の子どもたちに対する「学びと居場所」の保障の道筋が今日に至る基調になっていることは少し冷静にことの経過を見れば分かることである。なぜ山本氏には分からないかは、80年代から不登校を最も誠実に取り組んでいるフリースクールについて全く触れていないことから想像できる。
そして彼はこれからの「社会による<包摂>」の基本的な内容に全く触れていないこと、などは残念である。紙数の都合もあったのかも知れないが…。
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