Good News Report

Good News Station の活動模様をお伝えしています。

『福音的終活のススメ』 コロサイ1:18

2014年04月30日 | Good News
 今や日本は『超高齢化社会』。65歳以上の人口が7%以上を占めると、高齢化社会と呼ばれるが、その3倍、つまり人口の21%以上が65歳以上になると、超高齢化社会となる。現在、日本では65歳以上の比率はおよそ25%。米国の13%、韓国の11%、中国の8%と比較しても、格段に高い比率となっており、このままでは15年を待たずして、全国民の3人に1人が65歳以上の高齢者になる予測だ。

 このような状態にあって、人生の終わりに向けての最終活動、『終活』は、今や『婚活』や『就活」以上の重要な課題だ。ちなみに世間が提唱する『終活』には、以下の4つを‟つける”ことを奨励している。
 ①日々健康に気を‟つける”
 ②年金や社会保障に関する知識を‟つける”
 ③エンディングノート(遺言)を‟つける”
 ④お葬式、お墓の用意を‟つける” 
 確かにこれ等は大切なことではあるが、人生の最終章を迎えるにあたって、もっともっと大切なことがある。日本では、この情報が絶対的に欠けている。それが『福音』という情報である。

 聖書には復活の章と呼ばれる部分がある。第一コリント人への手紙15章だ。神様の啓示によってこの書を書いたパウロは、ここで繰り返し繰り返し『福音』と『復活』の言葉を用いて断言する。復活がなければ、宣教も信仰も無駄だなのだ、と。彼が強調している『福音』と『復活』が、全人類が生きるために、そして死を迎える前に必ず知るべき、最も重要な情報なのだ。

 クリスチャンとは、一般的には「イエスの教えを信じている人」と思われているが、実はそうではない。もしそうであれば、キリスト教も、“何か”を信じている一宗教と変わらないことになる。クリスチャンとは、「私のために十字架につき、そして三日後に復活され、今も生きておられるイエスと共に生きている人々」のことなのである。これは似ているようで、全く違う。『復活』がなければ、クリスチャンである意味はない。

 さて、人生の苦難数あれど、最大の苦難は「死」である。世の中のあらゆる哲学、宗教、芸術、思想は、死への克服に端を発していると言って過言ではない。確かに死には、すべてのものから切り離す強烈な力がある。死を恐れない人は誰もいない。人間が「死」を恐れる理由は、主に3つある。

死後どうなるかわからない恐れ
愛する人々と別れなければならない恐れ
人生を中断される恐れ

 ところが、聖書には死を全く恐れなかったある男が登場する。前述した『福音』と『復活』を繰り返していたパウロと言う人である。彼は牢獄に繋がれ、明日をも知れない身上で書いたフィリピ書の中で、「生きるもよし、死ぬもよし、どちらがよいかわからない!」と大胆に言い放つ。何故彼は死を恐れなかったのか?それは、上記の3つに対する恐れが、キリストの十字架によって既に解決済みだったからである。

 教会のシンボルと言えば十字架だが、もし、福音が十字架だけで終わっていたなら、それは『福音』にはならない。イエスが捕えられた時、弟子たちは皆、イエスの前から逃げ出した。そして仲間であることを隠し、暗い部屋に閉じこもり、失意と落胆と恐怖の中にあって震えていた。そんな彼らを180度変えたのは、復活のイエス様に出会ったこと。つまり、復活がなければ、私たちも、部屋に閉じこもって震えていた弟子たちの段階で終わってしまうのである。

 十字架と復活はコインの裏表であり、二つ併せて福音だ。その良き知らせ、『福音』とは、『復活』が“教え”ではなく、“事実”であるということ。だから、私たちはイエスが復活された日曜日を祝い、復活の初穂となったキリストに続く者として、新しい命を受け取る。その喜びと希望を、一人でも多くの人々に伝えて行く。それが、私たちクリスチャンの使命である。

 私たちクリスチャンの人生は、死によって中断されるものではない。一人一人の人生が全人類救済計画に用いられ行く。それは、たとえ未完であっても、不完全ではないのだ。『復活』が事実であることを告げる『福音』によって、私たち一人一人の存在が、キリストの霊によって、完全に満たされて行く。そして、イエスはもう一度、この地上に再臨され、天の御国が到来する。「マラナタ、復活の主よ、来たりませ!」この希望の祈りこそ、私たちにとっての最も必要且つ、感動的な終活なのである!


今週の教会ご飯/肉じゃが


ロサンゼルス(グレンデール)の家の教会で、毎週集まっています。美味しい食事を囲みながら、えんじぇる田中牧師の聖書メッセージから、生きる知恵と希望を語り合いましょう 「教会って敷居が高い。。。」と悩んだこがのある方、ぜひ一度おいでください。教会は平和と笑いと聖霊様の満ちるところ。いつでもご連絡ください213-324-6942 / MUTSUMI


メッセージ(音声)はこのバナーをクリック!


☆Good News Stationのメインページはこちら!
コメント

福音的終活のススメ 序章

2014年04月28日 | Good News
 世の中、どんなことにも例外というものがあるが、ひとつだけ例外のないことがある。それは、人は皆、いつか死を迎えると言うこと。「Death does not come by accident, but by appointment.」(死は偶発的なアクシデント、事故によって起こるのではない。決められたアポイントメント、約束による。)と、伝道者、ラインハルト・ボンケ師が言っていた。聖書も語る。

人間にはただ一度死ぬことと、その後に裁きを受けることが定まっている(ヘブライ9:27)

 死の床で人は何を思うのか?今まで1000人以上の人々を看取って来た臨床医のドクターが、死の床における“人生の後悔トップ5”を教えてくれた。

 周囲や人の目を気にして、自分が本当に望んでいない人生を送ってしまった。

 日々の仕事に追われ、本当に自分のしたいことができなかった。

 本当の自分の思いを、正直に打ち明けることが出来なかった。

 家族や友人との良い関係を、継続することが出来なかった。

 もっと自由に、もっと幸せに生きることを、自分に許可することが出来なかった。

 つまり、これらをのことを総括すると・・

 他者に対する遠慮で自分の人生を棒に振ってしまったことへの後悔
 生活することだけに追われてしまったことへの後悔
 積極的に人間関係を構築できなかったことへの後悔

 と言うことである。私たちは、このような後悔を抱えたまま、死を迎えてはならない!クリスチャンであれば尚更だ!これらの後悔をしないための必要不可欠且つ、実質的な知恵こそが、「Good News・ 福音」なのだ! 「福音的終活のススメ」本編レポートはまもなくアップ!



メッセージ(音声)はこのバナーをクリック!


☆Good News Stationのメインページはこちら!

コメント

福音的終活のススメ コロサイ1:18

2014年04月27日 | Good News
 世界でも稀な超高齢化社会の日本において、今や「終活」は、「婚活」や「就活」よりも切実な問題。

 この世的終活のノウハウから、最も必要且つ感動的終活を究極指南

 今回のメッセージは、南流山オリーブチャーチでのライブでお届けします。 



メッセージ(音声)はこのバナーをクリック!


☆Good News Stationのメインページはこちら!


コメント

神の決済 ヨハネ19:30

2014年04月12日 | Good News
 今、我々が生きている時代はどのような時代なのか?3-11以降、国際関係においても、政治的・経済的意味合いにおいても、また、霊的状況においても、今の日本は。戦後最大の危機の中にあると言える。危機=Crisisとは、「クリノ―・分割」というギリシア語を語源とし、それを聖書では「裁き」と訳している。

人の子は、栄光に輝いて天使たちを皆従えて来るとき、その栄光の座に着く。そして、すべての国の民がその前に集められると、羊飼いが羊と山羊を分けるように、彼らをより分け、羊を右に、山羊を左に置く。(マタイ25:31-33)

 人は霊的に落ち込んでいると、正しい情報が得られない。日本のメディアを見ていても、実に多くの審議の的が外れており、どうでもよいことを繰り返し、肯定的に前進させる意志が全く感じられない。今のこの時代を生きる私たちには、“真に正しい情報を学び”、“真に必要な情報を選択し”、そして“得た情報を審議する”力が必要不可欠である。

 聖書が語る「裁き」に当てはまらない人は、この世に一人としていない。福音を前にして、中立の立場でいることはあり得ないのだ。福音に対しては、100%関係するか、あるいは全く関係しないか、そのどちらかである。それをC..S.ルイス調に言うなら、『イエス・キリストを道徳の教師として捉えてはならない。もしあなたがイエスと無関係なのであれば、キリストは「俺はゆで卵だ」と主張するような男と同類なのだから、そういった者とは一切関わらない方がよい。しかし、キリストがあなたと関わりがあると考えるなら、それはあなたの人生において、最も重要な意味を持つ。それは、取り返しのつかないあなたの命の問題だからだ。』

この後、イエスは、すべてのことが今や成し遂げられたのを知り、「渇く」と言われた。こうして、聖書の言葉が実現した。そこには、酸いぶどう酒を満たした器が置いてあった。人々は、このぶどう酒をいっぱい含ませた海綿をヒソプに付け、イエスの口もとに差し出した。イエスは、このぶどう酒を受けると、「成し遂げられた」と言い、頭を垂れて息を引き取られた。(ヨハネ19:28-30)

 ここにある「成し遂げられた」とは、原語では「テテレスタイ」と言い、「完済済」という会計用語である。借金の経験のある方なら、借用書に「領収済」が押された時の安堵感は忘れられないものだろう。払いきれない多額の借金を、誰かがいつの間にかすべてすっかり支払ってくれたとしたら?イエス・キリストが十字架上で成してくださったことは、それである。その借金とは人間が負っている罪。ところが、世の中のほとんどの人は、この借金のことを自覚していない。だから十字架の意味も理解出来ず、知ろうともせず、当然ありがたいなどとは思いもしない

 問題は、日本語には、この「SIN=罪」に該当する言葉がないことである。日本語で「罪」という言葉は、法律を犯す「犯罪・CRIME」のことを意味する。しかし、聖書が語る「罪」の原語は「ハマルティア」と言い、「的外れ」という意味。つまり、天地の創造主である神様から外れていることが「罪」なのだ。そういった言葉を持たない日本人にその意味を理解することは容易ではない。しかし、救いを求める時に聖霊が働き、そうすると「罪」の自覚が生じ、その自覚によって悔い改め、イエス・キリストを受け入れて、救いに導かれる。そうした過程によって、的外れな人生で失っていたものを回復出来るようになるのである。

 人間は天地創造の神様から離れたことによって、3つのものを失っている。
 人生の使命
 本当の愛
 永遠の命

 これらを失ったが故に、人間は人生の意味をなくし、自己中心となり、周囲の人々を恐れるようになった。しかし、世界は信じることによって成り立っているのだ。神様との関係も、人間との関係も同じ。あなたは、天地創造の神様によって、唯一の最高傑作として創られ、神様はあなたを愛している。だから御子イエス・キリストをこの地に遣わされ、十字架によって神様との関係を開いてくださった。

 あなたは、この神様の救いを受け取った瞬間に、自分はどこから来てどこへ行くのか? 真の愛とは何なのか? そして永遠の命が存在することを知るようになる。すると、不安と恐れから解放され、どのような人生の苦難をも打破するパワーを得る。それこそがイエス・キリストが十字架上で、あなたのために完済してくださったものなのだ!


ロサンゼルス(グレンデール)の家の教会で、毎週集まっています。美味しい食事を囲みながら、えんじぇる田中牧師の聖書メッセージから、生きる知恵と希望を語り合いましょう 「教会って敷居が高い。。。」と悩んだこがのある方、ぜひ一度おいでください。教会は平和と笑いと聖霊様の満ちるところ。いつでもご連絡ください213-324-6942 / MUTSUMI


メッセージ(音声)はこのバナーをクリック!


☆Good News Stationのメインページはこちら!
コメント

神の決算

2014年04月11日 | Good News
 人は、自分に価値を見出すことさえ出来れば、苦労に耐えることが出来る。

 しかし、それが出来なくなった時、どんなに有能な人でも、不安や恐れに倒れてしまう。

 ブレない人生に必要なものとは、いったい何なのか?







メッセージ(音声)はこのバナーをクリック!


☆Good News Stationのメインページはこちら!
コメント

神の確定申告 マタイ17:27

2014年04月06日 | Good News
桜真っ盛りのこのシーズン。今年は蕾から開花が非常に早かったようだ。生まれた時から桜を目にしている日本人には、毎年お馴染みのありふれた光景かもしれないが、「サクラ」を初めて見る外国人の方々などには、こんな感動的なシーンはないだろう。なんてことのない街路樹の木に、突然美しいピンク色の花が咲き誇り、国中が桜色に染まるのだから。

 「桜は春咲くものだから」と決めつけている方!あなたの感性に問いかけている創造主のセグメントに心を向けよう。何の変哲もなかった木が、春の訪れと同時に美しい花を咲かせ、人々を楽しませるのは、そのようにデザインされ、創られているからだ。科学で「なぜ桜は春に咲くのか?」を解明できるだろうか。これが科学の限界なのだ。目に見えない自然の移り変わりの不思議さにこそ、私たち人間をも創ってくださった神様の愛があり、この愛を知って近づいて行くとき、すべてのことが明らかにされる。

世界が造られたときから、目に見えない神の性質、つまり神の永遠の力と神性は被造物に現れており、これを通して神を知ることができます。(ローマ1:20)

 さて、春は桜のシーズンであると同時に、確定申告の時期でもある。聖書には、奇跡の話がたくさん記されているが、何と税金についても言及している。今日の聖書箇所、マタイの福音書の記述者マタイさんは、税金の取り立てを生業としていた。今日はそのマタイ福音書から、「税金と奇跡のコラボレーション」のお話し。聖書の中でもとてもユニークな箇所だ。

マタイ福音書17章
24節:一行がカファルナウムに来たとき、神殿税を集める者たちがペトロのところに来て、「あなたたちの先生は神殿税を納めないのか」と言った。
25節:ペトロは、「納めます」と言った。そして家に入ると、イエスの方から言いだされた。「シモン、あなたはどう思うか。地上の王は、税や貢ぎ物をだれから取り立てるのか。自分の子供たちからか、それともほかの人々からか。」
26節:ペトロが「ほかの人々からです」と答えると、イエスは言われた。「では、子供たちは納めなくてよいわけだ。
27節:しかし、彼らをつまずかせないようにしよう。湖に行って釣りをしなさい。最初に釣れた魚を取って口を開けると、銀貨が一枚見つかるはずだ。それを取って、わたしとあなたの分として納めなさい」

では、この『イエス、税金を払うの巻』を観察(Observation)してみよう。場所はガリラヤ湖畔にあるカファルナウムという漁師町で、時期は秋口。当時も税金納期は春先だったので、「半年間も滞納!」と取り立て屋がペテロの家に押しかけて来たところから話しは始まる。この神殿税というのは、出エジプト記30章に「あなたたちの命を贖うために主への献納物」として神様が定られた税金のこと。詰め寄る取り立て屋に、威勢よく「やらいでか!」(江戸っ子気質?)と答えたペテロに、イエス様が税金について言い出される。

 当時、イスラエルはローマ帝国の支配下にあり、税金はローマが徴収していた。帝国に属するローマ市民は支払わない。また、ユダヤの祭司や支配階級も、神殿に仕える者の特権を盾に支払っていなかった。イエス様を神様と知らない故とは言え、神様を礼拝するための“献納物”を、リーダーと自称する彼らが用意することなく、何と献げる相手である神の子・イエス様に求めたのだ。レストランで働く下っ端ウェイターが、何も言わずにお店に来て食事をオーダーしたオーナーに、ろくにサービスもしないまま、たっぷりチップを加算した代金を堂々と請求したようなもの。そう考えて読むと何とも滑稽なお話し。

しかし神様は寛容なお方。天下の印籠を広げることもなく、相手のトンチンカンさなどは百も承知で、神にしかできないユーモラスな方法を用いて税金を支払われた。因みに27節にある「つまずかせない」の原語は「スキャンダル」の語源となる言葉。現代メディアの「もっともっとスキャンダル!」的風潮とは逆に、ひねりの利いたウイットとんだ方法で、切り返される。

 イエス様を人間と考えている人たちにとっては、特に何てことはない話しかも知れないが、私たちクリスチャンが考えるべきテーマは、「なぜ神様であるイエス様はこのように言われて、税金を支払ったのか?」ということ。ここで私たちが現代に適応すべき以下の3つの点を確認しよう。

イエス・キリストに属する者は何物にも束縛されない自由人であり、自由人として社会秩序を自主的に守る
 クリスチャンであっても、それぞれの社会で生きて働いて、生活の糧を得ている。が、真に所属しているのは神の国である。社会には従属しているのではない。イエス様も税金を支払われたように、自由人として払う自由を行使して、周囲をつまずかせることなく、社会人としての模範となる。

神の国の働きは、私たち一人一人のクリスチャンの手を通して行われる
 イエス様はその場で銀貨を取り出すことをせず、わざわざペテロの生業であった漁師の仕事を通して奇跡を示された。イエス様は、奇跡の前には必ず本人の意志を確認される。すべて神頼みでOKではなく、私たちが神様の力に信頼して進み出す時にこそ、奇跡が成る。

神の働きにおいて外してはならない重要なことは大胆に宣言し、それ以外のことには寛容に
 滞納した税金の取り立てにうろたえていたペテロに、イエス様から話かけてくださる。それは問題そのものではなく、イエス様を見ることが大切であるから。私たちも日常生活において、多くの問題、悩みがある。しかし問題の本質ではなく、枝葉部分にだけエネルギーを使うのは、時間の無駄だ。守るべきは、福音の核、魂の救い、神様の御計画の基本的要素。教会は、そしてクリスチャンは一人でも多くの人の救いのために働くことが最終目的だ。これがイエス様の体である全教会の使命のはずだ。それ以外のどちらでもよい些末に、捕らわれすぎないようにしよう。外してはいけないポイントと、どちらでもよいポイントとのバウンダリーを大切にすることは、信仰生活の大きな助けとなる。

 細かい日常のひとつひとつの局面に、神様は語ってくださっている。だから私たちは、絶えずその導きを求め、従って歩み続けよう。そして周囲に「奇跡」を現していこう  {写真はカファルナウムにあるペテロ像(足下の魚に注目!)}

実に、神の国はあなたがたの間にあるのだ。(ルカ17:21)


今週の教会ご飯/煮込みハンバーグ


ロサンゼルス(グレンデール)の家の教会で、毎週集まっています。美味しい食事を囲みながら、えんじぇる田中牧師の聖書メッセージから、生きる知恵と希望を語り合いましょう 「教会って敷居が高い。。。」と悩んだこがのある方、ぜひ一度おいでください。教会は平和と笑いと聖霊様の満ちるところ。いつでもご連絡ください213-324-6942 / MUTSUMI


メッセージ(音声)はこのバナーをクリック!


☆Good News Stationのメインページはこちら!
コメント

神の確定申告

2014年04月05日 | Good News

メッセージ(音声)はこのバナーをクリック!

神の子であるイエス・キリストに税金を払う義務はあったのか?

 新説・ペテロフィッシュ論が登場する必聴メッセージ



ご存知、ペテロフィッシュの唐揚げ


カペナウムのペテロの家。こんなモダンな家に住んどったんか!?(ワケない)



☆Good News Stationのメインページはこちら!
コメント