今、我々が生きている時代はどのような時代なのか?3-11以降、国際関係においても、政治的・経済的意味合いにおいても、また、霊的状況においても、今の日本は。戦後最大の危機の中にあると言える。危機=Crisisとは、「クリノ―・分割」というギリシア語を語源とし、それを聖書では「裁き」と訳している。
人の子は、栄光に輝いて天使たちを皆従えて来るとき、その栄光の座に着く。そして、すべての国の民がその前に集められると、羊飼いが羊と山羊を分けるように、彼らをより分け、羊を右に、山羊を左に置く。(マタイ25:31-33)
人は霊的に落ち込んでいると、正しい情報が得られない。日本のメディアを見ていても、実に多くの審議の的が外れており、どうでもよいことを繰り返し、肯定的に前進させる意志が全く感じられない。今のこの時代を生きる私たちには、“真に正しい情報を学び”、“真に必要な情報を選択し”、そして“得た情報を審議する”力が必要不可欠である。
聖書が語る「裁き」に当てはまらない人は、この世に一人としていない。福音を前にして、中立の立場でいることはあり得ないのだ。福音に対しては、100%関係するか、あるいは全く関係しないか、そのどちらかである。それをC..S.ルイス調に言うなら、『イエス・キリストを道徳の教師として捉えてはならない。もしあなたがイエスと無関係なのであれば、キリストは「俺はゆで卵だ」と主張するような男と同類なのだから、そういった者とは一切関わらない方がよい。しかし、キリストがあなたと関わりがあると考えるなら、それはあなたの人生において、最も重要な意味を持つ。それは、取り返しのつかないあなたの命の問題だからだ。』
この後、イエスは、すべてのことが今や成し遂げられたのを知り、「渇く」と言われた。こうして、聖書の言葉が実現した。そこには、酸いぶどう酒を満たした器が置いてあった。人々は、このぶどう酒をいっぱい含ませた海綿をヒソプに付け、イエスの口もとに差し出した。イエスは、このぶどう酒を受けると、「成し遂げられた」と言い、頭を垂れて息を引き取られた。(ヨハネ19:28-30)
ここにある「成し遂げられた」とは、原語では「テテレスタイ」と言い、「完済済」という会計用語である。借金の経験のある方なら、借用書に「領収済」が押された時の安堵感は忘れられないものだろう。払いきれない多額の借金を、誰かがいつの間にかすべてすっかり支払ってくれたとしたら?イエス・キリストが十字架上で成してくださったことは、それである。その借金とは人間が負っている罪。ところが、世の中のほとんどの人は、この借金のことを自覚していない。だから十字架の意味も理解出来ず、知ろうともせず、当然ありがたいなどとは思いもしない
問題は、日本語には、この「SIN=罪」に該当する言葉がないことである。日本語で「罪」という言葉は、法律を犯す「犯罪・CRIME」のことを意味する。しかし、聖書が語る「罪」の原語は「ハマルティア」と言い、「的外れ」という意味。つまり、天地の創造主である神様から外れていることが「罪」なのだ。そういった言葉を持たない日本人にその意味を理解することは容易ではない。しかし、救いを求める時に聖霊が働き、そうすると「罪」の自覚が生じ、その自覚によって悔い改め、イエス・キリストを受け入れて、救いに導かれる。そうした過程によって、的外れな人生で失っていたものを回復出来るようになるのである。
人間は天地創造の神様から離れたことによって、3つのものを失っている。
人生の使命
本当の愛
永遠の命
これらを失ったが故に、人間は人生の意味をなくし、自己中心となり、周囲の人々を恐れるようになった。しかし、世界は信じることによって成り立っているのだ。神様との関係も、人間との関係も同じ。あなたは、天地創造の神様によって、唯一の最高傑作として創られ、神様はあなたを愛している。だから御子イエス・キリストをこの地に遣わされ、十字架によって神様との関係を開いてくださった。
あなたは、この神様の救いを受け取った瞬間に、自分はどこから来てどこへ行くのか? 真の愛とは何なのか? そして永遠の命が存在することを知るようになる。すると、不安と恐れから解放され、どのような人生の苦難をも打破するパワーを得る。それこそがイエス・キリストが十字架上で、あなたのために完済してくださったものなのだ!
ロサンゼルス(グレンデール)の家の教会で、毎週集まっています。美味しい食事を囲みながら、えんじぇる田中牧師の聖書メッセージから、生きる知恵と希望を語り合いましょう 「教会って敷居が高い。。。」と悩んだこがのある方、ぜひ一度おいでください。教会は平和と笑いと聖霊様の満ちるところ。いつでもご連絡ください213-324-6942 / MUTSUMI
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人の子は、栄光に輝いて天使たちを皆従えて来るとき、その栄光の座に着く。そして、すべての国の民がその前に集められると、羊飼いが羊と山羊を分けるように、彼らをより分け、羊を右に、山羊を左に置く。(マタイ25:31-33)
人は霊的に落ち込んでいると、正しい情報が得られない。日本のメディアを見ていても、実に多くの審議の的が外れており、どうでもよいことを繰り返し、肯定的に前進させる意志が全く感じられない。今のこの時代を生きる私たちには、“真に正しい情報を学び”、“真に必要な情報を選択し”、そして“得た情報を審議する”力が必要不可欠である。
聖書が語る「裁き」に当てはまらない人は、この世に一人としていない。福音を前にして、中立の立場でいることはあり得ないのだ。福音に対しては、100%関係するか、あるいは全く関係しないか、そのどちらかである。それをC..S.ルイス調に言うなら、『イエス・キリストを道徳の教師として捉えてはならない。もしあなたがイエスと無関係なのであれば、キリストは「俺はゆで卵だ」と主張するような男と同類なのだから、そういった者とは一切関わらない方がよい。しかし、キリストがあなたと関わりがあると考えるなら、それはあなたの人生において、最も重要な意味を持つ。それは、取り返しのつかないあなたの命の問題だからだ。』
この後、イエスは、すべてのことが今や成し遂げられたのを知り、「渇く」と言われた。こうして、聖書の言葉が実現した。そこには、酸いぶどう酒を満たした器が置いてあった。人々は、このぶどう酒をいっぱい含ませた海綿をヒソプに付け、イエスの口もとに差し出した。イエスは、このぶどう酒を受けると、「成し遂げられた」と言い、頭を垂れて息を引き取られた。(ヨハネ19:28-30)
ここにある「成し遂げられた」とは、原語では「テテレスタイ」と言い、「完済済」という会計用語である。借金の経験のある方なら、借用書に「領収済」が押された時の安堵感は忘れられないものだろう。払いきれない多額の借金を、誰かがいつの間にかすべてすっかり支払ってくれたとしたら?イエス・キリストが十字架上で成してくださったことは、それである。その借金とは人間が負っている罪。ところが、世の中のほとんどの人は、この借金のことを自覚していない。だから十字架の意味も理解出来ず、知ろうともせず、当然ありがたいなどとは思いもしない
問題は、日本語には、この「SIN=罪」に該当する言葉がないことである。日本語で「罪」という言葉は、法律を犯す「犯罪・CRIME」のことを意味する。しかし、聖書が語る「罪」の原語は「ハマルティア」と言い、「的外れ」という意味。つまり、天地の創造主である神様から外れていることが「罪」なのだ。そういった言葉を持たない日本人にその意味を理解することは容易ではない。しかし、救いを求める時に聖霊が働き、そうすると「罪」の自覚が生じ、その自覚によって悔い改め、イエス・キリストを受け入れて、救いに導かれる。そうした過程によって、的外れな人生で失っていたものを回復出来るようになるのである。
人間は天地創造の神様から離れたことによって、3つのものを失っている。
人生の使命
本当の愛
永遠の命
これらを失ったが故に、人間は人生の意味をなくし、自己中心となり、周囲の人々を恐れるようになった。しかし、世界は信じることによって成り立っているのだ。神様との関係も、人間との関係も同じ。あなたは、天地創造の神様によって、唯一の最高傑作として創られ、神様はあなたを愛している。だから御子イエス・キリストをこの地に遣わされ、十字架によって神様との関係を開いてくださった。
あなたは、この神様の救いを受け取った瞬間に、自分はどこから来てどこへ行くのか? 真の愛とは何なのか? そして永遠の命が存在することを知るようになる。すると、不安と恐れから解放され、どのような人生の苦難をも打破するパワーを得る。それこそがイエス・キリストが十字架上で、あなたのために完済してくださったものなのだ!
ロサンゼルス(グレンデール)の家の教会で、毎週集まっています。美味しい食事を囲みながら、えんじぇる田中牧師の聖書メッセージから、生きる知恵と希望を語り合いましょう 「教会って敷居が高い。。。」と悩んだこがのある方、ぜひ一度おいでください。教会は平和と笑いと聖霊様の満ちるところ。いつでもご連絡ください213-324-6942 / MUTSUMI
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