今日はモリヤ山教会の田畑先生をお迎えして、「神の義』のメッセージをいただきました。聖書のユダヤ的解釈を交えると、「神の義」とは、「神様が私たちをどう見ていらっしゃるか」だそうです。クリスチャンであっても、ふと気付くと自分が良しとする「義」を「神の義」と思い込んでしまうことがあります。どれだけ祈ったか、教会奉仕を真面目に行っているか、礼拝は欠かさず出席しているか、聖書研究に熱心か。もちろんこれらのことは大切です。でも全てを「自分の義」故にしてしまい、気付くと不安と自虐に苛まれる自分をを見る。それは信仰の落とし穴。それは『現代の口伝律法』に他なりません。そんなものに囚われることなく、ただイエス様の愛を子供のように素直に受け取る心の姿勢、いつも神様を見上げる希望の所在を教えてくださいました。
アプリケーションでは、それぞれの感動を分かち会いましたが、中でもデイビットさんがメシアニックジューとイスラエルについて、いつになく熱く論議を交わしている様子が印象的ですた。田畑先生、次回のメッセージも楽しみにしています。ありがとうございました。(睦美)
アプリケーションでは、それぞれの感動を分かち会いましたが、中でもデイビットさんがメシアニックジューとイスラエルについて、いつになく熱く論議を交わしている様子が印象的ですた。田畑先生、次回のメッセージも楽しみにしています。ありがとうございました。(睦美)