Good News Report

Good News Station の活動模様をお伝えしています。

ウォールストリート・リバイバル

2007年09月23日 | Good News
2007年9月23日は、NYウォールストリート・リバイバルの150周年記念日。LAのアズサリバイバルからさかのぼること約50年(今から150年前)に、NYマンハッタンのウォールストリートの近く、フルトン・ストリートとウィリアム・ストリートの交差点にあったオランダの改革派教会のエレミア・ランフィアーという脱サラ牧師が、1857年9月23日に始めた水曜昼間の祈祷会に、その翌月の10月10日に起った株価の大暴落と共に多くの人々が殺到しました。そしてその数ヶ月後には、何とNYで毎週1万人以上の人々が救われていたそうです

 この、NYのウォールストリートから始まったリバイバルは、徐々にアメリカ中に広がり、それから100万人以上の人が救いに導かれました。このリバイバルは、多くの宣教団体が設立されていく原動力となり、また、救われた多くの人々が、宣教師となって中国や韓国、インドなどへ宣教に出て行きました。このリバイバルの特徴は、特に指導者がいたわけではなく、ただ人々の祈りと、神の臨在の力によって起こされたこと。また、NYトリビューン誌がこの働きをニュースとして大きく取り上げたことが、リバイバル拡大の重要な要素となったことで、このウォールストリート・リバイバルは、世界で最初にメディアに用いられたリバイバルとも言われています。
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『講解』すると『後悔』する

2007年09月22日 | Good News
牧師は何を語るべきか? (9/21/07 ハーベスト・メールマガジンから抜粋)

 このテーマは、日本だけでなく米国でも議論が巻き起こっているものです。サウスウェスタン・バプテスト神学校の校長、ペイジ・パターソン博士は、「アメリカ中探しても、神の裁きや永遠の刑罰をテーマとした説教は聞けない」と語っている。その原因を、説教者たちが地獄の存在を信じていないか、地獄について語る勇気がないかのいずれかだ」と断言されています。

 1741年、ジョナサン・エドワードによる「怒れる神の手にある罪人たち」という歴史的な名説教には、「罪人たちよ。身の危険を悟れ。今にも神がお前たちを怒りの炉に投げ入れようとしている。地獄にいる多くの呪われた者たち同様、お前たちも神の怒りに触れたのだ!」と語られている。

 確かに、現代のアメリカでは、このような内容のメッセージは少なくなりました。パターソン博士の対極に立つ牧師の一人に、ウィロー・クリークのビル・ハイベルス牧師がいます。彼は、こう反論しています。「今日、人々の恐れに訴えかけても、かつてほど効果はありません。キリスト教に興味のない人を振り向かせるためには、もっと良い方法があると思います」と。現在米国で急成長を遂げている教会のほとんどが、「顧客中心」(つまり、求道者が興味を抱くような方法)の伝道法を採用しています。

 伝統的なスタイルでメッセージを語るか、あるいは求道者の興味に合わせてメッセージを語るか。これは、米国だけでなく日本でも大問題です。「講解説教は日本をダメにする。そんなの初めて来た人に何が必要か?『講解』すると、『後悔』する」(中野雄一郎氏) また、「牧師は分かりやすい説教をと願うあまり、聖書を語ることにおいて、妥協しすぎているのではないかという思いがある」とも。この論争は、すぐに片付くようなものではありません。むしろ、活発に議論し合うことによって、あるべき現代の説教とは何かが浮かび上がってくるのではないでしょうか。


「講解すると後悔する」とは、実に中野先生らしいですが、GNSの場合はどうか? と、考える前に、先週の説教タイトルは『天国の住人と管理人』であった。いや~うるさいくらいに言ってますな。ウチの牧師は。。確かに聖書には、自分の感覚ではどうしても受け入れ難い話も中にはありますよ。だけど、自分が聞きやすい話だけ聞いて、自分が聞きたくない話には蓋をする。それでは、御言葉を聞いてることにはならんのですよ、全くもって。LAのクリスチャン諸君!もっと大人になってくれ!!! (た)
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賢人の就職祝い

2007年09月07日 | Good News
暑さもたけなわのLabor Day、Long BeachのヨットハーバーにあるCrab Potに行って来ました。先週セキュリテュー会社に内定したケントの就職祝いです。K-1ファイターを目指す彼ですが、仕事はしないと食べてはいけません。仕事内容から言えば、随分キツイそうですが彼にはピッタリのようですね。仕事先はグレンデール・ギャラリアですから、彼の姿を見かけることもあるかも。(仕事中は喋ってはいけないそうですけど) とにかく、楽しい日でした。仁さん、ご馳走様でした
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