Good News Report

Good News Station の活動模様をお伝えしています。

Gardena Home Church (8/29/14)

2014年08月29日 | Good News




えんぢぇる師の日本出発が近づいています。名文句「聖書の御言葉は、日常生活に適応出来てナンボの世界!!」が間近で聞けるのも、今夏はあと数度のチャンスのみとなりました。今回の訪米から始まったガーデナ集会のラストセッションには、過去2回を上回る参加者が集い、25歳の好青年からご婦人方、そして集会宅のお家のご主人まで、年齢、性別、職業、教派を超えて、唯一の神様にある交わりの時となりました。

人間は知識を求めます。それは決して悪いことではありませんが、先走り過ぎて「足し算引き算の簡単な計算をしっかりマスターしないまま、関数や方程式などの難しいことばかりを追い求める(えんぢぇる言)」のは、本末転倒です。足元を掬われる、というのはまさにこのこと。大切なことはシンプルです。真理は足元にあります。目指すはBACK TO BASIC! BACK TO THE BIBLE!! だから今回学んだ基礎講座を総復習しながら、それぞれの足元を固める学びの時間をじっくりみっちり過ごしました。時間もまた、過去2回を上回り、実に何と6時間

 

 


教会ごはん定番のカレー!
お家のご主人作、「男の甘口」とベテラン主婦の「辛口」の二種類が楽しめました。



今夏も幾度となく繰り返された、最も大切なイエスの4つの命令。

聖霊を受けなさい(ヨハネ20:22、使徒1:4-5、8)
互いに愛し合いなさい (ヨハネ13:34、15:17)
出て行って福音を伝えなさい (マルコ16:15)
出て行って全ての人を私の弟子にしなさい (マタイ28:19)

聖霊様の助けによって、神様の愛を現して、福音を伝えて、そして「イエスは主」と公言するキリストに従う者(弟子)を増やすこと。これは会堂のある教会でなくても、それぞれの家が「家の教会」となってできること、いいえ、『すること』なのです。6時間があっという間に過ぎた楽しい学びの時。神様の言葉、聖書を学ぶことはほんとうに楽しく、喜びの時です。この時間をこれからも守り続けること、広げることを祈ります。


小さな群れよ、恐れるな。あなたがたの父は喜んで神の国をくださる。(ルカ12:32)



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『時は神なり』 詩編90:14

2014年08月24日 | Good News


■『時』に関するC.S.ルイスの洞察

 C.S.ルイスが、『詩編を考える』という本を書いているが、この本の最後に、『時』ということについて、実にユニークな見解が記されている。「私たちは、もうこんなに大きくなって?とか、何で時が経つのは早いのだろう!」と、我々はよく驚きの声を上げる。時間と言うこの上もなくありふれた経験が、ひどく珍しいものであるかのように驚かされるといった按配だ。だが、これはよく考えて見ると、実に不思議なことである。

 何故なら、それは魚が『どうして水ってこんなに濡れているんだろう?』と、しょっ中考えているようなものだからである。しかし、もし魚がやがて陸地に住む生物として運命付けられているとしたら、魚が水が濡れていることに驚いたとしても、無論、何も不思議なことはない」とこの本はここで終わっている。

 この話しでC.S.ルイスは何が言いたかったのだろうか? 彼はイエス・キリストの弁証家である。つまり彼の結論は、「だから神はいる」、「だから天国は存在する」ということなのである。


■ヘブル文学の最高峰 詩編90章のテーマは『時』

 詩編はヘブル語で「テリヒーム」と言い、「ハレルヤ」とほぼ同義語である。英語の「プサーム」は、ギリシア語の「プサスモイ・奏でる」という意味から来ている。この90章は、詩編全150章中、唯一、作者モーセと記されている章である。クリスチャンを10年やっている(?)人でも、詩編にモーセの作品があると聞いて驚かれる人も少ないないが、一般的にヘブル社会では、90-100迄がモーセの章と言われており、確かに95章8-11節等の内容を見ると、それも頷ける。

 実は、ヘブル語の 「の」、「のために」「による」 は、前置詞として同じ意味を持つので、「モーセの歌」とも、「モーセのための歌」とも取れるのだ。そしてこの90章は、詩編の中でも、「比類なき気高さに溢れた最も感銘深い詩」、「ヘブル文学の最高峰」と謳われている詩である。この「ヘブル文学の最高峰」が謳ったテーマ。それが『時』であった。
今日のメッセージは、聖書が語る『時』に関して、私たちが認識すべき4つの点について語る。





Ⅰ. ヘブル語の時には永遠と言う概念が込められている。

 創世記1章5節の第一日目の創造で、神は『時』を創造された。時間というものは、太陽や、空気や、自然環境と同様、人間が生活するために、神が創造されたものなのである。ギリシア語の『時』と言う言葉には、『カイロス(神の時)』と『クロノス(人の時)』という二つ概念があるが、実はヘブル語には、大文字と小文字の区別がないように、現在形と未来形という時制の区別もないのである。

 つまり、彼らは現在のことを未来のことにように、未来の事を現在の事のように語るのである。例えば、ユダヤ人が友人と待ち合わせしていて、1時間経ってもその友人が来ない場合、私たち日本人なら、彼はもう来ないと判断する。ところが、ユダヤ人は待ち続ける。何故なら、「彼(友人)は来る ”He comes.” のだから」。彼らには、“He will come.” 彼は来るだろう。」という未来の区別がないので、ユダヤ人は、その友人が実際に来ていなくても、あたかも来ているかのような態度を示すのである。

 私の友人が、メシアニックジューの友人の家に食事に呼ばれた時、その友人が、「ところで私たちの家族は、900年前にシナイ山で…。」などと話し始めた時、何を言っているのか理解出来なかったそうである。90年だったらまだ分かるけど..。つまり、彼らは、こういった時空の感覚の中で生きているのである。私たちにとっては果てしない昔の出来事を、今の自分と直結させて考えているのである。

 これは日本人には、なかなか理解出来ない感覚だが、ここで大切なことは、ヘブル語の『時』には、『永遠』という概念が埋め込まれているということである。つまり、一分であろうと、一時間であろうと、一年であろうと、一世紀であろうと、「今、ここに約束がある。」という、クロノスを超越した時間空間を、聖書は創り出しているのである。

 教会が様々な困難に遭っている時、「こんなに待っているのに主は来てくださらない…。」と私たちは、呟きたくなる。ところが、神の時空において、主の再臨は既に完成されているのである。その完成された神の御国の幻を見ながら、私たちは日々の困難を耐え忍ぶように召され、また耐え忍ぶ力が与えられているのである。


Ⅱ. 人生とは時間であり、時間とは命のこと

 昔、日本では人生50年と言われていたが、今はおよそ80年。この人生80年とは、はれっきとした時間のことであり、それは有限である。人生とは、神から与えられた時間のこと。人生とは時間であり、時間とは命のことなのである。

 また、一つボタンのかけ違えてしまうと、また全てのボタンを外して、また最初からかけ直さなければならないように、日常生活においても、仕事においても、動作は一緒でも順番を違うと大変なことになる。ボタンをかけている動作は同じでも、かけ方を間違うと、全てやり直さなければならなくなってしまうからである。

 人生という限られた時間の中で、優先すべき事を優先し、どうでも良いことは捨てていくことは、実に重要な作業である。つまり、私たちが何に時間を使っているのかということは、何に対して自分の命を使っているのかということと同じなのである。


Ⅲ. 人は自分がすべきことを知っていながら、楽な方を選択する

 人は朝起きてから夜寝る時まで、自分の生活の中でやっていることには全て、順位が付けている。その優先順位は、ほとんどの場合、無意識の内に付けられているのだが、その選択基準は現実的に多くの場合、目先にある物なのである。例えば、すごくお腹が減っていると、もうすぐ食事の時間だと言うのに、つい目の前にあるドーナツに手が出てしまう。これが人間の性なのだ。

 つまり、私たちは普段、頭ではまともなこと考え、口ではまともなことを言ってはいても、いざ実際の行動となると、その場限りのことをやってしまうのだ。先を見て我慢するということが、なかなか出来ないのである。楽なことと苦しいこと。人はどちらを先に選ぶか?それは間違いなく楽な方である。つまり、私たちは日々生活の中で、やるべきこととは知ってはいても、ついつい先延ばしにしてしまうという性質を持っているのである。

 私たちは誰もが、当たり前のように明日はやってくると考えている。しかし、実際はそうではない。私たちは何時、何処で、どんな形で自分に死が訪れるか、全く分からないのである。人は必ずしも年をとってから死ぬのではない。ある日突然、死が私たちに訪れるかも知れないのである。

 もし今日、半年後にあなたに『死』が訪れるとしたら、あなたは残された時間をどう使うだろうか?誰とどのような時間を過ごすだろうか?自分に残された時間が僅かであることを知らされれば、誰だって、自分にとって本当に大切な事だけを厳選して、行動するようになるはずである。今まで同様、TVゲームや、日本のTVドラマに熱中したりしている人がいたら、その人は精神異常である。

 ところが、人間というものは、「死は何時訪れるかも分かりませんよ」と言われたくらいで、自分の死について真剣に考えることは出来ないのである。そう言われても、「それは確かにそうだけれど、まぁ、今日明日ということはないでしょ」と考えるのが普通なのである。これが私たちの『死』と『主の再臨』に対する捉え方の現実である。そして実際に『死』と『再臨』の現実が自分の目の前に迫った時に初めて、人はあわてふためくのである。


Ⅳ. 神の国と神の義を第一に求める

 イエス・キリストは、自分が何時、何処で、どのように死ぬのかと言うことを知っておられた。その点において、私たちとは状況が全く違う。自分は間もなく十字架にかかって死ななければならない。そのことをはっきりと知っていたイエスは、どのように3年半の伝道生涯を過ごされたのだろうか?イエスがいつも第一優先としていたのは、神の国と神の義である。それがどれほど大切なのかというと、自分の全財産を売ってでも買うべきものだとイエスは言われた。

 「神の国と神の義を第一に求める」このことは、今まで繰り返し、繰り返し、言ってきたことであり。そんなことは、言わなくても誰だって分かっている。しかし、ここでもう一度、私たちは自分の優先順位と、イエスの優先順位について真剣に考えなければならない。何故なら、人が物事を選択する背景には、神の導きと共に、それを阻止して人を破滅に陥れようとしている悪魔の力も働いているからである。

 神が人間と関わっておられるように、神の対極にいるサタンも、人間と関わっている。悪魔礼拝でもしていない限り、人は誰も自分が悪魔に仕えているなどとは夢にも思っていない。ところが、神と悪魔の真ん中の位置というものは存在せず、霊の世界においては中間というものはないのだ。つまり、人間は神側の支配下か、悪魔の支配下か、その二つの内のどちらかなのである。

 マタイ16章21-23節で、イエスが十字架と復活の預言された時、ペテロはイエスに「とんでもない、そんな事はあってはなりません!」と言った。確かに人間的な観点からすると、神の子であり、救い主であるイエスが、この世で最低最悪の十字架刑に架かるなど、あってはならないことである。つまり、ペテロは人間的には、至極当然のことを言ったまでなのだ。

 ところが、そう言ったペテロにイエスは何と言われたか?「サタン、引き下がれ、あなたは神を思わず人のことを思っている!」イエスはペテロのことを、何とサタン呼ばわりしたのである。つまり、普段私たち人間が考えていることと言うのは、得てしてサタン側に騙された考えなのである。

 私たちは、両足を片方ずつ、神と悪魔に突っ込んだまま、天国に行くことは出ない。神側に付く者は、常に自分の価値観と優先順位を、神側に置かなければならないのだ。「実に、神の国はあなたがたの間にあるのだ」とルカ17章21節でイエスが言われたのは、聖書が語る『神の時・神の国』は、これから将来起こることであると同時に、既に私たちの内で始まっているという宣言である。この地上に流されることなく、天国人としての選択をいつも心掛けるようにしよう!



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Gardena Home Church (8/22/14)

2014年08月22日 | Good News
一週間が経つのは早いものです。今日はガーデナ集会の第二回目。今回も13人が集い、笑いと喜びと聖霊が満ちる中で、皆が御言葉に聞き入りました。まさに、マルタとマリアの家さながら!お話しの中にも「マリアとマルタ」が少し取り上げられていましたが、最初は皆で サンドイッチ作りに励み、その後は午前と午後の計4時間、びっしりとお話しに聞き入っていました。物事には優先順位があります。奉仕は勿論大切ですが、神様の前に出た時は、この時だけに語られる神様の御言葉を前に、私たちはただ静かにその御声だけを求めなければなりません。そんな、美しいマルタマリアの家での集会でした。

えんぢぇる師の常套句「聖書の御言葉は、日常生活に適応出来てナンボの世界!!」に従って、前回のアプリケーションに始まりました。一人一人、心に残っていることが異なり、一週間経って再びハッと気づく部分、また思い出す部分、そんなことも語られたんだと気付く部分、こういった思い返しが次のアプリケーションに繋がります。内容は、やはりBACK TO BASICポリシーに従い、基礎講座中心で、信仰の3ステップ、4種類のクリスチャン、きちんと自分の内におさめるべき福音の核、よい子の黙示録触り少々、信仰義認、聖霊を汚す罪、そして三位一体の神様、などなどが午前と午後に分けて語られました。ダイジェスト動画は以下の他も、近日いたします

 

 

 

 
 


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『種蒔く人』 (ヨハネ 4:35)

2014年08月17日 | Good News


あなたがたは、『刈り入れまでまだ四か月もある』と言っているではないか。わたしは言っておく。目を上げて畑を見るがよい。色づいて刈り入れを待っている。

収穫の知恵についての5ポイント!

  自然法則に逆らってはいけない。
   種は蒔かなきゃ、出て来ない
   蒔いた種の全部から芽が出る訳ではない。
   トマトを蒔いたら、キュウリは生らない。

  蒔く人と刈り入れる人とは必ずしも同じ人とは限らない。

  成長させてくださるのは神様。

  教会の使命は伝道!役割の違い、さまざまな賜物を用いて。

  伝道はクリスチャンに与えられている最大の恵み。神様と共に喜びため。 


ロサンゼルス(グレンデール)の家の教会で、毎週集まっています。美味しい食事を囲みながら、えんじぇる田中牧師の聖書メッセージから、生きる知恵と希望を語り合いましょう 「教会って敷居が高い。。。」と悩んだこがのある方、ぜひ一度おいでください。教会は平和と笑いと聖霊様の満ちるところ。いつでもご連絡ください213-324-6942 / MUTSUMI


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Gardena Home Church (8/15/14)

2014年08月15日 | Good News



開口一番「今日は何の日?」と最初に問われました。8月15日が何の日なのか、決して10代20代の少年少女ばかりが集っていたわけではないのに、70年近くも経ったせいなのか、当時敵国だった国に移住しているためか、スッとは何の日だか出て来ませんでした 戦争の意識は遠のきつつあります。しかし、戦争そのものが遠のいているわけではありません。今や、アメリカとロシア、イスラエルとパレスチナ、日本と中国、世界各国、戦の火の種は尽きることがないのを世界中に見ることができます。まさしく終末に向かう今この時。それは神様の福音を広げるべき時なのです

今日、ガーデナで「家の教会」の場所が与えられました。イエス様と12弟子さながら、大人13人と子供たちが集って、聖書の御言葉を楽しく学びました。初めてお会いする方も何人かいらっしゃったので、(初めての人がいなくても、恒例定例ではありますが、)えんぢぇる師の名フレーズ「聖書の御言葉は、日常生活に適応出来てナンボの世界!!」から、いつにも増しての熱いスタートを切りました。

基礎講座の「聖書の読み方」(Observation/観察Interpretation/解釈Application/適用)では、具体的に「放蕩息子」を取り上げて御言葉を読みました。まとめの課題として、お父さんが戻ってきた放蕩息子にあげた3つのものが差す物は?という宿題 まで出ています。次回までにぜひ調べておいてください。講座のダイジェストは、以下の動画 からご覧いただけます。







お父さんが放蕩息子にあげた3つのものは、何を指すのでしょうか?それは私たちも、ももらったものです。

急いでいちばん良い服を持って来て、この子に着せ、手に指輪をはめてやり、足に履物を履かせなさい。
服 = 赦し
指輪 = 神の子としての特権
履物 = ??(宿題)

この後には、イエス様の4つの命令、4つの福音書、初代教会が熱心に行なっていた4つの行為、など、“BACK TO BASIC!, BACK TO BIBLE!”の内容で幾つかの基本テーマについて教えていただきました。次回はまた1週間後の同じ場所・同じ時刻から開催する予定です!どなたでもご参加出来ます。勿論、ノンクリスチャンの方大歓迎!それでは皆さん、またお会いしましょう 213-324-6942 / MUTSUMI








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Irvine Home Church (8/12/2014)

2014年08月12日 | Good News
盛暑の候、聖書を学ぶ

南カリフォルニアのアーバインで、第二回目の集会がありました。日本では、お盆真っ只中とあって、お話しは何と「お盆」から始まりました。お盆の正式名称は、「盂蘭盆」(うらぼん)と言って、その意味は、な何と「逆さ吊り!?」。昔々、仏陀のお弟子さんの一人が、自分の母親が地獄で逆さ吊りになって苦しんでいる幻を見て仏陀に相談した・・そこから先祖供養へと発展されて来た・・と言われています。日本人は誰もこんなことを知りませんが、こういったルーツを辿ると、実は非常におどろおどろしい、また、何の根拠もない日本版ハロウィンとも言うべき寓話的行事であることが分かります。

聖書を学ぶ時間に、何故こんな仏教のコワ~いお話が?と言うのは、かつての私たち、また今も私たちの周囲で「お盆」が何かをわからずにその行事に参加してしまっているという真実を知るため。日本の国は四季の移り変わりが美しく、多くの季節行事があります。春はお花見、夏の花火、秋は紅葉狩り、冬の雪見。これらの自然は神様がくださった大切なものです。

しかし、私たちクリスチャンは、そういった様々な日本独特の行事の背後には、実は霊的な暗闇が潜んでいることを正しく認識し、生活から切り離すことに努めて行かなければなりません。だから、「聖書の御言葉は、日常生活に適応出来てナンボの世界!!」と言う、いつものえんぢぇる節から始まった今日の聖書クラス

「盂蘭盆」から始まり、「六道輪廻」、「極楽浄土」、「真実を見分ける方法」、「根拠と真理」、「イスラエルとユダヤ人」、そして「信仰と基となる正典(キャノン)」。いつもの通り、“どこがどうなれば、これらが繋がるの??“という、興味深々トピック満載の聖書メッセージが、ノンストップで4時間、熱く語られました




 


まったりとお誕生日を祝うシーンも「家の教会」ならでは!

 
前回同様、特別参加のグローリー。



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『Fault と Evil』 (エフェソ6:18)

2014年08月10日 | Good News
原爆慰霊碑に刻まれた言葉、「安らかに眠って下さい。過ちは繰り返しませぬから。」の英訳は、
   「Let all the souls here in peace; For we shall not repeat the evil.」
過ちは当初「Fault」と訳されたが、後に「Evil」と訂正された。つまり、人類を破滅に至らせる核問題の根源には、「人間(精神的問題)」ではなく、「悪霊(霊的問題)」にある。以前、原発をテーマにしたメッセージでも、核は霊的問題であることを聴いた。だからこそ、私たちはヒロシマ、ナガサキ、そしてフクシマという日本に起こった史実について正しい知識を持ち、背後に蠢く悪の業をきっぱりと退け、現実的な目前の問題に挑まなければならない。イエス・キリストに従う聖徒たちに、今日、この御言葉が与えられました。

最後に言う。主に依り頼み、その偉大な力によって強くなりなさい。
 悪魔の策略に対抗して立つことができるように、神の武具を身に着けなさい。
 わたしたちの戦いは、血肉を相手にするものではなく、
 支配と権威、暗闇の世界の支配者、
 天にいる悪の諸霊を相手にするものなのです。 (エフェソ6:10-12)

そして、≪APPLICATION/適用≫

どのような時にも、“霊”に助けられて祈り、
 願い求め、すべての聖なる者たちのために、
 絶えず目を覚まして根気よく祈り続けなさい。 (エフェソ6:18)



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クリスチャンの底力

2014年08月03日 | Good News
2014年8月第一週の日曜日は珍しく雨。世界的な異常気象で、冬ばかりでなく春や秋には雨が降ることには慣れてきましたが、真夏の雨は非常に稀有なこと。メディア報道もされていました。8月の雨の中、命の水湧き出る教会で礼拝しました。


(Bob Chamberlin / Los Angeles Times)




さて、今週は広島で平和祈念式があり、来週は終戦記念日です。戦後70年が経ち、戦争を実際に体験している人たちが少なくなり、徐々に風化されつつある“戦争”という人類の愚行について、クリスチャンは曖昧な知識やメディア報道に流動されてはなりません。この愚かで悲惨な歴史の中でも、神様は絶えず“神の人”を遣わし、そこで福音が宣べ伝えられているという確かな事実があります。私たちは、聖書に基づく価値基準を保ち続け、正しい歴史観を持ってこそ、来るべき終末に臨むことができるのです。クリスチャンの底力とは、「聖書をベースとした情報収集力と分析力」です求める人には、神様は必ず応え、真理を教えてくださいます。

以下、今回の怒濤の100分メッセージの中でポイントとなった写真をいくつか集めてみました。“えっ、何これ?”という写真もありますが、ここがエンジェル師独特の情報集積力!?これらは全て聖書に、そして、これからの世界の動向につながって行きます。“でもいったいどうやってまとまるの”という感じですが、詳しくは後日レポートをお楽しみに!


  

  

  

  



ロサンゼルス(グレンデール)の家の教会で、毎週集まっています。美味しい食事を囲みながら、えんじぇる田中牧師の聖書メッセージから、生きる知恵と希望を語り合いましょう 「教会って敷居が高い。。。」と悩んだこがのある方、ぜひ一度おいでください。教会は平和と笑いと聖霊様の満ちるところ。いつでもご連絡ください213-324-6942 / MUTSUMI


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