見もの・読みもの日記

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忘れられた戦後美術/彫刻刀が刻む戦後日本(町田市立国際版画美術館)

2022-07-11 22:23:51 | 行ったもの(美術館・見仏)

町田市立国際版画美術館 企画展『彫刻刀が刻む戦後日本-2つの民衆版画運動』(2022年4月23日~7月3日)

 終わってしまった展覧会だが書いておく。気になりながら訪問できなかった展覧会を、最終日に見てきた。マイナーなテーマだと(勝手に)思っていたのに、けっこうお客が入っていたので驚いた。本展は、戦後日本で展開した2つの民衆版画運動「戦後版画運動」(1947~1950年代後半)と「教育版画運動」(1951~1990年代後半)を軸に、これまであまり知られることのなかった版画史の一側面に光を当て、戦後の開発と発展のかたわらにある「もう1つの日本」を浮かび上がらせる企画である。

 「戦後版画運動」というのは、Wikiにも項目の立っていない用語だが、本展の整理によれば、1947年に紹介された中国木刻(木版画)の強い影響を受け、1949年に設立された日本版画運動協会を中心として、1960年代の中頃に至るまで活発な活動が行われた。労働や米軍基地、原子力問題などの社会問題が主題となり、「身近な労働者としての農家の暮らし」も数多く描かれている。

 中国の木刻画は長い伝統を持つ民間芸術だが、作家・魯迅(1881-1936)は、文字を読めない人々にさまざまなメッセージを伝えるメディアとして木刻画を重視し、木刻運動を推進した。魯迅の登場する中国ドラマ『覚醒年代』が、オープニングや時代背景の説明で、木版画ふうのイラストを効果的に使っていたことを思い出す。魯迅にこの着想を与えたのは西洋の版画で、ドイツのケーテ・コルヴィッツ(1867-1945)やフランスのフラン・マズレール(1889-1972)の作品である。コルヴィッツ、初めて知った名前なのだが、リアリズムに強い精神性が盛られていて、すごく好きだ。会場では気づかなかったが、女性なのか! マズレールの『ある男の受難(一箇人的受難)』は、文字のない25枚の木版画でひとつの物語を表現したもので、中国伝統の「連環画」との類似性も感じさせる。そして、彼らを原点とする中国木刻運動の作家たち、汪刃鋒、李樺らの作品にも惹かれる。貧しい農民や労働者の姿をリアリズムで捕えながら、ある種の理想主義が感じられる。

 1947年、東京と神戸で始まった中国木版画は、日本各地を巡回し(当時のニュース映像が残っているのがすごい)、茨城県久慈郡大子町では「木刻まつり」が開催された。この北関東を拠点とする美術家を核として、1949年12月に「日本版画運動協会」が発足する。私の知っている名前では、滝平二郎が参加している。また、同協会が中日文化研究所内で設立されたというのも納得できる。そして、1950年代から60年代に製作された版画作品の驚くべきこと。そこには、身体を張って権力に正対する農民や労働者の姿がある。まるで別の国の芸術のようだ。何が原因なんだろう、日本の戦後史における、この時期の見事な「忘れられ方」は。

 一方、少し遅れて1951年には「日本教育版画協会」が設立され、学校教育の中で版画を普及しようという「教育版画運動」が始まった。無着成恭が主導した「生活綴り方」の実践とも結びつき、「生活作文」と「生活版画」は車の両輪のように推進された。私は1960年代~70年代初めの小学校教育を受けた世代なのだが、思い返すと担任は作文が大好きで、図工の先生(若い女性の先生だった)からは、版画の手ほどきを受けた。構図を決めたあと、何時間もひたすら版木を掘り続ける作業は嫌いじゃなかった。小学校の授業なんて、いつでもどこでも同じようなものだろうと思っていたが、あれは明白に「戦後」の時代性を帯びていたのかもしれない。

 いまの子供たちがどのくらい版画に親しんでいるのか、私はよく知らないが、会場には、教育現場で生まれた数々の作品が展示されていた。とりわけ強い印象を残したのは、青森県八戸市湊中学校養護学級の生徒たちによる、大きな連作版画『虹の上をとぶ船』(1975-76年)。この作品を見ることができただけでも、価値ある展覧会だった。指導したのは、中学校教諭の坂本小九郎氏。展示作品の所蔵者は「五所川原市教育委員会」となっていたが、八戸市美術館、青森県立郷土館も所蔵しているらしい(版画だから原本が複数ある)。ぜひ青森まで、もっとたくさん見に行きたい。

付記:最終日だったので、図録が売り切れだったのは残念。欲しかった~。


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