〇京都国立近代美術館 開館60周年記念『甲斐荘楠音の全貌-絵画、演劇、映画を越境する個性』(2023年2月11日~4月9日)
大正から昭和にかけて京都で活躍した日本画家、甲斐荘(または甲斐庄)楠音(かいのしょうただおと、1894-1978)を取り上げ、映画人・演劇人としての側面を含めた彼の全体像を紹介する。私がこの画家の存在を知ったのは、わずか5年前のことだ。2018年に千葉市美術館で『岡本神草の時代展』を見たついでにミュージアムショップで買った松嶋雅人さんの『あやしい美人画』(東京美術、2017)で、初めて甲斐庄楠音の名前を知り、その後、東近美『あやしい絵』や東京ステーションギャラリー『福富太郎の眼』展で作品に出会っている。
私の最初の出会いは「あやしい」系だったが、楠音は、正調の美人画も描いている。本展には、明らかに怖くてあやしい『幻覚(踊る女)』『春宵』、きれいだけどあやしい『横櫛』『舞ふ』、ひたすら美しい『秋心』など、多様な作品が集結して楽しかった。花魁や着物姿の女性を描いた画家のイメージだったが、肉付きのよい裸婦を描いた作品も多く残していることを知った。裸婦に黒い紗のドレス(着物?)を羽織らせた『籐椅子に凭れる女』も好き。『桂川の場へ』など歌舞伎や文楽に取材した作品が多いのは納得できるところ。『櫓のお七』に描かれたお七を遣う太夫さんはどなたかなあ。
本展は、絵画作品以外でいろいろ驚きがあった。同館は、楠音の写真やスクラップブックなどアーカイブ資料を多数所蔵しているらしく、そこから構成された画家の「全貌」がとても興味深かった。まず写真。若い頃はかなり美形で、しばしば女装を楽しみ、裸体写真も残している。ちょっと澁澤龍彦を思い出してしまった。なお、晩年の枯れたおじいちゃんの風貌も私は好きだ。
楠音は、昭和10年代(1940頃)から映画制作にかかわり、以後は映画の時代考証や衣装考証を主な活躍の場としていく。映画のスチール写真やポスターが多数展示されていたが、昭和20年代(戦後)は映画のポスターに「衣装考証」の名前も載っていたのだな。
さらに驚いたのは、『旗本退屈男』など昭和20~30年代に楠音が手掛けた衣装の現物40点近くがずらりと掛け並べて展示されていたこと。楠音の衣裳スケッチが残っているものもある。所蔵は「東映京都撮影所」になっていた。あらためて京近美のサイトにアクセスして、本展の開催趣旨を読んだら「彼が手がけた時代劇衣裳が太秦で近年再発見されたことを受け、映画人・演劇人としての側面を含めた彼の全体像をご覧いただきます」とあった。なるほどなあ。
本展は今年の夏、東京に巡回予定だが、これらの衣裳も全部持ってきてくれるかな。持ってきてほしい。また見に行くので、図録は東京で購入することにした。