見もの・読みもの日記

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21世紀に続く戦後処理/日ソ戦争(麻田雅文)

2024-06-03 22:56:03 | 読んだもの(書籍)

〇麻田雅文『日ソ戦争:帝国日本最後の戦い』(中公新書) 中央公論新社 2024.4

 日ソ戦争とは、1945年8月8日から9月上旬まで満州・朝鮮半島・南樺太・千島列島で行われた第二次世界大戦最後の全面戦争である。日本の敗戦を決定づけただけでなく、東アジアの戦後に大きな影響を与えた戦争であるにもかかわらず、実は正式な名称すらない。確かに「日ソ戦争」という名前は初めて聞いたような気がする。

 はじめに日ソ開戦までの各国の思惑を概観する。アメリカはソ連の参戦を強く望んでいた。スターリンは、ドイツを倒したら対日戦線に加わるとほのめかすことで、米英を対独戦に集中させた。そして、いよいよドイツ軍の主力が壊滅すると、ヤルタ会談においてソ連の参戦が確約される。ローズヴェルトがスターリンの参戦条件(戦後の利権)を認めたのは、ソ連の参戦によってアメリカ兵の犠牲を極力抑えるためだった。その結果、戦後の東アジアには長く大きな混乱を残ったわけだが、「アメリカ合衆国大統領」としては正当な判断だったと言わざるを得ないだろうか。

 だがアメリカが原爆を手に入れたことで事態は変わり、米ソの政治的立場の隔たりが露わになる。ソ連はアメリカへの不信を強め、日本が降伏する前に、予定を早めて参戦する。ヤルタ会談で約束された利権を自力で手に入れるためである。日本政府は、ソ連を講和の仲介者として最後まで期待していたというのが悲しい。

 次いで、満洲(満州)、南樺太、千島列島での戦闘が語られる。満洲国の国防を担っていたのは関東軍だが、最盛期の強勢はどこへやら、多数の部隊が太平洋方面に転用されて兵力は激減し、満洲だけで生産できる兵器はほとんどなかったため、兵士に配る武器も足りていなかった。しかも東京の大本営は、関東軍が積極的な攻勢に出ることを望まず、本土防衛のため、ソ連軍を大陸に足止めすることだけが期待された。「関東軍は自らが作った満洲国を犠牲にしてでも、大本営の求める持久戦の方針に従った」という一文を目にして、しみじみ、関東軍に同情を禁じえなかった。またこのときのソ連軍の侵攻が凄まじいのだ(無謀すぎて犠牲も大きかった)。戦車軍で内モンゴルの砂漠地帯を横断し、大興安嶺をも突破している。一方、日本軍が、爆弾を抱えた兵士に戦車に体当たりさせる「陸の特攻」(当然、戦果は乏しい)を繰り返したというのもつらい。

 私は短期間だが北海道に暮らしたことがあるので、北方に親近感を持っている。それにしても、樺太の北部国境地帯で激戦が始まっても、札幌に本部を置く第五方面軍(北海道・樺太・千島列島の防衛を担当)は、援軍も送らず、南樺太の主力軍が北上して応援に行くことも許さなかったというのが衝撃だった。彼らは、ソ連軍あるいは米軍の北海道侵攻を警戒していたのである。結局、辺境は中央のために見捨てられる、平和な時代でもそうだが、特に戦争においては容赦がない、ということを感じた。

 千島列島のほぼ最北端、占守島(しゅむしゅとう)の戦いについては初めて知った。日本軍の激しい抵抗の結果、ソ連軍も強攻は愚策と悟り、千島列島のほかの島での戦闘は回避された。それはいいのだが、ソ連軍は、桟橋もない遠浅の海岸に上陸しようとして溺れる者が出るなど、ぼろぼろの上陸作戦だったようだ。

 戦後、ソ連軍は、日本を連合国で分割統治し、ソ連には北海道を割り当てることを画策したが、スターリンは軍部の野心を抑え込み、トルーマンへの返書では、北海道の北半分を要求するに留めた。しかしトルーマンはこれを拒絶し「クリル諸島(千島列島)」の占領のみを認める。アメリカ軍部はこの決定に怒り心頭だったという。千島列島はアメリカを狙うミサイル基地として最適だったからだ。こういう軍事戦略的な「土地の価値」は、兵器の性能が向上すると変わっていくのだろうか。それとも意外と変わらないものなのだろうか。

 戦後、ソ連は多くの日本人(朝鮮人、樺太の先住民、女性も含む)をシベリアに抑留した。私の大学の恩師(軍事とは何の関係もない日本文学の専門家である)はシベリア抑留の体験者だった。満洲国の文化遺産や文書も持ち去られた。中国からは鉄道や港の利権をもぎ取り、戦利品の武器は中国共産党に引き渡して恩を売った。こうしてスターリンは、剛腕で独り勝ちを収めたように見えるが、その成功は短かったことを我々は知っている。けれども、いまだに「スターリンの呪縛」に苦しむ日露関係を、どうしたらいいのだろう。


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