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絶望とユーモアの中国SF/三体(劉慈欣)

2019-10-28 01:53:22 | 読んだもの(書籍)

〇劉慈欣;大森望、光吉さくら、ワン・チャイ訳『三体』 早川書房 2019.7

 話題の長編SF小説『三体』を読んだ。中国のSF作家・劉慈欣(1963-)が2006年に発表し、2008年に出版した作品である。2014年に英語に翻訳され、英語圏でも多くの読者を獲得している。今年7月、ついに日本語訳が出版され、3か月後に私が購入した版には「11万部突破!」のオビが付いていた。まだまだ部数は伸びるだろう。私のように、ふだんSFを全く読まない読者をも夢中にさせてしまう面白さがある。

 SFが歴史を扱う類型には、歴史と全く無関係なファンタジー、架空世界の中に現実の歴史を反映した作品、現実の歴史にがっしり接続した作品があり得ると思う。本作は最後の類型にあたる。しかも中国の近現代史で最も悲惨で、最も分かりにくく、最も恥ずべき事件「文化大革命」が本作のストーリーの重要な鍵になっている。

 1967年、理論物理学者で大学教授の葉哲泰は、紅衛兵たちのつるしあげによって命を落とす。その娘で本作の重要な主人公となる葉文潔は、天体物理学を学ぶ大学院生だったが、文化大革命の混乱を逃れ、内モンゴルの大興安嶺山脈にある紅岸基地に辿りつく。そこは山頂に建つ巨大なパラボラアンテナ(電波望遠鏡)を擁し、地球外文明にメッセージを送信して、地球外知的生命体と交信することを目指す秘密プロジェクトが営まれていた。

 以下【ネタバレ】に入る。あるとき文潔は、送信メッセージの出力を極度に増幅する方法を思いつき、これを実行する。しかし、その直後には何も起こらなかった。彼女がそれを忘れかけた4年後、地球外の「平和主義者」を名乗る者からの返信を受け取る。そこには「応答するな!」という警告が繰り返されていた。もしこのメッセージに応答すれば、我々はただちに送信源の位置を特定し、あなたがたの惑星を侵略するだろう、というのだ。しかし文潔は「来て!」と返信する。私たちの文明は、もう自分で自分の問題を解決できない。だから、あなたたちに介入してもらう必要がある。この、地球の破滅を決定づける絶望的な言葉が、文化大革命の受難者から発せられるところに、冷酷なリアリティがあると思う。

 物語は、文化大革命以後の文潔の体験と、それから40数年後の現在(2010年前後)の物語が並行して進みながら、少しずつ謎解きがされていく。「現在」に生きるナノテク素材の研究者・汪淼は、世界的な科学者が次々に自殺している事実に直面し、その謎を解き明かすべく、人気のオンラインVRゲーム「三体」に挑む。それは、葉文潔のメッセージを受信した、アルファ・ケンタウリにある別の知的生命体の世界そのものだった。その惑星は3つの太陽を持ち、予測不能な昼と夜(恒紀と乱紀)を繰り返す苛酷な世界だった。永遠の春のような地球文明の存在を知った三体人たちは、地球移住を計画する。

 しかし懸念が1つあった。地球文明の技術的発展は早く、加速化している。三体文明の艦隊が地球に到着するのは約450万時間後(約500年後?)。そのとき地球文明は三体文明をはるかに凌駕しているかもしれない。そうさせないためには、地球文明の科学的発展を抑える必要がある。そこで、三体人は、地球文明において、大衆が科学に恐怖と嫌悪を感じたり、非科学的な思想や方法論が科学的思考を圧倒するよう、さまざまな工作を仕掛ける。なお、「科学全般の発展は基礎科学の進歩によってもたらされる」ので、基礎科学の進歩を妨げることが最重要と論じられている。この皮肉…。近年の我が国の基礎科学軽視は、三体人の陰謀なのではないかと思えてくる。

 各国の科学者、軍事関係者たちは、ようやく地球に向けられた三体文明の欲望に気づく。しかし彼我の科学技術力の差は圧倒的だった。「おまえたちは虫けらだ」という三体人からのメッセージに心折れる科学者たち。しかし、粗野な警察官の史強は、人類がいまだイナゴに勝てない事実に目を向けさせる。気概を取り戻した汪淼の「やることがいっぱいある」というつぶやきで本作は幕を閉じる。

 実は、本作は「地球往事」三部作の第一部に過ぎないのだ。第二部以降が早く読みたい! 早く翻訳してほしい!! しかし、やっぱり質の高い日本語で読みたいので、そこは我慢しようと思う。第一部の日本語は、翻訳小説にありがちなぎこちなさが全くなくて大変満足した。私が学生時代に中国近代文学史を習ったときは、文化大革命の悲劇に由来する「傷痕文学」がまだ新しいトレンドだった。本作を「傷痕文学」と見る見方はあるのかな?と思って検索したら、訳者の大森望さんのインタビューが見つかった。

※Real Sound ブックス:大森望が語る、『三体』世界的ヒットの背景と中国(2019/09/29)


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