見もの・読みもの日記

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科学者と軍人/三体0:球状閃電(劉慈欣)

2023-02-24 16:58:12 | 読んだもの(書籍)

〇劉慈欣;大森望、光吉さくら、ワン・チャイ訳『三体0(ゼロ):球状閃電』 早川書房 2022.12

 中国ドラマ『三体』の熱がなかなか冷めないので、昨年12月に刊行された『三体』シリーズの新刊を読んでしまった。原作は『三体』に先行する2004年の刊行。『三体』三部作の前日譚という触れ込みだが、全く別作品と思って読むほうがいいと思う。

 主人公のぼく=陳(チェン)は、14歳の誕生日の夜、壁を通り抜けて室内に入ってきた球状の雷が、一瞬にして両親を白い灰にしてしまうのを目撃する。両親の体は跡形も残らず、公けには失踪として処理された。陳は球電(ball lightning)の謎を解くことを志して大学に進学する。大気電気学担当の張彬(ジャン・ビン)副教授は球電を研究テーマとすることに反対するが、陳は初志を貫く。のちに陳は、張彬がかつて妻の女性研究者とともに球電研究に携わっていたこと、球電に撃たれた妻を失ったことを知る。

 あるとき、陳は泰山の玉皇頂で、球電の目撃者から話を聞くとともに、謎めいた女性・林雲(リン・ユン)に出会う。博士課程を卒業した陳は雷研究所に就職し、国防大学の新概念兵器開発センターに勤務する林雲少佐に再会する。林雲は球電を応用した雷撃兵器を構想していた。数理モデルの解析資源の確保に苦労していた彼らのもとにロシアから「俺のところに来い」というメッセージが届く。シベリアで二人が見たのは、ソビエト時代の球電研究基地の残骸だった。ロシア人ゲーモフは、球電研究が成果を生み出せなかった(発生条件に規則性を見出せなかった)顛末を語る。

 球電研究を忘れようとした陳だが、新しい可能性に気づく。球電はつねに自然界に存在しており、雷によって励起されるという仮説である。仮説に基づき、ついに球電の捕獲に成功した陳と林雲は、天才物理学者の丁儀(ディン・イー)に協力を求め、丁儀は球電の正体がマクロ電子であることを見抜く。マクロ電子には標的を精密に選択し、波動化する特性があった。林雲は対人兵器になるタイプのマクロ電子を収集・貯蔵していった。

 あるとき、国際テロリスト集団が原子力発電所に立てこもる事件が起きた。林雲は迷わず球電兵器によってテロリストを灰にするが、人質の子供たちも犠牲になってしまった。陳は林雲から距離を置き、竜巻研究に没頭し、米国で名誉市民の称号を得るに至る。

 その後、某国との間で戦争が勃発し、近海に侵入をはかる敵空母群を攻撃するために球電兵器が用いられることになった。ICチップを選択的に破壊するマクロ電子がすでに集められていた。しかし敵国は磁場シールドによる防御システムを構築しており、作戦は失敗に終わる。

 球電兵器プロジェクトは縮小を迫られるが、丁儀はマクロ原子核(弦)を発見し、新たな活路を見出す。マクロ原子核どうしを臨界速度で衝突させればマクロ核融合が起きる。マクロ原子核もエネルギー放出対象を選択する特性を持っており、きわめて希少だが集積回路を対象とするものが見られた。

 林雲の期待も空しく、軍の上層部は、最終的にマクロ核融合実験の停止を決定した。しかし林雲は仲間たちとともに実験を強行しようとする。林雲の父親である林将軍は、核融合地点に向けてミサイルの発射を命じた。その結果、半径百キロメートル以内に存在した電子チップは全て灰になり、国土の三分の一は農耕時代に引き戻された。しかし敵国も強力な兵器の存在に驚愕し、戦争は終わった。核融合地点にやってきた林将軍は、娘である林雲の姿を見つけて会話する。話し終えた林雲は量子状態になって消失した。

 登場人物がほぼ全て「科学者」か「軍人」であることは『三体』と共通している。作者から見ると、科学者と軍人は、相容れないようで似たものどうしなのかもしれない。『三体』の汪淼と史強が最終的にベストパートナーになるのに比べると、本作の陳と丁儀は、林雲に憧れながらも彼女の内面に踏み込めずに終わっているのが、歯がゆく、切ない。

 私は根っから文系だが、高校生の頃、量子物理学の面白さにハマった経験がある。丁儀は、球電に触れて量子化した人間や動物の行く末を以下のように解説する。観察者がいない状態では、彼らは一定の確率分布として存在できるが、観察者が現れた瞬間に死んだ状態に収縮する。そう、シュレディンガーの猫なのだ! なお、最後に林雲が生きた姿で出現し得たのは、意識を持つ量子状態の個体は、自分で自分を観察できるからだという。ちょっと苦しい説明かな、と思うが、そこは目をつぶっておきたい。存在の不確定性という点で、量子物理学は詩や哲学に似ている、と思ったむかしを思い出した。


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