見もの・読みもの日記

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菌(微生物)のおかげ/醤油・味噌・酢はすごい(小泉武夫)

2017-01-20 22:54:57 | 読んだもの(書籍)
〇小泉武夫『醤油・味噌・酢はすごい:三大発酵調味料と日本人』(中公新書) 中央公論新社 2016.11

 食文化に関する本は、時々読みたくなる。若い頃は全く興味がなかったジャンルで、あまり知識の蓄積がないので、1冊読むと、新しい知識がたくさん得られる。本書は、日本人の食文化の基層とつながりが深い「醤油」「味噌」「酢」の三つの調味料について述べる。便宜上、三つの章に分けているが、醸造学的あるいは発酵学的視野から見ると、三者は互いに関連が深い。共通するのは「麹菌」である。気候風土が適しているため、日本には麹菌が、地球上で最も旺盛かつ強健に分布棲息している。麹菌は日本の「国菌」であると語られているが、そんな呼び方があるのか。

 本書の記述は文理融合的で面白かった。第1章は「醤油」で、まずその歴史を概観する。「醤」という字は中国由来だが、古来、日本には「比之保(ひしほ)」ということばがあった。おそらく肉や野菜を塩に漬けて保存することが行われており、材料から染み出た水分(浸透圧の原理)が、味のついた液体となることが知られていたのだろう。奈良時代の木簡や文書には、さまざまな「醤」が記されており、大豆や小麦を漬け込んだ「穀醤」は、今日の醤油の原形と見られる。初めて「醤油」の二文字が現れるのは室町時代だが、鎌倉・室町の醤油はトロリとした「溜(たまり)」状であり、江戸初期から今日の醤油の造り方が行われるようになった。

 歴史の次に「醤油ができるまで」の理科学的な解説がある。醤油とは、大豆と小麦でつくった麹と食塩水を原料にして発酵させ、それを搾って熟成させたもの、という基本的な工程さえ、私は知らなかったので、どんな発酵微生物(麹菌、醤油酵母、醤油乳酸菌)がどのように働くかなど、非常に興味深かった。

 次に「味噌」。これもはじめは歴史で、『三代実録』に初めて「味噌」の文字が登場し(早い!)『宇津保物語』に「みそ」が登場するとか、平城京で「未噌」が売られていたことが正倉院文書から分かるとか、『和泉式部続集』の詞書に「みそを人かりやるとて」とあるとか、豊富な実例が引かれている。戦国武将たちは、豊富な蛋白質を含み、兵糧となる味噌の生産を奨励した。朝鮮出兵の際、伊達政宗が持ち込んだ仙台味噌の品質が優秀で名を上げたという話は初めて知った。江戸時代になると、その土地土地で愛される御当地味噌が発展していく。

 味噌は色(赤・白)や味(甘・辛)によって、材料の配合や発酵微生物の種類にバリエーションがある。主たる材料は大豆で、米と米麹を使うのが「米味噌」、麦と麦麹を使うのは「麦味噌」だが、東海地方には大豆のみでつくる「豆味噌」がある(八丁味噌はその一例)。これは日本古来の味噌ではなく、朝鮮半島から高麗人によってもたらされたと考えられている。たぶん人間は食いしん坊だから、食文化は自然と混淆するんだなあ。

 最後に「酢」。そういえば『万葉集』に「醤酢(ひしほす)」を詠んだ歌があった。酢といえば寿司だが、平安時代の『和名類聚抄』には「鮨」、『延喜式』には「鮓」の表記がある。「酢」は発酵した「熟酢(なれずし)」と見られるが、「鮨」の解釈は一定しない。寿司好きの日本人は、早く食べられる寿司を求めて、なれずし→押しずし→巻きずし、ちらしずしを生み出し、江戸末期に握りずしが普及する。すし種も美味を求めてずいぶん変わってきたことに気づかされた。

 酢はエチルアルコールに酢酸菌が作用したもの。穀物を分解してできた唐、または果実に含まれる唐分に酵母を加えて酒(エチルアルコール)をつくり、「飲ん兵衛な」酢酸菌を作用させて酢を作る。なるほど、酢にもいくつか種類があるが、鹿児島福山町の黒酢は、中国から伝わった古い製造法を用いている。壺酢とも呼ばれ、何万個(!)もの壺が山の斜面に並んでいるという。小さな写真が載っていたが、いつか風景を見に行きたい。

 醤油・味噌・酢、私はいずれも好きだが、ふだんあまり接する機会のない「溜り醤油」や「白味噌」も味わってみたくなった。そして、われわれの豊かな食生活が、菌(微生物)のおかげだということがよく分かった。

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