〇根津美術館 企画展『はじめての古美術鑑賞-写経と墨蹟-』(2025年5月31 日~7月6日)
「はじめての古美術鑑賞」シリーズ。2019年の「絵画のテーマ」以来の開催という認識で合っているだろうか?それにしても「写経と墨蹟」って渋すぎるだろ!と思いながら見に行った。開催趣旨では「確かに、その内容は決して易しくありません」と認めつつ、「一点一点を丁寧にみてゆくと、どこかに『推せる』ポイントが見つかるのではないでしょうか」と述べる。
展示室の前半は写経。冒頭は、我が国最古の大般若経『和銅経』で「写経は1行17文字が基本です」という基本情報から教えてくれる。『和銅経』が標準的な料紙を使用しているのに対して、次の『神亀経(大般若経)』は、通常の3~4紙に相当する「長麻紙」を用いている。へえ~知らなかった。『聖武天皇勅願経(観世音菩薩受記経)』は、官立の写経所でつくられた最古の写経だそうで「ザ★天平写経」というポップなキャプションに笑ってしまった。『和銅経』に比べて「字形がやや縦形」という説明があり、ケースの前を行ったり来たりして確かめた。
平安時代に入ると、美麗な装飾写経が多数つくられた。『飯室切』とキャプションのついた「金光明最勝王経注釈」は、「切」なのにほぼ巻子本。やや癖のある、自分のためだけに書写したような墨書は嵯峨天皇の筆と伝わり、胡粉による白い文字の書入れは空海の筆と伝わる。『無量義経・観普賢経』は、細かい金箔を散らし、濃淡の差のある茶色い料紙を交互につなげる。線の細い優雅な文字は、平安貴族の美意識を感じさせる。
後半は墨蹟。『龍巌徳真墨蹟(偈頌)』の解説だったと思うが、与える相手の道号(名前)を文中に巧みに読み込んでいることが分かった。こういう機智は、和歌や狂歌にも通じるように思う。今回、元時代の墨蹟5件が出ていたが、どれも堂々とした書風で私の好みだった。チラシやポスターに使われていたのは、上述の『龍巌徳真墨蹟』で「至順二年」しか読めなかったのだが、その隣の巨大な二文字が「残更」であることを知った。「独り楼鼓を聴いて残更を数う」の最後の二文字なのだ。草書の名手・一山一寧とか、笹の葉書きの宗峰妙超も悪くないけど、私は元代の墨蹟を推したい。
墨蹟の全文翻刻シートが入口に用意されていたのはありがたかった。参観者は外国の方が多く、特に中国系の家族連れや若者が目立った。中国系の小柄な女子二人組が熱心に墨蹟を見ていて、日本人のおじさんが持っていた翻刻シートを見せてもらっていたのも微笑ましかった。かつて日本人留学僧に墨蹟を与えた中国の高僧も、それを大事に持ち伝えた日本の僧侶たちも、この光景を見たら嬉しいだろうと思った。
展示室2は一転して、ほっと気の抜ける素朴な大津絵。「一転して」と書いたけれど、大津絵には仏教関連の題材も多い。1929年「名残の茶会」で根津嘉一郎が床の間に大津絵「鬼の念仏」を掛けたのは「客の度肝を抜く趣向」(高橋箒庵)と評されたという。
展示室5は「特別仕様の美術品収納箱」。茶碗にはぴったりサイズの収納箱が作られている。書画軸の収納箱は蒔絵仕立てが多い。『矢田地蔵縁起絵巻』の収納箱(江戸~明治時代)は、蓋を真上から見ると、尖った花弁の先がちょこちょこと顔を出しているだけで、何の模様かよく分からないのだが、横から見ると、それが蓮花の一部であることが分かる。凝った趣向でとてもよい。『崔子玉座右銘断簡』の収納箱(明治時代)は、国宝『宝相華迦陵頻伽蒔絵冊子箱』の意匠をもとに作られている。中国・明代の旧収納箱も並んでいて、螺鈿細工が愛らしかった。
展示室6は「風待月の茶会」。素材を生かしたシンプルな道具、東南アジアや朝鮮半島など、海外由来の道具が多かったように思う。『古染付葡萄絵水指』(景徳鎮)は、何度見ても好き。