見もの・読みもの日記

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愛をめぐる闘争/漱石:母に愛されなかった子(三浦雄士)

2008-07-26 23:23:53 | 読んだもの(書籍)
○三浦雄士『漱石:母に愛されなかった子』(岩波新書) 岩波書店 2008.4

 漱石は「母に愛されなかった子」だった。むろん、真実、そうだったかどうかは分からない。ただ、少なくとも漱石はそう思っていた。母の愛を疑っていた。そのことをテーマに、生涯、作品を書き続けた。

 『坊っちゃん』の主人公は、母親に「おまえのようなものの顔は見たくない」と言われて、じゃあ、消えてやるよとばかりに、親類の家に泊りに行く。その間に、母親は死んでしまう。この「じゃあ、消えてやるよ」という「構え」は、漱石の小説の主人公たちに、ずっと共通するものだ。相手の立場に回り込んで「自分は愛されていない、必要とされていない」と憶断し(相手の愛を否定し)、「じゃあ、消えてやるよ」と宣告する。愛の対象は、母親から恋人や妻に移っているけれど、「心の構え」は同じことである。

 「じゃあ、消えてやるよ」というのは、捨てられる前に、こっちが相手を捨ててやろうとすることだ。だから、一見、受動的に見えて、実は能動的、むしろ攻撃的でさえある。それゆえ、小説の主人公たちは、時には手ひどい報復を(彼を愛する女性たちから、あるいは社会から)受ける。『三四郎』しかり、『それから』『門』しかり。初期三部作の主題は、愛されていること(あるいは愛していること)に気づかない罪だといえる。

 ああ、この表現はとても分かりやすいな。私が高校の授業で漱石を習ったときは、近代人の「自我」とか「エゴイズム」とか、教養主義的な(つまり辛気臭い)言葉で説明されたように記憶するのだが、これだけ時代を超えて読み継がれる国民的大作家のテーマが「愛」以外であるわけがない。

 漱石は、この自分自身の「心の癖」と、それが周囲の人々に及ぼす影響を、冷徹に観察し、分析し、描き続けた。本書は、漱石の作品を、1作1作、年代順に追いながら、「母に愛されなかった子」あるいは、愛をめぐる闘争のテーマが、どのように深化していったかを検証していく。漱石がすごいのは、(完全な)失敗作というのがなくて、着実に「階段を上がるように」小説の水準が上がっていくことだ。最後の『明暗』では、モーツァルトやヴェルディ後期の三重唱、四重唱に匹敵する会話劇を創り上げている。

 ただ、漱石の小説があまりに面白すぎるので、本書を読んでも、小説の梗概ばかりが印象鮮烈に残って、筆者の論旨はあまり明確に残らなかったのである。漱石を論ずる難しさを感じてしまった。

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