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虚々実々/御書物同心日記(出久根達郎)

2008-07-27 23:59:01 | 読んだもの(書籍)
○出久根達郎『御書物同心日記』(講談社文庫) 講談社 2002.12

 最近、藤實久美子さんの『江戸の武家名鑑』を読んで、『御書物方日記』の存在を知った。いや、国立公文書館の展示会などで見ていると思うのだが、きちんと認識したのは初めてである。徳川将軍家の蔵書・紅葉山文庫の管理責任者・書物奉行(複数名おかれた)の業務引継ぎ日誌である。宝永3年(1706)から安政4年(1857)まで、150年にわたっているというから、すごい。

 『御書物方日記』のことを、いろいろ調べているうち、検索に引っかかってきたのが本書である。こんな時代小説が書かれているとは(しかも文庫化・シリーズ化しているとは)寡聞にして全く知らなかった。主人公・東雲丈太郎は御家人の三男坊だったが、大の本好き。そこを見込まれて、書物方同心・東雲栄蔵の養子となり、養父の跡目を継いで、紅葉山の御書物会所に出仕することになった。爾後、丈太郎のまわりで起こる、書物と御文庫、同心仲間をめぐる怪事件(?)の数々を、短編仕立てであらわした作品である。

 怪事件といっても、巷間に流れ出た稀覯本の写本とか、重複本の払い下げにからむ古本屋の談合とか、読書人に本の暗誦を所望する謎の宿主とか、いたって平和な内容である。悪人らしい悪人が登場するわけでもなく、丈太郎が快刀乱麻に謎を解決するわけでもない。ただ、ぼんやりと平凡な日常が過ぎていくだけなのだが、本好きの機微を知る読者なら、ああ、こういうこと、時代が違ってもあるよな、と微笑みたくなるようなエピソードばかりである。

 さらに、江戸の書物事情に興味のある読者なら、作者の描き出す、見てきたような「御文庫」の有り様に、わくわくと胸を躍らすことだろう(私だけか?)。御書物会所には21人の同心がいて、10人/11人が1日交替で出勤していたとか、書庫に入るには名札を預けて書物奉行から鍵を借りたとか(このとき、鍵に付いたこよりを開いて割印を押し、帳簿に署名をするなど、実に手続きが細かい!)、蔵の前には2人の番人がいたとか、宿直室は5つあったとか、出勤すると仕事用の袴に着替えたとか(本を扱うと汚れるから)、そんなディティールに私はいちいち唸ってしまった。

 けれど巻末の附記を読んで、あっと思った。作品中には「紅葉山御文庫」なる蔵印のことを書いたけれど、実際には文庫所蔵の本には印が押されていない。「従って蔵書印は、筆者の創作である」とのこと。ええ~!そんな重要な「フィクション」に気づかず読み飛ばしてしまったのは、恥ずかしい限りであるが、Wikipediaを見たら「『紅葉山文庫』の名称は明治時代以降に用いられたもので(現存する蔵書印も明治以降に押印されたもの)」とある。うーむ、見たいな(私、見てるかな?)明治以降の「紅葉山文庫」蔵書印。

 もちろん、これは小説なのだから、フィクションを混じえても非難には当たらない。しかし、そうなると、私が妙に感心して受け取っていた御文庫の描写も、どこまで「真実」か疑わしいことになる。御文庫の曝書(御風干)の雑作業に携わった「黒鍬の者」というのも、ちょっと調べてみたら「黒鍬(くろくわ)」ってアヤシイ集団で、ほんとなのかなあ、と少し用心する気持ちになった。小説は小説として楽しみながら、同時に史実とフィクションを混同しない、疑り深さも大切だと思う。

 なお、本書の時代設定は、吉宗の治世を「むかし」と呼んでいることから、宝暦年間くらいかな?と思ったが、もう少し下るようだ。江戸随一の古本屋の老舗は、寛永10年(1633)から「実に二百年余の営業を続けている」とあるから、天保年間(1830~1844)くらいだろう。

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