見もの・読みもの日記

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民俗学は今も可能か/21世紀の民俗学(畑中章宏)

2017-08-07 21:16:36 | 読んだもの(書籍)
〇畑中章宏『21世紀の民俗学』 KADOKAWA 2017.7

 21世紀に起きた(起きている)事象について、民俗学の切り口から語ったもの。著者の名前には、どこかで見覚えがあったが、思い出せないまま、読み終えた。雑誌(というかウェブマガジン?)「WIRED.jp」に連載されていた原稿だというのは、読みながら知った。本書の直前に読んだ諸星大二郎『暗黒神話』の感想を書こうと思って自分のブログを開いたら、『諸星大二郎「暗黒神話」と古代史の旅』(平凡社 太陽の地図帖、2014)に著者の畑中章宏氏の名前を見つけた。そうか、この本で出会っていたのか、と思わぬ偶然に少し驚いた。

 私は、昔から民俗学という学問が好きだった。柳田国男や折口信夫はもちろん、1980年代には、宮田登とか赤坂憲雄とか小松和彦とか、歴史的・伝統的な事柄だけでなく、同時代の社会現象を民俗学的な手法でとらえなおす試みに強い共感を持っていた。著者の言葉を借りれば、私はこんなふうに感じていたのだ。「全く新しいと思われていることが古いものに依存していたり、古くさいと思われていたことが新しい流行のなかに見つかる。民俗学の方法を用いることで、時代に左右されない本質を探すことができる」と。

 著者は序文で「感情」の重視を言い、東日本大震災について語り始める。震災後、社会学者や土木工学者による分析を目にするたび、数字が伝える情報は貴重だけれども、「感情に踏み込んだ論評があまりにも少なすぎると感じた」という。これも分かる。私は、80年代にどっぷり民俗学に浸かって以降、20年ぐらい民俗学から離れていた。ところが、東日本大震災後にさまざまな震災本を読んだ中で、いちばん腑に落ちたのは赤坂憲雄さんの『ゴジラとナウシカ』だった。事実や現実だけが「リアル」ではないということを、あの大災害は、思い出させてくれたような気がする。 

 とはいえ、本書は、はじめから終わりまで、そのような鎮魂ムードが前面に出ているわけではない。21世紀の日常生活の中心と周縁から、さまざまな事象が取り上げられる。たとえば、自撮り棒、アニメ聖地巡礼、ホメオパシー、宇宙葬、無音盆踊り、ポケモンGOなど。自撮り棒に「幻のもうひとり」の存在を見出して、ザシキワラシにつなげたり、「一つ目一本足」の妖怪を思い出すのは秀逸。宗教施設の本質を見失ったアニメファンの聖地巡礼を嘆くのは、意外とおじさん発想だった。第二のアメリカ国歌といわれるポール・サイモンの「アメリカのうた」を考え、奈良の「きな粉雑煮」を語り、踏車(ふみぐるま)やテグスなどのテクノロジーがもたらした生活の変化に思いを馳せたりする。

 繰り返し、立ち返るのは「死者」の問題である。マンションなどの、いわゆる事故物件に関連して、むかし隅田川河畔(日本橋中洲)に住んでいたことを振り返り、墨田川は、関東大震災、東京大空襲、それ以前の江戸時代の大火や地震で多くの人々が身を投じた、由緒正しい「事故物件」であると述べる。死者の記憶を持たない土地など、ほとんどないのである。死者の政治参加のため「河童に選挙権を!」という主張は、どこかで聞いた覚えがあったが、20世紀のはじめに柳田国男が同様の主張をしていたとは知らなかった。

 最終章の「大震災の『失せ物』」は少し特異な文章で、ああ、これは書き下ろし原稿だなと読みながら考えていた。ひとことで言えば、21世紀の民俗学は可能か、どのようにして可能か、という問題を、民俗学の歴史を遡りながら考えている。1987年、アエラムックの1冊として『民俗学が分かる。』が刊行された。私は読んでいないが、同書の巻頭に「民俗学への誘い」を書いたという宮田登さんの名前はよく記憶している。80年代に私はその著作を貪るように読んだ。一度だけ、西武池袋のコミュニティカレッジで、直にお話を聞く機会もあった。でも宮田先生は63歳で(若い!)急逝してしまった。著者の「わたしにとって宮田は、柳田以降、最も民俗学者らしい民俗学者で」あったという回想にしみじみ共感した。

 それから、渋沢敬三、宮本常一、赤松啓介、南方熊楠などに加え、「考現学」の今和次郎、「風俗学」「生活学」の多田道太郎、「社会学」の見田宗介、「歴史学」の色川大吉などの業績が丁寧に語られている。でも、やっぱり始原の柳田に尽きる。「歴史の過程」を明らかにするのが民俗学の本意であるとか、「歴史は他人の家の事蹟を説くものだ、という考えを止めなければならない」(当事者意識の重要性)などの柳田の言葉は、今も私たちに強く呼びかけている。

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