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見もの・読みもの日記

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天才は天才を知る/先哲の学問(内藤湖南)

2012-09-10 23:39:30 | 読んだもの(書籍)
○内藤湖南『先哲の学問』(ちくま学芸文庫) 筑摩書房 2012.8

 私は内藤湖南先生(1866-1934)のファンである。と言っても、湖南先生の著書をきちんと読んだことはなくて、帝大卒の学歴がないのに京都帝国大学の教授になったとか、途方もない書痴(本好き)だったとか、「応仁の乱以後の歴史を知っておったらそれでたくさんです」みたいな名言から、勝手に敬意を抱いているファンに過ぎない。それと本書の表紙に使われている、いたずらっぽい笑顔の写真が大好きで、表紙がこの写真でなかったら、手に取らなかったんじゃないかと思う。

 本書は、著者が壮年から晩年にかけて、大学外でおこなった講演10編を集めたもの。付録1編を除き、「先哲」すなわち江戸時代の傑出した儒学者を論じた講演、という統一テーマで編纂されているが、講演自体は、ばらばらな場所と機会におこなわれたものだ。「ただいま御紹介をいただいた内藤でございます」みたいな挨拶がそのまま収められていて、臨場感に富んでいるのが面白い。登場するのは、以下の人々。

・山崎闇斎(1619-1682)
・新井白石(1657-1725)
・富永仲基(1715-1746)
・慈雲尊者(1718-1805)
・中井履軒(1732-1817)
・市橋長昭(1773-1814)
・山片蟠桃(1748-1821)
・山梨稲川(1771-1826)×2編
・[付録]解脱上人貞慶(1155-1213)と信西入道(1106-1160)の一家

 まあ実に「じじむさい」面々だと思う。このうち、全く聞き覚えがないと思ったのは、中井履軒と山梨稲川。富永仲基と慈雲尊者は、聞いたことがあるように思ったけど、自信はない。大阪ゆかりの学者が多いので、関東人になじみが薄いことは許されたし。市橋下総守(長昭)は、あ、国立公文書館の貴重書展で見た名前だ、と思い当たった。著者も「蔵書家」としての市橋の功績を讃えており、内閣文庫で市橋の手沢本を見て注意を向け始めたこと、宮内省の図書寮や博物館等の漢籍調査をおこなった際、しばしば市橋の献本に出会ったことなどを語っている。

 冒頭に語られている山崎闇斎という学者に、私はあまり魅力を感じたことがないのだが、本書の紹介は面白かった。闇斎は、経学に関し朱子の下した解釈は「ちょっと動かすことのできないもの」だと考え、「朱子の原本と少しでも違ったものはいけない」と考えたという。これは、形式だけ見ると、ガチガチの権威主義に思われるが、著者の言葉に従って、朱子の頭脳の卓越ぶりを受け入れ、朱子に敬服した闇斎の偉さを受け入れてみると、なんだか微笑ましいエピソードに見えてくるのが不思議だ。この夏、朱子ゆかりの白鹿洞書院を訪ねる中国旅行をしてきたこともあって、山崎闇斎、面白いかも、と思うことができた。忘れていたが、渋川春海の師匠でもある(小説『天地明察』にも登場)。闇斎は、天文暦学に関しては、弟子の春海に非常に感心し、春海の説をそのまま書いているという。天才に素直に反応してしまうのも、ある意味、天才の素質だと思う。

 白石については、正徳元年、朝鮮通信使接待を申しつけられた際のエピソードに絞って語られている。先だって、やはりこの一件をもとにした音楽公演を聞いたばかりなので、興味深かった。朝鮮の外交に対する微妙な「あてこすり」発言とか。支那(中国)-朝鮮-日本の三者関係って、この頃からあんまり変わらないのね~とか(詳細は本書で)。「当時の白石のやり口はキビキビしていて、人の批評など構わずやるのは、晁錯(前漢の政治家)・信西にも似て見えたであろう」という人物評も面白くて、もやもやしていた信西のイメージが「白石と同タイプ」と言われて、急にはっきり描けるようになった。

 「付録」の章に論じられている解脱上人貞慶は、この春、奈良博の展示でじっくり学んだばかりの人物である。ここでも祖父の信西入道と、その同時代人である宇治左大臣頼長の関係、および両者の人物評が、非常に面白い。平安朝の末年、世の中がダレ切っていたのを、よくも悪くも新しい時勢に一変したのは、この二人が招いたものと評している。著者から見た信西入道は、大天才で、ハイカラで、さらに「エロ的なところにたいへん興味を持っておった」ともいう(言いまわしに時代を感じるけど今様のことですw)。

 というわけで、中国旅行やら、今年の大河ドラマやら、むかし見た展示会、たまたま行ったばかりの音楽公演など、いろいろな情報が、本書をめぐって、思わぬ連携を結び始めたのが面白かった。伊藤仁斎、東涯、荻生徂徠、契沖、真淵、宣長なども随時登場する。そして、千古の歳月を隔てて、学者が学者を評価するのはどういう場合か、ということを、あらためて教えてくれる本でもある。
コメント
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