○川崎市民ミュージアム『名取洋之助と日本工房〔1931-45〕-報道写真とグラフィック・デザインの青春時代-』
http://home.catv.ne.jp/hh/kcm/
恥ずかしながら、名取洋之助も雑誌「NIPPON」も知らなかった。ただ、1930年代の日本の商業美術に、惹かれるものを感じていたので、軽い気持ちで、この展覧会に出かけた。
行ってよかった。名取洋之助(1910-1962)は、戦前戦後の日本を代表する写真家である。西欧流の「報道写真」および「編集」を定着させようと奮闘し、組写真などを多用することにより、写真でメッセージを伝達するという方向に注力した。この展覧会は、第二次大戦前、画期的なデザインと内容で高く評価されたグラフ雑誌「NIPPON」を軸に、名取洋之助と日本工房の全貌を紹介したものである。
会場には、さまざまな図書館や資料室から集めてきた雑誌「NIPPON」全点(1~36号+特別号)が、各号の見どころ紹介とともに展示されている。たかがグラフ雑誌に、そこまでするか!?という破格の扱いであるが、そもそも製作者の意気込みも破格だった。採算を度外視し、何度でもやり直しを辞さないデザインへのこだわり、華麗な印刷、高級紙の使用。当時は、「1号発行するごとに、家1軒分なくなった」とまで言われたそうだ。
しかし、何よりも、使われている写真がすごい。被写体は、子どもの運動会であったり、漁をする人々だったり、日本の大学生、中国の農民、アメリカの労働者であったりするのだが、どの写真にも、問答無用の魅力(チャーム)が輝いている。これは一体、何なんだろう? 被写体それ自体が輝いているのか、写真の撮り方が上手いのか、それとも、そこに施された「編集」の腕なのか? たぶん、我々が自分の目で同じ風景を見ても、写真のような輝きを発見することは出来ないだろう、と私は思う。
我々は、写真は「真実」を写すと素朴に信じているので、少しでも「真実」と異なる写真には、「捏造」という非難を浴びせたがる。しかし、名取と日本工房が追究した「芸術的報道写真」という仕事を見ていると、「真実/捏造」という二分法が、全く無意味であることを感じた。テッサ・モーリス-スズキさんの『過去は死なない』(岩波書店 2004)を思い出していた。
雑誌「NIPPON」は、外国向けの文化宣伝を目的とし、外務省の外郭団体から資金援助を受けて作られた。名取の志は高かったが、戦前の日本は泥沼の戦争に突き進んでいく。そして、帝国日本は破れ、雑誌「NIPPON」の仕事は、時代を超えて、今も我々を魅了する。いろいろ、考えることが多い。以下(↓)も一読をお薦め。
■閑古堂:名取洋之助と「岩波写真文庫」
http://www.kankodou.com/COLUM/natori.html
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恥ずかしながら、名取洋之助も雑誌「NIPPON」も知らなかった。ただ、1930年代の日本の商業美術に、惹かれるものを感じていたので、軽い気持ちで、この展覧会に出かけた。
行ってよかった。名取洋之助(1910-1962)は、戦前戦後の日本を代表する写真家である。西欧流の「報道写真」および「編集」を定着させようと奮闘し、組写真などを多用することにより、写真でメッセージを伝達するという方向に注力した。この展覧会は、第二次大戦前、画期的なデザインと内容で高く評価されたグラフ雑誌「NIPPON」を軸に、名取洋之助と日本工房の全貌を紹介したものである。
会場には、さまざまな図書館や資料室から集めてきた雑誌「NIPPON」全点(1~36号+特別号)が、各号の見どころ紹介とともに展示されている。たかがグラフ雑誌に、そこまでするか!?という破格の扱いであるが、そもそも製作者の意気込みも破格だった。採算を度外視し、何度でもやり直しを辞さないデザインへのこだわり、華麗な印刷、高級紙の使用。当時は、「1号発行するごとに、家1軒分なくなった」とまで言われたそうだ。
しかし、何よりも、使われている写真がすごい。被写体は、子どもの運動会であったり、漁をする人々だったり、日本の大学生、中国の農民、アメリカの労働者であったりするのだが、どの写真にも、問答無用の魅力(チャーム)が輝いている。これは一体、何なんだろう? 被写体それ自体が輝いているのか、写真の撮り方が上手いのか、それとも、そこに施された「編集」の腕なのか? たぶん、我々が自分の目で同じ風景を見ても、写真のような輝きを発見することは出来ないだろう、と私は思う。
我々は、写真は「真実」を写すと素朴に信じているので、少しでも「真実」と異なる写真には、「捏造」という非難を浴びせたがる。しかし、名取と日本工房が追究した「芸術的報道写真」という仕事を見ていると、「真実/捏造」という二分法が、全く無意味であることを感じた。テッサ・モーリス-スズキさんの『過去は死なない』(岩波書店 2004)を思い出していた。
雑誌「NIPPON」は、外国向けの文化宣伝を目的とし、外務省の外郭団体から資金援助を受けて作られた。名取の志は高かったが、戦前の日本は泥沼の戦争に突き進んでいく。そして、帝国日本は破れ、雑誌「NIPPON」の仕事は、時代を超えて、今も我々を魅了する。いろいろ、考えることが多い。以下(↓)も一読をお薦め。
■閑古堂:名取洋之助と「岩波写真文庫」
http://www.kankodou.com/COLUM/natori.html