見もの・読みもの日記

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明治人の見聞/清国文明記(宇野哲人)

2006-08-21 23:15:13 | 読んだもの(書籍)
○宇野哲人『清国文明記』(講談社学術文庫) 講談社 2006.5

 中国哲学の泰斗である著者(1875-1974)が、明治39年(1906)から41年までの2年間、北京に留学していたときの記録である。留学中に郷里熊本の両親に書き送った手紙をもとに(熊本日日新聞にも連載)、数編の論文を加えている。

 留学先は北京だが、旅行好きの著者は、山東、洛陽、西安、長沙、武漢、南京、鎮江、蘇州、杭州と、実に広範囲を見聞している。くだけた口語と格調高い文語の混ざった文体が楽しい。

 内容は、歴史文物の紹介がほとんどで、方角や路程を丹念に書きとめ、目についた石碑の銘文を写すなど、おおよそ客観的な描写に徹してる。しかし、さすがに万里の長城では、興奮のあまり、ウィスキーの杯を挙げ、君が代を合唱すること2回、天皇陛下万歳を連呼すること3回、というのは、帝国大学助教授らしからぬ稚気があふれていて、可愛い。と思えば、曲阜の孔子廟では、欣喜雀躍、エルサレムを望見した十字軍の兵士に自らを喩える。まあ、明治の漢学者にとってはそういうものかも知れない。

 白眉と思ったのは、洛陽から長安へ向かう途次の困難。陝州を発したところで大雨に遭い、同行の桑原君(桑原隲蔵)は熱を出し、車を引いていた3匹の馬は、疲労で動かなくなってしまう。たまたま同方向に向かう馬車があり、渋る相手を強いて、自分の車も引いてもらう。しばらく行くと驢馬に引かせた車に遭い、これにも駕して、都合5匹に車を引かせて進む。

 このあとも、いろいろとあるのだが、淡々とした漢文体のウラには、たぶん、煮ても焼いても食えないような農民とのやりとりがあったことだろう、と憶測すると、興味が尽きない。

 巻末に付けられた中国の国民思想に関する論考は、平易な書きぶりであるが、要点をついている。中国は民主的であり、自治の精神に富み、平和的(つねに文弱)である、など。あと、中国文明は同化力が強いので、「中国に行っていた者は、知らず識らずの間に中国化している」というのは笑った。そうかもしれない。
コメント
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