前々回からの続きです。3回シリーズのこれが最終段です。
(これが本年最後の投稿になりますが、今年も読者の皆様から元気をもらったおかげでどうにか続けることができました。ありがとうございました。どうか良いお年を迎えられますように~。)
したがって、最初からこの種の製品に対してはある程度疑惑の眼を向けていて、果たして手を抜いているのか、いないのか漠然とながらも常に判断するのがクセになっている。もちろん、その製品の値段と見合った範囲内での話だし、自分の耳にそれほど自信を持っているわけでもないが。
こういうクセがついたのも、けっして責めを負わせるわけではないがオーディオ仲間のN・Mさんの影響も否定できない。
N・Mさんは、現在は引退されているが若い頃は実際に首都圏のオーディオメーカーに勤めておられた方で、どちらかといえばオーディオよりも音楽を優先される方。
メーカーに勤務されている時代、周囲で大学の電気系を出たてのホヤホヤの技術者や、何ら音楽への興味を持っていない技術者の連中たちが企画設計の段階からアンプづくりに携わり、コストダウンと物理特性だけをたよりに「音楽性に欠けた」製品を次々に量産化していくのをずっと目(ま)の当りにしてこられ、「メーカー製品は当てにならない」というのが持論である。
まあそういうわけで、裏事情にも詳しいN・Mさんからオーディオ評論家たちも含めてメーカーの実状を散々聞かされたこともあるし、実体験上でもメーカー既成のネットワークの悪さ加減を認識していたので「一事が万事」というわけでもないが、どんな有名ブランドであろうと「技術力、恐るるに足らず」という気持ちが植えつけられたことは否定できない。
たしかに、N・Mさんがご指摘のとおり音楽を愛好している人が自ら設計して作った製品は音質に独特の光芒を放っているようで、たとえばマランツの往年の名真空管プリアンプ「マランツ♯7」などはその筆頭だし、スピーカーではたしかJ・B・ランシングの初期の製品もそうだった。
そもそも「音」は「空気の振動」として伝わり、耳はそれを受け止める臓器にすぎず、実際に「聞こえる」と感じているのは脳である。もっといえば、もともとこの世には「音」なんてものは存在しておらず、各自の脳が勝手に「音」としてイメージしているだけである。
したがって、オーディオ機器の表現力には製作者の「脳のイメージ=美的感受性」がストレートに反映されているといっていい。
真剣にいい製品を手に入れようと思うのならどこの誰が作ったかわからないような「既製品」を購入するよりも、そういう技術者を発見、発掘して、そのうえで頭を下げて作ってもらうのが一番近道で確実な方法であることがこれでお分かりだろう。
しかし、よくよく考えてみると、「音楽愛好家」=「オーディオマニア」の図式でさえ難しいのに「音楽愛好家」=「オーディオマニア」=「高度な電気技術者」の連立方程式の成立なんて現実にはとても至難の業ではなかろうか。
高名な音楽評論家の吉田秀和さんのオーディオ装置を、どなたかのブログで拝見したことがあるが実に”こじんまり”としたシステム(たしかスピーカーはエラックだったと記憶している。エラックといえばずっと昔、愛用していたカートリッジのSTS-455Eを思い出す)だった。
もちろん、音楽評論の真髄を極めた方だからそれなりに深いお考えのもとに選択されたのだろうが、明らかに巷のオーディオマニアの範疇には入らないタイプである。
もともと人間の脳なんて「音楽=右脳の活用」、「物理学(電気技術)=左脳の活用」なんだから、お互いにまったく畑違いの分野であり、これは、もう”いい、悪い”を超越して生理学的な問題であることはたしかである。
とするなら、もはや機器のほうは「ある程度の段階」で諦めて、沢山「いい音楽」を聴いて個人としての美的感受性を磨き、音楽的なイマジネーション力を向上させる方が「正道」だという考え方も当然成り立つわけである。
作家の五味康祐さん(故人)がオーディオ関係の著作を通じて、しきりにこの辺を力説されていたのを、今となってはっきり思い出す。
ただし、機器を「ある程度の段階」で諦めるという話だが、実際にはこの「ある程度」という段階の具体的な見極めが実に難しい。どこでどういう区切りを付けるのか、マニアがいつも悩んでいるのもこの点にある。
自分もけっして例外ではない。これまでオーディオ機器を入れ替えるたびに「まあ、この辺ぐらいで止めとくかな~」と何度口(くち)ずさんだことだろう!財力とも大いに関係してくるしねえ~。
結局、マニアにとって「音楽」とは日頃使っているオーディオ製品(=製作者)に対する信頼感と愛情を抜きにして語れないわけだが、Mさんが言われるように「メーカーの技術屋さんに一目も二目も措く」のか、N・Mさんのように「メーカー製品は当てにならない」と思って聴くのか、この先入観によって音楽を聴く姿勢が随分と左右されるようである。
果たしてオーディオマニアにとっては、どちらが幸せなのだろうか。
「あなたはメーカー製品を信頼しますか、しませんか?」