「永遠の0」「海賊とよばれた男」など驚異的なベストセラーを連発する作家「百田尚樹」さんの近著「至高の音楽~クラシック永遠の名曲~」を読んでいたら、131頁に「文学は音楽に適わない」の言葉があった。
これが音楽家から発せられた言葉なら「我田引水」なので信用できないが、負の立場にある文学者側の言葉となると大いに信憑性が増してくる。
日頃から暇つぶしに読書と音楽に勤しんでいるが、ややキザなことを言わせてもらうと「文学=多角的なモノの見方を養う」、「音楽=美的感性を磨く」ものだと思っている。したがって、これまでどちらかの優位性なんて意識したことはなかったのでこの言葉はなかなか新鮮に感じた。
ありていに言うと、「文学と音楽とどちらが好きか」と問われたら圧倒的に音楽に軍配を上げるので、思わず共感を覚えてしまったというのが本音。
「苦労して書いた長編小説が俳聖“芭蕉”の一句にとうてい敵わないことがある」と、作家の五味康祐さんがいみじくも書いていたが、それと同じことで、芸術の分野では長ったらしい口上よりもイメージ的かつ感覚的な理解に訴える方がむしろ説得力が増すこともある。
さて、本書を半日かけて読み上げたが、百田さんがこれほどのクラシック通とは思わなかった。常にクラシック音楽を鳴らしながらの執筆だそうで、ちなみに「永遠の0」のラストの執筆中は泣き濡れながら「カヴァレリア・ルスティカーナ」の間奏曲をエンドレスで聴かれていたそうだし、レコード、CD合わせて2万枚の所蔵とは、恐れ入りました!
本書の狙いはクラシックをよく知らない読者とよく知っている読者の双方を満足させたいという狙いで、著者が愛してやまない曲目を一曲づつ8頁前後でもって紹介する形で展開されている。
クラシック通にとっては全25曲の顔ぶれがかなりポピュラーな面に片寄っているのもそのせいだが、折角なので順に挙げてみよう。この中で、一曲でもふと聴いてみようかという気になったら著者の狙いは成功である。ただし、興味のない方もおありでしょうからそういう方は読み飛ばしてください。
☆ ベートーヴェン「エロイカ」~不意に凄まじい感動が舞い降りた~
☆ バッハ「平均律クラヴィーア曲集」~完璧な音楽~
☆ モーツァルト「交響曲第25番」~天才がふと見せた素顔~
☆ ラフマニノフ「ピアノ協奏曲第2番」~当初酷評を受けた、20世紀を代表する名曲~
☆ ショパン「12の練習曲集」~超絶技巧の演奏でなければ真価は味わえない~
☆ ベルリオーズ「幻想交響曲」~失恋の苦しみが生んだ狂気と前衛の曲~
☆ モーツァルト「魔笛」~田舎芝居に附された「天上の音楽」~
☆ ベートーヴェン「第九交響曲」~聴力を失った後の「最後の戦い」~
☆ シューベルト「魔王」~最後にデーモンが顔を出す~
☆ ヴァーグナー「ヴァルキューレ」~新手法「ライトモティーフ」の麻薬的な魅力~
☆ パガニーニ~「24の奇想曲」~はたしてこれは純粋に音楽か?~
☆ ムソルグスキー「展覧会の絵」~第4曲「ピドロ」の謎~
☆ ブルックナー「第8交響曲」~「滑稽な変人」が書いた巨大な交響曲~
☆ チャイコフスキー「白鳥の湖」~チャイコフスキーの魅力が全て含まれている~
☆ ベートーヴェン「第5交響曲」~「文学は音楽に適わない」と思わされる瞬間~
☆ リヒャルト・シュトラウス「英雄の生涯」~英雄とはなんとシュトラウス自身~
☆ ブラームス「第1交響曲」~なぜ完成までに21年もかかったのか~
☆ バッハ「ブランデンブルグ協奏曲」~すべての旋律が主役~
☆ ベ^トーヴェン「悲愴」~悪魔的演奏術をすべてぶち込んで作った傑作~
☆ ラヴェル「夜のガスパール」~昼と夜で聴いたときの感覚が異なる~
☆ シューベルト「死と乙女」~死に魅入られた男~
☆ ロッシーニ「序曲集」~クラシック界の「天才ナンバー1」~
☆ モーツァルト「ピアノ協奏曲第20番」~「職人」が自分のために作った曲~
☆ バッハ「ゴルトベルク変奏曲」~対位法の最高峰~
☆ ベートーヴェン「ヴァイオリン協奏曲」~「闘争」がまったくない幸福感に溢れた曲~
読後に印象に残った点を2点ほど挙げてみると、
1 「決定盤趣味」について
上記のそれぞれの曲目にはベスト盤も紹介されているが、著者は「決定盤趣味=この曲目の演奏の決定盤はこれだ」という決めつけをしないタイプで、CDで発売されるほどの演奏家なら、いずれも優れているはずとの“おおらか派”。芸術はスポーツではない。優劣を競うものではないし、数値化できるものでもないとのこと。
たしかに、「この演奏でなきゃダメだ」という見方もよく分かるが、自ら選択の範囲を狭めているだけなので音楽鑑賞に当たってはいろんな演奏の良い点を汲み取る幅広い包容力も必要だと思う。まったく同感です。
オーディオだって「絶対にこのブランドでなくてはいけない、絶対にこの真空管でなくては」とよく決めつける方がいるが、ま、別のものもそれぞれ何かしらいいところがあるので、柔軟性が一番。
「お前は攻守ところによってカメレオンみたいに変わるなあ!」なんて、言わないでくださいな(笑)。
2 オペラ「魔笛」について
「またお前の好きな魔笛か、いい加減にしろ」と言われそうだが、こと魔笛となると黙っちゃおれない(笑)。本書の関連個所にこうある。(61頁)
「ひどい台本にもかかわらず、モーツァルトの音楽は言葉を失うほどに素晴らしい。魔笛こそ彼の最高傑作という音楽評論家は少なくない。モーツァルトは最晩年になると、音楽がどんどん澄みわたってきて、悲しみを突き抜けたような不思議な音の世界を描くようになるが、魔笛はまさしくそんな音楽である。曲はどこまでも明るく、軽やかで、透明感に満ち、敢えて恥ずかしげもなく言えば、もはや天上の音楽と呼びたくなるほどである。」
モーツァルトの音楽の本質を言葉で表現するのは難しいが、巷間言われているのは「涙が追いつかない悲しさが疾走していく」とある。つまりモーツァルトの音楽から澄み切った悲しさが感じ取れれば合格圏内といっていい。
そこで、百田さんの「最晩年になると音楽がどんどん澄みわたってきて、悲しみを突き抜けたような不思議な音の世界」という表現には心から納得。
さすがに文学者の語彙は豊富で表現力が一枚も二枚も上だ。百田さんは「魔笛」が分かっている!
最後に、執筆中にクラシックを聞き流すという百田さんにならって、このブログを作りながら初めて音楽をかけ流した。なにぶん、まだ寝静まった早朝(4時頃)なので我が家の「猛虎=寅年生まれの雌」を刺激しないようにひっそりと秘めやかな音での話。そして大発見!「AXIOM80」は小さ目の音の方が圧倒的にいい。
「幻想交響曲」(アバド指揮)と「ブルックナーの8番」(チェリビダッケ指揮:リスボンライブ盤)を聴き終ったところで、このブログがあらかた出来上がり。丁度2時間ってとこかな~(笑)。