「音楽&オーディオ」の小部屋

クラシック・オーディオ歴40年以上・・身の回りの出来事を織り交ぜて書き記したブログです。

読書コーナー~読書あれこれ~

2007年11月11日 | 読書コーナー

「黒澤 明~封印された十年~」(2007年8月19日、新潮社刊、西村雄一郎著)

黒澤 明の映画は「羅生門」をはじめ「生きる」「七人の侍」など前半期の作品は随分感銘を受けた記憶があるが、一方で後半期の作品になればなるほど映画そのものに根気がなくなって集中力に欠けている印象があり、世界のクロサワといっても”老いては駄馬かいな”というのが自分の偽らざる感想である。

本書では、その黒澤監督が1965年から75年における10年間、作品系列からいえば「赤ひげ」から「デルス・ウザーラ」にいたる期間を最も辛酸をなめた10年として位置づけ、類をみないほど詳しく検証しているのが特色。この時代は、日本もハリウッドも既存の映画界が音を立てて崩れた時代である。

黒澤明に深く傾倒する著者の個人的な人生航路とも絡めて、いろんな作品の製作の裏話が詳細に語られ、興味深く読ませてもらった。

特に、「トラ・トラ・トラ!」の製作にあたってアメリカ流の合理主義と黒澤流の芸術主義の衝突により20世紀フォックス社から監督を解任されるくだりは黒澤氏を取り巻く複雑な人間模様とあいまってなかなか面白かった。

加えて何といっても本書のハイライトは黒澤監督の1971年の自殺未遂のくだりだろう。監督の兄も若くして自殺しており、監督本人の「わが映画人生の記」にも次の記述がある。

「兄が自殺する数日前、大久保駅で別れるとき、兄は「おい、明」と呼び止めた。明が「何、兄さん」と振り返ると、兄は明の顔をじっと見つめてから、「うん、よし、帰れ」と言った。この瞬間、兄は弟に暇乞いをしていたのだ。」

このシーンを台詞ごとそっくりそのまま取り入れたのが黒澤監督に私淑していた熊井啓監督の名作「忍ぶ川」(キネマ旬報1972年ベスト1)。

この作品の一つのテーマは遺伝という避けがたい結びつきになっており、兄の出奔と弟の別れの場面にこのシーンをそっくり取り入れたわけだが、兄からの暗い血を黒澤監督も受け継いでいたのではというのが熊井監督の一つの見解だった。

「忍ぶ川」完成後の試写会で原作者の三浦哲郎夫妻同席のもと、熊井監督は黒澤監督と椅子を並べて観たが、このシーンが近づくにつれて熊井監督は冷や汗をかき始め、針の筵に座らされているような心地だったが、黒澤監督は映画終了後「おめでとう」と言い、このシーンに関しては一言も触れなかったそうである。

もう一つ。この本はエピソードには事欠かない。
青森のロケ地で、酒癖の悪い三船敏郎が酔った勢いで黒澤批判を展開したところ、新劇出身のまじめな仲代達矢が「あなたをここまでしてくれたのは、黒澤さんじゃないか」と言って手を出し、怒った三船は仕事を放り出して帰京したという。

この本は黒澤明監督ファンには必読の書といってよいだろう。

                            

☆ 「信長は本当に天才だったのか」(2007年8月31日、草思社刊、工藤建策著)

[~戦国史の常識をくつがえす、まったく新しい信長論!~

織田信長は政治・軍事の天才とされているが、本当にそうだったのだろうか。桶狭間の戦いから、姉川の戦い、長篠の戦い、本願寺攻め、そして本能寺の変まで信長の生涯とその天才的といわれる事績を徹底的に検証する。~中略~
戦国史の常識を根本から覆す画期的信長論。
]

以上のコピーに魅かれて、ひととおり読ませてもらった。本書は側面、裏側から見た信長論とでもいうべきか、非情かつ勇猛果敢な信長の最大の弱点が人心の掌握だったこと、それが最後には命取りになったことがよく分かった。

それにしても、本書はあまりにも「信長非天才論」にこだわりすぎのような印象も受けたが、これまでの信長研究の書が押しなべて「信長は天才だからどんなことをしても許される、理解できる」といった論調があまりに多いので一矢報いようということなのだろうか。

むしろ、読者の関心と楽しみは一にかかって信長という人物の実像にどれだけ肉薄しているかということにあると思うのだが、その点においても本書は豊富な資料を十分に研究した跡が伺え満足できるものだった

信長は決して天才という言葉でひとくくりできる人物ではなく、いろんな局面でいろんな違った顔を見せており、それが本当の姿だと納得できた。

成功もあれば失敗もある。桶狭間の戦いでは軍事的な才能を発揮したが、本能寺の変では部下の掌握に失敗した戦国武将の末路であり、それが当時の時代の縮図なのだろう。
                          


  
  



 

 


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