「東大のがん治療医が癌になって」(2007年5月、著者:加藤大基、中川恵一、(株)ロハスメディア刊)
この本は、表題どおり、東大付属病院で放射線治療に従事していたがん専門の治療医(34歳:東大医学部卒)が、突然原発性肺癌を宣告(2006年5月)された後、どうしてがん患者となり、どのような治療を受けたのかその経緯を詳細に追ったものである。
がんという誰もが恐れる病気をがん治療の専門医としての立場とがん患者としての立場との二つの視点から解説した内容が実に新鮮で目新しく医学についてまるっきりの素人にも分かりやすく語られ、興味津々で読み出したらもう止まらず一気に読み上げてしまった。
まず、生死の瀬戸際にあった己を題材にして冷静かつ客観的に分析して表現するのは常人にはなかなか及ばないことでその点で著者に対する畏敬の念を覚えてしまう。
著者(加藤氏)は、普通の健康な青年でタバコは1本も吸わず、家系もそれほどのがん家系ではない。幾多の患者を見てきた中でがんに関する知識も当然豊富であり、まったくがんには無縁の存在だったわけだが、一体なぜ罹患したのか自問自答するところが身につまされる。
思い当たるのは、小学校時の焼却炉でごみを燃やす作業(ダイオキシンの発生)にひんぱんに従事していたことぐらいで、これも決定的な要因とは断定できないが、現在でも私たちが日常的に行っている行動の中にも後の世になってみて改めて発がんなどの危険性が判明する可能性は十分あるとのこと。
「自分だけは大丈夫」と大多数の人が思っているガンは年齢を問わず誰にでも罹る可能性のある病気であり、この本の一節に「本書を読んでいる貴方にもひそかにがんの病変が忍び寄っているかもしれない」というくだりには実感がこもっている。
本書の構成は、
第1章 癌患者になる
第2章 がん治療医として考える
第3章 プロフィール
第4章 加藤君の闘いの意味(中川恵一:東大付属病院放射線科准教授)
第5章 苦難の勤務医生活
第6章 社会に戻って
第4章では、「がんとは」「がんの治療とは」「がんの転移とは」「がんの手術とは」「がんの放射線治療とは」について実際にがん治療に携わる第一線の医師からがんに関する最新の知識・情報が得られる。
第5章では医師としての職業の実態にも触れており、世間で思うほど高給かつ優雅な職業ではなく、額に汗しても報われない過酷な勤務の実態がこと細かく語られ、これから医師を志そうと考える人はよほどの気構えと体力が必要とのこと。
第6章では「運と運命」「死と向き合って」「患者の気持ち」「死を忘れるな」「自殺はもったいない」などの項目と並んで「検診のススメ」があり検診の重要性が語られている。著者の場合前年の胸部エックス線検査では異常が発見されなかったものの、翌年の検査で発見されたこともあり、検診は万能ではないが、是非受診することを勧めている。
エピローグに代えて、本書に対する著者の思いが次のように綴ってあった。
・がん治療に携わる者ががんに罹ったときにどのような対応をして、どのように考えたかを社会に還元したい
・国民の2人に1人は罹る「がん」という病気を、身近な問題として多くの人に考えてもらいたい
・本来身近であるはずの自分の死を意識して生きることの必要性を医者としての経験に基づいて訴えたい
・勤務医の劣悪な労働環境を知ってもらい、患者および患者予備軍であるすべての人に医療問題について真剣に考えてもらいたい
・現在の医学にも限界があり、最善を尽くしてもどうにもならないことが少なからずある、世の中には抗(あがら)いがたい運命のようなものがあることを心得たい
なお、「がん」と「癌」の表現の使い分けでは意味するところが微妙に異なる。前者は悪性疾患一般の総称であり、後者は肺癌、胃癌など上皮性の悪性腫瘍のみに限定して用いられるとのこと。
とにかく、本書は「明日は我が身」の可能性があるがん疾患について改めて身近に向き合う意味で誰もが読んでおきたい本だと思った。
PS
後日(2016.11.2)このブログを読み返しながら、加藤大基氏のその後の経過を知りたいと思い名前をググってみたら、現時点で再発なしにご健在だった。ヨカッタ!