木村みなみ 会員限定記事
北海道新聞2024年5月18日 12:00
貝沢さん(右)の工房で作品に見入るゴールデンカムイのファン。札幌などから頻繁に通う人も多い
4月下旬、アイヌ民族の伝統的なコタン(集落)を再現した日高管内平取町の二風谷コタンは、多くの家族連れらでにぎわっていた。「ゴールデンカムイの影響で若い人が増えたよ」。コタン横に工房を構えるアイヌ工芸家の貝沢徹さん(65)は、確かな「変化」を感じ取っていた。
「タネ オカアン ウㇱケ」はアイヌ語で「いま私たちがいるところ」の意味です(萱野茂二風谷アイヌ資料館の萱野志朗館長、アイヌ語講師の関根健司さん監修)
ゴールデンカムイは、明治末期の北海道を主な舞台に、日露戦争の帰還兵とアイヌ民族の少女が繰り広げる金塊争奪戦を描いた漫画だ。2022年まで8年間「週刊ヤングジャンプ」(集英社)で連載され、映画化もされるなど、若い世代を中心に人気を集める。
作品ではアイヌ文化や史実を正確に描く。公式ファンブックのインタビューや、アイヌ語を監修した中川裕さん著作の「ゴールデンカムイ 絵から学ぶアイヌ文化」(集英社新書)からは、ゴールデンカムイの作者・野田サトルさん=北広島市出身=が作品に込めた強いこだわりが読み取れる。
例えば、アイヌ民族の暮らしの描写。伝統料理「チタタプ」(たたき)は、エゾリスの骨や肉を無駄なく調理する工程を複数ページにわたって紹介する。コタンの場面では、イテセニ(ござ編み機)やストゥ(制裁棒)といった民具を随所に登場させ、解説も添えた。野田さんは現場を何度も訪ね、地元のアイヌ民族や専門家に丁寧に取材し、時代考証を重ねている。
貝沢さんは15年に野田さんから直接打診を受け、作中に登場するマキリ(小刀)を制作した。連載以降、工房には全国からファンが訪れ、今もマキリの注文に制作が追いつかない。「アイヌ文化を親しみやすいタッチで描いてくれ、これまで興味がなかった人に知ってもらう好機になった」
ゴールデンウイーク(GW)に二風谷コタンを訪れた広島県の会社員久保勝礼さん(53)も漫画を読んでアイヌ文化に興味を持った一人だ。「長く地域に根付いた文化なのに全然知らなかった」。8日間の滞在期間中、道内各地のアイヌ民族関連の施設を巡った。
内閣府が20年に全国の18歳以上を対象に行った「アイヌ政策に関する世論調査」によると、「アイヌの人々が独自の伝統的文化を形成してきたことを知っている」と回答した人は83.2%で、18年の前回調査から17.5ポイント増えた。
白老アイヌ協会(胆振管内白老町)の山丸和幸理事長(75)は「アイヌ文化に触れる機会が増えたことが大きく、今はもっと増えているんじゃないか」と評価する。
実際、アイヌ文化を取り入れる企業や団体は増え続けている。JR北海道は「イランカラプテ(こんにちは)」という案内音声を20年から札幌、新千歳空港の両駅発の特急列車と快速エアポートで始め、今年2月にはアイヌ文様をあしらったラッピング車両を日高線に導入した。苫小牧市を拠点とするアイスホッケーアジアリーグのレッドイーグルス北海道は昨季、文様入りの特別ユニホームを公式戦で採用した。
誤った民族文化の発信を防ぐため、19年から独自の認証制度を設けて道内外の民間事業者らのアイヌ文化活用を監修している一般社団法人「阿寒アイヌコンサルン」(釧路市阿寒町)には、活用の相談が相次ぐ。
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