毎日新聞2024/8/4 05:00(最終更新 8/4 05:00) 有料記事 1405文字
近所の道路に、ときどきタマムシの片羽が落ちている。
私は南九州で生まれ育ったが、その当時でもタマムシを見たのは一度だけ。関西では皆無。東京に来てからの方がけっこう見ているのは不思議だ。近くには木々の多い公園や保護樹林などがあるが、ごく普通の住宅街である。ただ、エノキは私の庭を含め、比較的近隣に多い。以前、タマムシの生命活動にエノキが大きく関与しており、タマムシがなかなか見られないのは普段エノキの上空高くを飛んでいるからだというような論文を読んだことがあったが、そうなのかもしれない。よくわからない。タマムシにはメタリックな光沢があり、手のひらに載せて角度をいろいろにしてみると緑色を基調とし虹色めいて光るところがほんとうにうつくしい。流行や時代など無縁のところにある、有無をいわさぬうつくしさだ。玉虫厨子(たまむしのずし)などというものを思いついた古代の人も、そのうつくしさに打たれたのだろう。「いっしょだ」と思うその感覚を手がかり足がかりにして、古代の空気に半身を差し込み、様子を見てもう半身を回り込ませたら、すでにそこは神話の世界だ。
『ツンドラの記憶――エスキモーに伝わる古事(ふること)』(八木清編訳・写真、閑人堂)に収録されている小話はアラスカやグリーンランドに住むイヌイットから採集されている。・・・・・・・・
(サンデー毎日8月11日号掲載)
https://mainichi.jp/sunday/articles/20240729/org/00m/040/006000d