佐藤功の釣ったろ釣られたろ日誌

釣り・釣りの思い出・釣り界のこと・ボヤキ.etc

自費出版した仲間の本 4続き

2011-02-08 12:32:54 | 釣り
今回は少し変わった釣り物です、松林眞弘氏の話

大物釣りのこと

 さて、古書釣りでいう大物とは一体どのような本を指すのでしょうか。「釣り本」専門の古書蒐集マニアにとりましては悩ましい定義です。一般的には発行部数が少ない、発行年月が古い、受賞対象となった本、大作家の特装版などが想起されます。いやいや、これに函付きだ、やれカバーと帯び付きだ、おまけに著者の署名落款入りで更に初版でなければ大物ではありませんといわれる方も居るでしょう。確かにここまで好条件が揃えば文句の付けようがありませ
んが、釣り本に関しては人気作家も芥川賞もベストセラーも無縁の世界ですので、蒐集する釣り人個人の主観で本の価値観が形成されているようです。そして、その条件は流動的で日々変化して、ある日突然積年の探求書の一冊に加わってゆくのです。
五年ほど前、こんな蒐集体験談を読んだことがありました。或る有名な釣り本蒐集家が一冊の文庫本を買うためにわざわざ名古屋から新幹線に乗って大阪の古本屋までやって来たというのです。おまけにこの御仁はホテルで一泊して帰ることもあると公言するのですから恐れ入ります。佐藤垢石著・昭和二十六年に河出書房から発行された「釣随筆」という文庫本が探求書に加わった瞬間でした。 この蒐集体験談は貧乏人の反骨精神を奮い立たせ、この本だけは必ず百円で拾ってみせると誓ったのです。その後、古書店や古書即売会、ネットオークションと散々探しましたが見つかりません。そうこうするうちに熱い気持ちもやがて冷め、二年ほどの月日が経過していました。
 そんな或る日、商用で西宮市内の企業を訪れた時のことでした。往路では仕事のこともあり気が付きませんでしたが、商用が済んで安堵した帰り道、駅前に一軒の古本屋があるのに気づいたのです。折しも夏の全国高校野球大会が開幕した直後のこと、茹だるような暑さもあってこれ幸いにと涼みがてらに入店したのでした。ひんやりとした店内には人影は無く、ゆっくりと古書釣りを楽しめそうです。因縁の文庫本のことなど当の昔に忘れていましたが、あれ以
来、文庫コーナーも入念にチェックする癖が身に付いてしまったようです。この店舗の配置は最奥にレジがあり、そこに店主が陣取っていました。文庫コーナーはそのレジ近くに確認できたのですが、見え見えの涼み客を見透かしてか店主の冷ややかな目線が突き刺さってきます。なかなか近づけないまま、とうとう狭い店舗を一周してレジ前に進み出た時でした。汗を拭おうとハンカチを取り出したその瞬間、脳味噌の神経回路に突然数万ボルトの電流が走り、目の前で何かがフラッシュバックし出したのです。新幹線、蒐集家、文庫本、何・・・ そうや思い出したで! 佐藤垢石の文庫本・釣随筆や! おもわず「よっしゃ~!」と叫んだものですから、店主対愚客で張りつめていたその場の空気は一変して、気が付けば「オッサン、これなんぼやねん?」と言わんばかりの横柄な態度で店主を睨み返していました。
 焦ることはありません。古書の値段というものは、大凡奥付けのあたりか裏表紙に鉛筆書きされているものです。どれどれと頁を捲りますと何とたった百円ではありませんか。「ちょっとオッサン、こんな値段でええんか? 悪いけどもうとくで」と今度は心の中で雄叫びです。
ただ、ここからは心理戦に突入です。針がかりした大物を暴れさせずに浅場へと誘導しなければなりません。百戦錬磨の店主に本の値打ちを悟られないように「なんや、こんな本しか置いてないんかいな」と口惜しそうな顔をして清算しなければならないのです。こうしておけば関連本の高騰を先延ばしにできるのです。決して「この本、何処にもなかったんや、値段も安いわ」などと呟いてはいけません。これは過去の経験則から体得した貧乏釣り師の浅知恵です。
コメント (1)
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