昨日の『毎日』の「発信箱」で中村秀明記者が「土建業の出発点」を書いている。塩野七生さんの「ローマ人の物語」全15巻が完結したようだが、そこに書かれているローマ帝国の経営について、土建事業にエネルギーを傾けたことに感心している。ローマ軍団が駐留した辺境の地がケルンやウイーンなどの大都市に発展したのもローマ人が町の基盤を築いたおかげ、という。で、日本の最古の企業が建設業で金剛組(大阪)と言う。四天王寺や法隆寺の建設を計画した聖徳太子が百済から呼び寄せた宮大工の一人が興したようだ。ふと、日本の古代の壮大な藤原京や平城京は、大土木事業だったわけで、具体的にはどのようにやったのか、興味があるが詳しくは分っていないのではないか、と思った。長安の図面も当然あっただろうし、正確に南北軸を決める測量術はどんなものだったのだろうか。色々想像する楽しみはあるが、これらの実態にどう迫れるだろうか。
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