西村一朗の地域居住談義

住居・住環境の工夫や課題そして興味あることの談義

ヘレン・ケラーからのメッセージー五感の機序ー

2007-06-01 | 2005年4月以降(平女、高槻、学研都市等)
今日、代替セラピー論のオムニバス講義の3回目で、五感のうち、聴覚、視覚の話しをしつつ、「五感の機序」のまとめを話した。この講義は、担当の先生方も自由に参加できるので、緊張した全力投球の講義になる。先生方からも質問が飛んでくることがある。で、今日の話だが、人間にとって聴覚、視覚は五感の上では「高級感覚」とも言え、多田道太郎さんが『自分学』(1979年、朝日出版)でも言われているように、音楽、絵画等の芸術を生み出す感覚だ。他の三覚では音楽、絵画並みの芸術は生まれない。また、視覚は全体の上にあるまとめる感覚であり、「見た瞬間に、形や色だけでなく、そのものが出す音、味、臭い、手触りも了解してしまう」のだ。例えば、梅干を見た瞬間、すっぱいと感じ唾まで出てくるのだ。それを私は「視覚味覚」と呼ぶ。
しかし、視覚、聴覚は「高級」と言っても、やはり触覚がベースと考えるべきだろう。あのヘレン・ケラーは、見えない、聞こえない、喋れないの「三重苦」をアン・サリバン先生と言うまたとない家庭教師を得て、「指言葉」で、サリバン先生の真似をして色々覚え(アルファベット26文字で全ての言葉を構築できるのは英語の有利な点だ)、物には名前があることを「WATER」をスタートとして理解し、口や喉に触ることで発声法を獲得していくという感動的プロセスをたどる。大学にも難関の試験を突破、世界の視覚、聴覚障害者に大きな希望を与えたのだ。最後に私は学生諸姉に言った。「ヘレン・ケラーは三重苦を壮絶に克服した偉い女性だが、君たちは、見えているし聞こえているし喋れている。ヘレンよりずっと恵まれている。そういう五感を大切にし、フルに使って前進して欲しい。そのことが、苦しいときの何物にも変えられない癒しではないか」と。
(写真は、ヘレン・ケラーとアン・サリバン先生)

蕎麦アレルギーと扇田 信先生

2007-06-01 | 奈良の思い出(助教授時代)
最近、朝ドラ「どんど晴れ」で、蕎麦アレルギーの少年・翼君が、付き添いの夏美(主人公)の見ていないところで蕎麦饅頭を食べて「えらいこと」になり、入院騒ぎのになるは、女将修行の夏美は旅館にいたたまれなくなるは、大女将も引退に追い込まれるは、女将も仲居頭に降格になるは、夏美が婚約相手の征樹に婚約解消してくれと言うわ、てんやわんやとなっている。その蕎麦アレルギーの少年を見ていて在りし日の扇田 信先生を思い出した。扇田先生も蕎麦アレルギーだったが、信州の扇田先生の別荘にゼミで伺った時も、皆を信州蕎麦屋に連れて行って、我々に信州蕎麦を振舞ってくれて、先生自身は何食わぬ顔でうどんを食べておられた。折角信州に来たのだから、と自分がアレルギーなのに我々に信州蕎麦を食べさせるという扇田先生独特のもてなし哲学だったと思う。朝ドラでも、どうやら夏美や大女将の誠意が訴訟を起こした翼君のお母さんに届いたようで、良かったかな。