いか@ 武相境斜面寓 『看猫録』

Across a Death Valley with my own Distillted Resentment

小柄でほっそりとして猫背の体。

2007年05月31日 21時46分46秒 | インド・3回目・シンガポール

- - 公式訪問の折、皇居で天皇皇后主催の昼食会が開かれた。かつて神として祭られた天皇と向かい合い語り合ったひとときは私の人生において忘れ難いものである。日本軍が占領した三年半の間、天皇は神であった。私は四十三年から一年間シンガポールの日本軍報道部で働いたが、その間何度となく深々と頭を下げ東京の皇居遥拝をさせられたものだ。いまその人物が私と妻の前にいるのだ。小柄でほっそりとした猫背の体。友好的で丁寧で、低い声でささやくように話す。天皇はまったくいかなる害も及ぼさないような人のようにみえた。我々は儀典官に導かれ天皇皇后と一緒に写真を撮った。そのあと座っていろいろと言葉を交わす中で、天皇は突然、戦争中シンガポール国民の味わった苦難に対して遺憾の意を述べたのであった。私は黙って頷いた。心の準備ができていなかったのだ。沈黙を保つのが一番いいと思った。 - -

『リー・クアンユー回顧録』









追記;
昭南神社は、四十五年八月二十五日、昇神祭を行い、同夜、暁部隊が用意した船で海へ出て、神体の鏡と連隊旗、そして、山下奉文が天皇から受領し、昭南神社に寄贈、神宝とされていた月山定勝銘の刀二振りを海に沈め、社殿は、軍自ら忠霊碑と共に爆破破壊し、わずか二年でその存在が消滅した。
- 「昭和の戦争記念館」、辻子実『侵略神社』から孫引き。 -


リー・クアンユーセンセは御存命である。雑誌TIMEの最新号はSingapore's New Lookと題し、North Carolinaからきた家族5人+犬の写真を表紙に掲載している。記事によると、リークアンユーセンセの年頭の挨拶つまりはシンガポールの国家方針演説では、;

Lee spoke dryly of free-trade agreement and strengthening economic ties with the region. But then he started talking about art exhibitions, jazz bands, museums and alfresco dining.

だそうだ。がんばれシンガポール! 

国家の大局・施政方針で、alfresco dining!

それより、大カジノ構想が実現の途にあるとのこと。

*者の楽園になるだろ。

alfresco dining!


でも、よーく考えよう。
そういえば、昔からやってんだ。
alfresco dining!

恐るべし!シンガポール! リー・クアンユー大宰相!

コメント   トラックバック (1)

去っていった。

2007年05月30日 20時52分32秒 | インド・3回目・シンガポール
- - 四十五年八月十五日、まったく予期せぬ形で日本の天皇の命により日本軍が降伏した。日本人は、我々の支配者や主人の立場から今度は良心的で勤勉な模範的戦争捕虜に変貌した。新たな自分の役割として真面目に街を掃き清め、シンガポールから去っていった。- -

『リー・クアンユー回顧録』


ミリオタパーク・シロソ砦のショップに売っていた、日帝皇軍対英降伏文書のコピー。


律儀に「板垣」の印鑑(はんこ)! 泣けるね!



「新たな自分の役割として真面目に街を掃き清め」
日帝皇軍敗残兵がシンガポールの街を掃除する写真はおいらは未発見。
この写真は日帝皇軍によるシンガポール陥落直後、掃除させられる豪兵。帽子でわかる。そして、それを見つめる「アジア」人。こんな光景は世界史上なかったのだ。
日帝壊滅後、皇軍敗残兵士が掃除したとするなら、敗残兵の役割を、一般的に、よくわかっていたに他ならない。



模型↑  実写↓




東京に去った板垣は、さらにあの世に去って行ったことは言うまでもない。


ちいさく、つぶやいた サヨナラ。こころに届くかしら?




 → 
日本人は、我々の支配者や主人の立場から今度は良心的で勤勉な模範的戦争捕虜に変貌した。



新たな自分の役割として真面目に、マック憲法公布。







コメント

KUMONの広告

2007年05月29日 20時14分54秒 | インド・3回目・シンガポール

KUMONの広告;シンガポールのホテルの電話帳でみつけたもの。

■人の志も頼むべからず。必ず変ず。■
『徒然草』第二百十一段

よろづの事は頼むべからず。
愚かなる人は、深く者を頼む故に、
恨み怒ることあり。

勢いありとて頼むべからず。
こはきもの先ず滅ぶ。

財多しとて頼むべからず。
時のまに失いやすし。

才ありとて頼むべからず。
孔子も時にあはず。

徳ありとて頼むべかrず。
顔回も不幸なりき。

(以下、略)

すごいぞ! 兼好!

で、なぜ突然、徒然草かというと、

この段を、NHKのラジオは、高校講座・国語でやっていたのだ。

この世に至っても、あるいは、こんな世のだからか?、

現世のぬっぽんずん高校生諸君は、

よろづの事は頼むべからず。

とか オベンキョウ なさる。

すごいぞ! ぬっぽん、高校生。

よろづの事は頼むべからず。

これって、旧教育基本法の理念、つまりは、啓蒙された主体的な近代人の理念ではないだろう。

もちろん、啓蒙された主体的な近代人の理念から、徒然草を批判するという教材にもなりうるのだが、ラジオ講座では、そういう雰囲気でもなかった。

すごいぞ! ぬっぽんずん!

よろずの事は頼むべからず!

そうなのさ。ぬほんこくセーフや社会保険庁をすんずた、おまいが、ばかなのさ!

よろずの事は頼むべからず!

▼英語教育拡大反対の理由のひとつに、まずは日本語! 日本語をまずはしっかりやるべしという意見がある。

ある意味まちがい。 なぜなら、ぬんげんの言語行動、つまりは思考そのものは、その媒体、つまりは日本語か英語かで、異なる。端的に言って、ある一人の人が、日本語と英語では語る内容が異なるというのは、おいらはすばすば見ることである。

■別の視点から。 たとえば、選挙なんかで何も変わらないんだよ!という命題はなんら新規性のないもので、『徒然草』のn番煎じに過ぎない!

外山センセなぞ、兼好のエピゴーネンの、お祭りに過ぎない!

日本古来の美意識に沿って、ネタを振ったって、受けるにきまってるじゃないか!

■「まずは日本語! 日本語をまずはしっかりやるべしという意見」のひとは、英語・日本語を越えた「客観的世界」があって、それを表現するのは英語でも日本語でも互換可能的にできると思っているのではないか? まちがい。

日本語人には、日本語的世界が立ち現れるのであり、

英語人には、英語的世界が立ち現れるのである。

本質/言語は、現象する!

たとえば、上記、『徒然草』第二百十一段なぞ、英語になるとは、おいらは、すんずられない。実は、『徒然草』の英語訳はあるのだが、それは『徒然草』ではないのだよ。同様に、日本語に訳された「英語」ならざる「英語」もゴマンとある。

それにしても、『徒然草』第二百十一段を読んで、その腑に落ちること限りなすのおいら。 でも、現世高校生が、、『徒然草』第二百十一段を「理解・納得」してもらっては、これまた、こまるのである。 なぜなら世界は君たちのものだ、それは僕たちのものでもあるが、結局は君たちのものだ。 からである。

おそるべし、日本語教育!

こういう日本語教育が、例えば、次のようなぼやきを産む;

最近よく耳にするのは、われわれ日本人の発言が論理性に乏しいとか、あいまい、不明瞭で、共感を呼ぶには程遠いなどの批判です。この原因は、日本人が論理的思考法を学んでいないからなのです。とくに教育の現場での訓練のなさがその原因の一つに挙げられましょう。 (『新しい英文作成法』 天満美智子)

つまりは、天満美智子センセは、日本のガッコの『徒然草』教育をぼやいているのである。

その言やよし。 さりとて、もしそうであるなら、日本人が論理的思考法を学ぶための「日本語教材」をなんとする? 誰のどの日本語文章を教材にする?



















コメント

人類は存続する価値があるか?

2007年05月28日 20時47分25秒 | その他

おめーさんは、どう思う?

■今夜のおすすめ;

人類絶滅を許容・肯定する議論について。  佐野亘

まず、このweb pageに行って、ページ上の 人間環境論集 をクリックして飛ぶと、表があります。最上段の 5 をクリックしてください。 論文タイトルが列記されています。 人類絶滅を許容・肯定する議論について。右の 本文: CiNii  をクリックしてください。 前文が閲覧できます。

人類を存続させることは、さらにいえば、子孫をつくるということは、事実上、彼ら将来世代が再びナチズムや「ヒロシマ」に匹敵する惨劇に立ち会うこと(あるいはその犠牲者となりこと)を結果的に強いるものである(略)。


人類絶滅を許容・肯定する議論について
Do we have any duty to prevent human extinction?

和文題名と英文タイトルの差を味わってください。

おいらは、human extinctionはともかく、ぬんげんは多すぎだと思います。

「日本の食糧自給率はわずか40%だぞ!」とか虚仮脅す人がいます。
最悪です。食料生産が足りないのではなく、ぬっぽんずん が多すぎるのです。
耕す土地もないくせにやたら子供を産んで、貧乏。近代ぬっぽん。
だから、日帝侵略地にビンボー百姓のすけべ根性をくすぐられて、入植。
その侵略の報復で、ヒロシマ・ナガサキ。
大量死。
多産多死、ぬっぽん。
もう、いいではないか!
静かにこの世から撤退しよう。


■No more extinction, but fade-out.
なんとか還元水さ飲んで、静かにfade-out.

おやすみなさい。







コメント

カラオケは毎日歌え

2007年05月27日 19時56分23秒 | 日本事情
■「カラオケ民主主義」って死語になりつつあるようだ。そもそも誰の造語であるか知らないが、例えば、次のような説明がある。カラオケ民主主義とは;

「(前略)誰が政権を握っても官僚機構というカラオケが控えている。官僚機構は首相の在任期間の予想に従って、ちょうど日本料理のオマカセ料理のように、適当にあしらって立法スケジュールをつくり、法案だけはしっかりと通過させる。(中略)官僚機構が黒子のように引き立ててくれるおかげで、誰が首相になってもソコソコのパフォーマンスになる。」
- - 猪口孝・『世界変動の見方』 - -

猪口はこのカラオケ民主主義を1993年以降の日本の政権の特徴であるとしている。

果たして、違ったのである。

■国民年金制度を導入したのは岸内閣である。半世紀ぶりにカラオケを作動させると、うまく伴奏してくれない。全然音がでない。そもそもカラオケの音源ソフトがインストールされていない。装置がいかれてる。

半世紀の間、黒子の官僚は、掛け金を食い物にしてきたのが、ばれつつあったが、そもそも掛け金をまともに管理できていなかったのである。そういう官僚機構を統括するのが政党内閣であるが、実際は日本国は大日本国帝国同様、実際には内閣が官僚機構を統括できていなかった/今もできていなのである。

やっぱ、カラオケは毎晩引っ張りだして、歌うべし。ちゃんと、伴奏するかチェックせなあかん。

     
詐欺のしこみ         詐欺ばれ
子孫に美田を残さず

■日本社会というのは、「世間知」というものがあって、庶民はそれをどれだけうまく使って生き抜くかが重要らしい。 その「世間知」は、例えば、正直者はバカをみる、など生きていく上で不可欠な教訓が含まれる。そんな世間知の中で重要なものに、政府のいうことを真に受けるやつはばかだ、があるのだろう。

■そもそも、年金とか政府が始めたときから、詐欺だとおもうべきなのである。ましてや、満州国を作った、そして作り損なった新京マフィアの、日帝残党の岸センセである。新京マフィアと関東軍こそ、日本内地から貧乏人を満州に呼び集め、ソ連が参戦してきたら、さっさとトンズラこいて、多くの日本人を見殺しにしたことはいうまでもない。

生き残って、汎日炸裂!

■さて、日帝残党政府なら詐欺なぞやりかねないという世間知とは別に、誇りある保守的人間、あるいは自由「主義」的人間は、そもそも政府の年金制度なぞ身の毛もよだつほど嫌悪するものである。なぜなら、保守的人間というものは、家族を媒介に渡世する。育児と介護を順々世代送りでに家庭内で遂行することが彼らの生き方だ。 自由主義者、いうまでもなし。自分の人生は自分のもの。優雅な老後も、野垂れ死にもずぶんのずんせい。

■つまりは、年金制度創設なぞ、アカ政府の所業に他ならないのである。日本人は子が直接親の面倒をみることなぞやめて、別個に暮らし、消費社会でものやサービスを貨幣で取得するようにすることを目指したのである。直接の人間関係でなく、貨幣を媒介にした市場で/あるいは公的に調達するサービスでの介護。 近代化だ。 共同体の解体だ。 戦後の経済成長優先路線である。こういうことをやってきた愚民党を、「保守」とか思っている「愚民」が大勢いるから、こまっちまうのである。おまいら アカ だよ。 

■経済成長による共同体の破壊だけではなく、日本人の生き方を年金という制度で拘束し、その膨大な富を中央政府の官僚が吸い上げ、管理する。これ アカ 政府である。ぬっぽん愚民党政府こそ世界近代史で最もsophistcateされた「ポルポト派」に他ならない。共同体の解体。いまじゃ、田舎では廃村がごまんとある。列島の伝統社会の廃墟化である。幕末・維新の廃仏毀釈の剥き出しのポルポト派に他ならない薩長に比べて、とてもソフトになった。きっと、大人になったんだね。(薩長の方がポルポト派より古いんだけんども......。)

▼仮に年金制度をよしとした場合。日本国政府は、その運用・管理さえできていなかったのである。 近代化失敗である。 日本国政府の官僚機構なんぞは後進・非文明地域のどこぞの国なみの劣等組織である。満州に産業化を基礎とする近代国家をつくろうとした、新京マフィアの失敗は、つまりは「近代」ぬっぽんの「トーダイ」出の官僚による国家運営は、今日でもまたもや失敗しているのである。

▼日本政府・官僚が少子化対策をやりたいなら、保育所とか育児休暇とかも大事だが、せめて普通の政府・官僚にならなきゃ。ってうか、もはやどうしょうもなく、やはり、李鵬の言うとおり50年後には日本政府なんてなくなっているだろう。つまりは、米中による日本の禁治産者宣言である。 こういう愚劣で早晩滅びるであろう社会に子供産み育てるというのはやはり つわもの にしかできなのだ。 心底、ご尊敬申し上げる。 外山センセもあわてるな。 そのうち勝手にこんなクニは滅びる。



コメント

原爆投下が必要

2007年05月26日 20時22分49秒 | インド・3回目・シンガポール
- - 私は日本兵を近くてで見て戦闘精神でいえば世界でも最強の部類に入ると思った。彼らは敵に対してジンギスカンと同じぐらい過酷さを見せつけた。ジンギスカンとその大軍もこれ以上無慈悲にはなれなかったであろう。私は、広島と長崎への原爆投下が必要であったとする点では疑問を持っていない。原爆がなければ数十万人のマラヤやシンガポールの人々、そして数百万人の日本人も死んだであろう。- -

『リー・クアンユー回顧録』


シンガポール国立博物館、歴史部門、Syonan-To:1942-1945, 日侵時期、の展示より。




 禿同、原爆やむなし。

コメント

世界で最も偉大な人たち

2007年05月25日 20時09分35秒 | インド・3回目・シンガポール

- - 我々には白人に対する怨みなどの問題はまったくなかった。政府や社会における英国人の優越的な地位は単なる世の中の事実だったにすぎない。英国人は結局のところ世界で最も偉大な人たちだったのである - -
『リー・クアンユー回顧録』



現世ぬっぽんずんが、「ごっこ」として、ラッフルズ・ホテルで楽しむ High Tea の「本物」の写真。


もちろんこれはシンガポールでの英国統治下の写真であり、清人である。我らが高杉晋作は、これと同じ光景を上海で見て、おれたち ぬっぽんずん はこんな風だけにはなりたくない、と強烈に思ったのだ。 その強烈な体験が、これまた我らが・大日本帝国建国の、強烈な動機に他ならない。


辮髪

「単なる世の中の事実だった」ことを覆すため、

我々、大日本帝国は、

「蛮行」を、行ったのである。

アジア近世・近代の歴史で最も「偉大」なる、

コペルニクス的転回

を、支那人虐殺という蛮行をテコに、

行ったのである。

それが、シンガポール陥落、に他ならない。



今夜も唱えよう!

大ぬっぽん帝国、マンセー!

マンセー!

マンセー!

マンセー!



コメント

軍民殉国

2007年05月24日 19時55分30秒 | インド・3回目・シンガポール

シンガポール国立博物館、歴史部門、Syonan-To:1942-1945, 日侵時期、の展示より。

今夜も 一旦緩急アレハ義勇公ニ奉シ以テ天壤無


教育勅語

■将校の生き方

話は全然、変わって、5/6のフジテレビ、報道2001には五百旗頭真センセが中曽根元首相と共に出演。戦後日本論。現在、五百旗頭真センセは米国の保護国なる属領日本の「米」衛隊の幹部将校を養成するガッコの校長センセであることはいうまでもない。

現在に至るまで、「自」衛隊と憲法の齟齬が問題となっているのは、両者とも当時の絶対的統治権力者の矛盾する指示で各々別個に形成されたからに他ならない。

つまりは、昨日まで玉砕白兵戦で素手でも立ち向かってくる日帝皇軍を無化するため、マッカーサー将軍は、国家存立の第一原理である交戦権を禁じたマッカーサー憲法を、すめろぎ・ひろひとさんを以って、公布せしめた。

ところが、「次の日」、朝鮮戦争勃発!せにはらを変えられず、国家存立の第一原理である交戦権を禁じた「平和」憲法に悖る事実上の再軍備を、これまた絶対支配権力者であるマッカーサー将軍は、日本に命じたのであった。

この、権力者による恣意的な矛盾する指示・命令が半世紀以上たった日本をちぢにみだし、国民を以って、絶望と・冷笑癖と・無力感にさらす人生を送ることを強いている源泉に他ならない。

さて、この現状を打破するひとつの方法はクーデターに他ならない。クーデターこそ、民主制など昔から今に至るまで我らがぬっぽんずんに無縁なものもめずらしいのにもかかわらず、なぜかしら、民主制という建前で欺瞞的に生きている今日を打破するものに他ならない。クーデターをやってくれるはずの将校さまはどうしているのだろうか?

上記の五百旗頭センセこそ、戦前日本は将校の下克上で国が滅びたという見識の元、将校養成ガッコの校長センセの任務を遂行されているのである。この日の番組でも、下克上という語彙が繰りかされた。校長センセの任務は、よき「米」衛隊の将校たれ!に他ならない。とにかく、クーデターを起こす将校だけは絶対困るということだ。つまりは、究極の『「魂」なき専門人』の養成に外ならない。

さて、そんな真摯な戦後日本「文明」(大爆笑)のおりこうさん筆頭の五百旗頭校長センセのはしごをはずすがごとき発言を、内閣総理だいずんがすてくれるから、やっぱ、ぬっぽんはわくわく・どきどき、腹腹時計である。

半年ぶり党首討論・参院選の争点、終始探り合い
 
小沢氏は冒頭、首相が3月の防衛大学校の卒業式で「危機には自らの信念に基づいて的確な判断で行動すべきだ」と訓示したことを取り上げ「危機での判断は首相、政治家がやるべきで、1人ひとりの将校の判断ではない」と迫った。首相は「万が一、外国から侵略された際は判断を彼らがしなければならないこともある」と反論、文民統制とは別問題といなした。(00:06)



思いて学ばざればすなわち殆うし


学びておもわざればすなわちくらし

コメント (2)

Hawker centre ホーカーセンター

2007年05月23日 20時17分31秒 | インド・3回目・シンガポール

シンガポールには、Hawker centre ホーカーセンターという、安く食事が出来る場所がたくさんある。ファーストフードであり個人経営小食堂であり、屋台であり、日本の昭和にあったデパート最上階大食堂なのである。



多種多様の種類の食べ物があるのだが、おでん+麺というおもしろいのを発見。



並んでいる具から、例えば、5種類を自由に選んで、定額を払う。


こんなん、選びますた。
実はひとしきりこのホーカーセンターで飯を食ったあとで、満腹だったので、麺はスキップ。


さいごにお金を払って、汁を入れてもらう。 だしがきいていておいしかったです。
でも何だしだったか聞かないように。わすれちゃったから。

ちなみに、これを、ホメイニさんやビンラディンさんは、食することが出来ます。なぜでしょう?この記事で示された情報の中から答えなさい。 答えはコメント欄に書きなさい。(30点/100点)

▼尊皇&現世・世俗を呪う人のためのニュース;
靖国の母、トラックにはねられ死亡。

ニュースの画像を見ると、どうやら佐川の宅配トラックに殺されたらしい。

親より先に死ぬことを 不孝 という。つまり、親の老後の面倒を看ずに死ぬからだ。すめろぎサマ率いる日帝陸海軍部は、数百万の 不孝息子 を創出したことはいううまでもない。

親不孝者は、ならず者に他ならない。

数百万の「ならず者」がいる、靖国神社!

一旦緩急アレハ義勇公ニ奉シ以テ天壌無窮ノ皇運ヲ扶翼スヘシ
from 教育勅語。 親不孝のススメ!

(みんな! 母の日に、ちゃんと、感謝したかな?)

そんな、親不孝息子をもつ100歳を越える老婆@靖国の母の最期こそ、あわれなり。

今日も、おいらたちは、唱えよう!

大ぬっぽん帝国、まんせー!

まんせー!

まんせー!










コメント (2)

帝大生 保クン

2007年05月22日 22時41分25秒 | インド・3回目・シンガポール

ていだいせい たもつクン

シンガポールの街路にて。

■おもいついたこと

1776 - 1947

米国がインドに肩入れして、特に核技術の転移を推進していることについて。核武装が現代の大国の独立自尊の基本的条件である。大国として存続してほしい相手だからこそ米国はインドに核技術を供与するのだろう。

そうなのだ。米国とインドは、長兄・末弟なのだ。

つまりは、米国は18世紀の大英帝国の王冠の宝石であり、インドは19-20世紀の大英帝国の王冠の宝石だったのだ。そして、米国はワシントン、インドはガンジーを象徴とする独立・建国の「神話」を持つ。ここで神話とは、歴史的事実なのではあるが、それにしても両国民には、国の原点として神々しいという意味。

恐るべき、大英帝国。 たぶん、米国とインドはただの国となった旧大英帝国の存続には尽力をつくすであろう。

これは、朝鮮人諸君や旧五族共和諸君が、現在のただの国でさえない、米国属領・ぬっぽんが没落・崩壊していくことになんら尽力しないこととは大違いではある。

大ぬっぽん帝国ばんぜー!

ばんぜー!


ばんぜー!



コメント (2)