いか@ 武相境斜面寓 『看猫録』

Across a Death Valley with my own Distillted Resentment

2012年 回顧

2012年12月30日 10時31分40秒 | プロフィール

■ 3月: 札幌に行った。


近郊の藻岩山から札幌の街を見下ろした (元画像)。

やはり、道産子は雪にたいし傘をささないと再確認した(愚記事; やはり、道産子は雪では傘をささない)。

■ 4月: 愚ブログ縁起;  精神科医へものを書くとき

■ 5月: ピレネーを越えてみた。

           中公新書
緑の印が、サン・ファン・デ・ラ・ペーニャ 修道院
赤(A)の印が、カスティーリョ・デ・ロアレ 砦

ピレネーに行った原因は、『スペイン・ロマネスクへの旅』である。本に載っているところをなぞっただけなのだ。

見どころは、耶蘇《尖兵》の軌跡だ。このカスティーリョ・デ・ロアレ、スペイン語での意味はカスティーリョ城。1492年の完闘することになる耶蘇・ヨーロッパ人によるレコンキスタ(領地回復闘争)の11世紀の時点での最前線の砦がこのカスティーリョ・デ・ロアレ。耶蘇・ヨーロッパ人のアラゴン王国は都をハカ→ウエスカ、そしてサラゴサ(愚記事: アル・アル、アラビアンのスペインと移し、イスラム勢を駆逐しながらピレネーの山の中から平野部へ南下した。


カスティーリョ・デ・ロアレ 砦
あいにくこの日はくもり時々雨で、景色が悪かった。残念。


カスティーリョ・デ・ロアレ 砦からの眺望。 当時は最前線。イスラム勢と対峙してはずだ。
地平の果てのイスラム領地を奪おうと日々眺めていたのだ。

 

■ 駅舎篇

今年見た駅舎の画像を並べる;


 東京駅 (愚元記事; 新装東京駅の"えくぼ"、もしくは、"あばた"?


 
カンフランク駅 (愚元記事; 廃舎。20世紀前半はパリ―マドリッドの鉄道で栄えたらしいです。


 
バレンシア駅


 
アムステルダム駅 (関連愚記事; アムステルダム再訪; スピノザ像参拝


   
         東京             カンフランク             アムステルダム

■2012年回顧 ―death valley篇―

      Publication and Production

publish or perish という言い回しが米国のアカデミアではあるとされる。論文を書いて出せよ、さもなくば、アカデミシャンとしては消えろ!という意味だ。pの音とsh  の音がかけてある。

もっとも日本では、論文を書かなくても安穏と税金使って生きている人もいるし(関連愚記事;  シロアリ研究者としての日本食税研究者)、そういう tax eatersより重要な論文を書いているのにアカデミアに職を得られず消えていくポスドクもいる。もっとも、こういう認識、そして何より自分が"消えたポスドク" (関連愚記事;消えたポスドクの残したものは...) となった事由について、まぬけぬっぽんのアカデミア風土に起因するのだ!、と考えていることは、ねたみ・そねみ・ひがみの賜物にちげぇ-ねぇ-。  Across a Death Valley with my own Distillated Resentment

この観点から、今年を振り返る。《前世、すなわちポスドク任期切れで足を洗った業界で出版した論文の引用状況と現世、すなわち、現在の death valley稼業で出版した論文の引用状況の確認である。今年の結果の前に去年の状況;


出典:愚記事、 この「子」の50のお祝いに、あるいは、死んだ子の年を数える。 

《前世の論文の被引用数は50以上のもの、現世の論文の被引用数は20以上のものを示してある。

今年の集計 ↓

《前世の論文は今でも引用され続けている。一方、現世の論文は今年被引用数が20を超える水準に達したものが4件増えた。

おいらは《野金儲け》のために働いているので、論文出版は業務の成果として評価されることは(ほぼ)ない。ただ人事評価で、英語が書けるんですねぇ、と言われるくらいだ。それより、特許を出すこと、とることが最優先だ。今年は2本の論文が出版された。そして、出荷を開始した。これが本業だ。 Publication and Production ! 金儲け》のために働かなければならないのだ。これまでは小さなビーカーでつくっていた (愚記事: 40過ぎてビーカーを洗っている。 実験する人生)。 ・役に立つこと ・お金になること が任務だ。そして今年、売りもの、すなわち、大量につくるため少し大きなビーカーを扱いはじめた。7千万円程度の売り上げ。もっとも、《大手町-丸の内界隈》のブルジョア《参謀本部の方々の事業目標は、50億円 ! である。果てしない野望へ向かって極微小な一歩が踏まれたにすぎないのである。つらいよ、death valley。

 

■2012年回顧 ―アートシーン(笑い)篇―

・ ルーブル


『トマス・アクイナスの勝利』 (部分)[1]、ベノッツォ・ゴッツォリ Benozzo Gozzoli
元記事

・ バレンシア県立美術館 (Museo de Bellas Artes de Valencia; web site


ベラスケス、ゴヤ、グレコ、ムリーリョなど、ざっくざっく ! リベラは少し。


バレンシア県立美術館 中庭=パティオ


 バレンシア; ステレオタイプ的イメージそのもので逆に驚きました。


なにより、パエリア=パエジャの故郷、バレンシア。
この地方は地球上で一番、単位面積当たりの米収穫量が高い(高かった)ところ。
おコメは亜熱帯の穀物なんです、元来。 それなのに...、偉いぞ、蝦夷っ子!(ゆめぴりか)。

・ MNAC(カタロニア県立美術館 web site) バルセロナ
      ロマネスクから、モダンまで。

ロマネスク


元記事; 受難; 耶蘇の真実、あるいは、i SAW her standing there! 

▼ モダン

   

・ モンドリアン再見; 四半世紀ののちに



・ ベストセレクション 日本近代美術の100年

東京国立近代美術館で2012年10月16日から2013年1月14日までの開期で行われている展示会に12月に行った。特にお目当ては、藤田嗣治、『アッツ玉砕』、宮本三郎、『山下、パーシバル両司令官会見図』、そして、鶴田吾朗、『神兵パレンバンに降下す』が展示してあるはずの「3F展示8 戦争の世紀に 2」である。

行った

そして、見た


 『アッツ玉砕』 極部分


 藤田嗣治、『アッツ玉砕』

館員が解説で、" 「芸術か?、プロパガンダか?」問題があるところです" 、と言っていた。

おいらは、プロパガンダこそ最高のアートだと思っている。全然、ひとさまを扇動 (先導)できないおいらは芸術的能力が低いのだ。悩んでいる。⇒関連愚記事; すなわち、originalityとはどれだけ他人さまにパクられたか、まねされたか、の度合いである。


 宮本三郎、『山下、パーシバル両司令官会見図』
   関連愚記事:  ① パーシバルぬほんに降参する。 ② 山下・パーシバル会談写真   

残念なことに、鶴田吾朗、『神兵パレンバンに降下す』は時期限定展示で、見ることあたわず、残念。

見そこなった、鶴田吾朗、『神兵パレンバンに降下す』
関連愚記事; パレンバン 「空の神兵」の稽古場 





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毎週、ぶどうの木の画像を撮っています; 86週目

2012年12月29日 11時35分19秒 | 草花野菜

▼ 今週の霜柱

 

 

 

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【2012年回顧 ③】 the と a の物語、あるいは、original と derivative について

2012年12月23日 19時17分58秒 | 筑波山麓

"Wherever does one have one's tea?" she asked with the oddest thrill of excitement in her voice,  
(「どこでだってお茶は飲めるでしょう?」興奮のため奇妙に震える声で彼女は言った、) 
Virginia Woolf, 『Kew Gardens』 (西崎憲 訳)


         ―左列の画像はKew Gardens, 右の列の画像は筑波山麓、国立科学博物館実験植物園(最上図)と洞峰公園―

■ ロンドンに行った時、キューガーデンに"参拝"。もっとも英語ではKew Gardensであるが。ロンドンで一番行きたかったところだ。このガラスの温室がつくられたのが、1848年である。日本では将軍は徳川第12代、徳川家慶(1837-1853)、という時代だ。蛮社の獄[wiki](1839)の9年後、そして、黒船来航の4年前だ。1848年、この年、東郷平八郎や桂太郎が生まれている。このあと半世紀して、えげれす と組んで、ろすけ をやっつけたみなさまだ。

この陸海の軍神さまが生まれた頃、すでに鉄骨とガラスでつくった建物で、蝦夷地より北極に近い地において、熱帯の植物を生かしていたのだ。

キューガーデン、温室。雲に斜めに筋が入っています。これは、ガラス越しに撮ったことを示しています[註1]。

■ オリジナリティー、あるいは、独創性

四半世紀前、おいらががきんちょの頃は、独創性!、独創性!と叫ばれていたように記憶する。科学技術業界の話だ。そもそも、科学や技術において、独創性が求められることは当然なのではあるが。現在はむしろ、実社会への応用が叫ばれているように感じる。例えば、かの山中センセは自分の独創性に意義をおいたアピールをするより、一刻もはやい臨床応用を!と主張している。 ”論文で勝って開発で負ける日本を変えたい : 私が京都マラソンを走った理由”、という御時世である。

さて、独創性。独創性は英語のoriginalityの訳語なんだろう。そして、その昔、上記四半世紀前、独創性とは何か?の論争めいたものがあった。背景は日米貿易摩擦である。強すぎる日本の製造業について、米国が科学技術ただ乗り論で"いいがかり"をつけてきたのだ。今は昔だ。そのとき、独創性バンザイ!主義の熱血派から、太陽の下に新しきものなし!と冷笑派まで、いろいろあった。

おいらが今思うに、originalityに独創性という訳語をあてたのは、少し残念。上記論争で、独創性とは強烈な個性をもった天才がひとり(独り)でつくる(創る)ことだ、という言葉遊びまであった。でも、originalityはorigin。川でいうと水源。どんな大河にも二級河川にも水源がある。そして、その水源は岩からでるひとすじの雨だれ程度のものだ。問題は、その雨だれがどれだけの大河になるかであろう。のちに大河となった雨だれの出来(しゅったい)がorigin, originalityと解釈すべきだ。すなわち、originalityとはどれだけ他人さまにパクられたか、まねされたか、の度合いである。そして、パクッた人たち、まねした人たちが、derivativesに他ならない。

そういう観点から、世界中に熱帯植物園がありふれた現在、つまりは世界中の人がキューガーデンをパクッている現在、偉大なる最初の"雨だれ"をおいらは参拝にいったのだ。ここでは、脳内に上記の歴史的いきさつを踏まえた思いあこがれ続けた肥大化した"脳内Kew Gardens"が跋扈していることが重要だ。

もし、万が一、こういう肥大化した"脳内Kew Gardens"をもたない人といっしょにキューガーデンを訪れたなら、「あなた!これって実験植物園と洞峰公園じゃないの! つくばでいつも行ってるでしょう? あなたって、どうしていつもにたようなところばかり行くのよ! どうしてあなたは私をつまらないとこばかり連れまわすのよ!」と、おとろしい事態が生じてしまうからだ。

「どこでだってお茶は飲めるでしょう?」興奮のため奇妙に震える声で彼女は言った

「あなた!これって実験植物園と洞峰公園じゃないの!」と言った彼女は、昔はここでしかお茶が飲めなかったこと(世界中でガラス張り温室はここにしかなかったこと)を知らないのだ。

どこでだってお茶は飲める世界! or 世界中でガラス張り温室がありふれた世界! グローバル化の嚆矢!

恐るべし、キューガーデン!

▼捕捉; そして、何より、「筑波研究学園都市」こそが、パクリの殿堂だ。敗戦後、一端アカになったが、転向して米国に留学した研究者たちがアメリカに行ってパクったものを具現化したの筑波大学やその他施設だ。このことについて、おいらがカナダでのポスドクの次に筑波山麓に来た時、つまり筑波大学を見たときすぐ気付いた[註2]。これは、北米の大学のパクリじゃないか!、と。敗戦後というのは、明治維新に続く、さらなるパクリの時代に他ならないのだ。

[註1] 

[註2]:おいらは筑波大でポスドクをしたわけではない。念のため。

 


以下、Kew Gardens 画像シリーズ


Kew Gardensという「地下鉄」の駅があります。上の画像にいみじくもThe railwayとあるように、地上を走っています。


地下鉄の駅からキューガーデンまでは歩いて10分ほどです。瀟洒な邸が並びます。そして、街路樹はプラタナス。

温室です。

 

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毎週、ぶどうの木の画像を撮っています; 85週目

2012年12月22日 12時29分30秒 | 草花野菜


夏みかん


つぼみができはじめた梅。
これから最も厳しい冬が来るというのに。
"厳寒を乗り越えて花開く"というあざといパフォーマンスに励んでいるのだ。
と、おもったおいらは相当にひねくれているな。

 

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【2012年回顧 ②】 bonjour !  と言ってみた。

2012年12月19日 21時32分56秒 | 欧州紀行、事情

 も うこれが生涯最後の機会かもしれないから、もう一度見ておこうと思った。しかし、そここそが惨憺たるありさまだったのである。あの円形の部屋いっぱいに 人々が犇き合い、あらゆる言語で声高に喋り、叫び、絶えず写真を撮り、自分のカメラと彫像の間に介入する邪魔者には険しい目を向けており、そうした中に何 とか身を割り込ませても、ひととき対象と内的な対話を交わすなどとという余裕はとうていない。結局ただぐるりと一周し、彫像の上っ面を視線で撫でたという 以上のことはできないままわたしは部屋を出なければならなかった。わたしは侘しかった。 松浦寿輝、『クロニクル』

これか!? ↓

 

 ミロのビーナス像と共にここに写るすべての人が、実は、"結局ただぐるりと一周し、彫像の上っ面を視線で撫でたという以上のことはできないままわたしは部屋を出なければならなかった。わたしは侘しかった。"、と思っていたとしたら、案外、世の中奥が深いんだと思うべな。

今年、生まれて初めて"実社会"で、 bonjour ! 、と言ってみた。 

● 《おふらんす》に行った。


到着したシャルル・ド・ゴール(wiki)空港では、《御大》(愚記事;日本の対米依存を減らそうとするゴーリスト [ド・ゴール主義者]の御本尊)が、顕彰されていた。外国からの首脳とド・ゴールさまの写真だ。ただし、われらが当時の御屋形様@トランジスタラジオのセールスマンさまの画像は見当たらなかった、残念!

■ あいさつは大切だ。

あいさつは大切だ。 スペインに行くには、おらー!、を覚えること。おらー!、といっていればとおりがいい。おいらが観察するに海外で日本人は声に出してあいさつしない。店に入る時も大きな声であいさつすれば、気持ちよく待遇してもらえる。英語圏でもそうだ。ハロー!、あるいは、ハーイ!と言えばいいのだ。そして、何より、作り笑いが重要だ。

これをフランスでも水平展開した。 ちゃんと言ったよ、大きな声で。bonjour ! きちんと、フランス語あのj や r の音もだしてみたよ。 そして、林檎のタルトや鴨を食べた。フランス人は意地悪なんじゃないかとびびっていたおいらは、拍子抜け。接客業なんだから、意地悪なわけないだろう!とお思いの若い人もおられるかもしれない。でも、四半世紀前の日本では、フランスでは接客業の人たちも日本人に意地悪!っていう"伝説"だった。フランスが変わったのか?、日本人の被害妄想が薄れたのか?いや、そもそもそんな伝説を真に受けたおいらがまぬけなのだろう。

  

■ ピレネーを越える(愚記事:  ピレネーを越えてみた、 【その1】)ためフランスに行った。せっかくなのでパリで1日過ごした。ルーブル⇒モンマルトル⇒オルセーというパリ入門編。

1.ルーブル

2.モンマルトル

3.オルセー

オルセーから見た、モンマルトル↓

 

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【2012年回顧 ①】 Ladies and gentlemen ! と言ってみた。

2012年12月16日 20時41分45秒 | その他

― 外国語を話すという作業には多かれ少なかれ「気の毒といえば気の毒、滑稽といえば滑稽」という部分がある ―
村上春樹、『やがて哀しき外国語』

廣岡慶彦、『理科系のための実践英語プレゼンテーション』 より

■ Ladies and gentlemen ! と言ってみた。 

今年、ある国際学会で座長をしなくてはいけなくなった。座長とは英語ではchairmanであり、やることは司会である。10人ほどが講演を行うセッションの司会だ。まず、セッションを始める挨拶をする。そして、各講演者が講演をする前にその講演者の名前や所属を会場の参加者にアナウンスする。講演の後は質疑応答の司会をする。

おいらは40半ばを越えて、座長をするのが生まれて初めてだ。《前世》での研究活動ではまだ若いせいか座長をしたことはなかった。今では日本の学界ではポスドクはもちろん院生でも座長をするようであるが、15年前のおいらの《業界》はそうではなかった。今、おいらが参画している分野(《現世》)において、おいらは日本の学会にはめったに行かない。シロアリどものツラを見るのが嫌なのだ。国際学会ではこれまで新参者であった。有名ではなかった。しかし、この《現世》の《業界》 [death valley 稼業] には、既に10年だ。この《業界》での業績も増えてきた。そして、被引用数も増えてきた。それで、座長のお鉢がまわってきたのだろう。

Ladies and gentlemen!

ものすごく恥ずかしい。そして何より、おいらはこれまで行ってきたあまたの英語のプレゼンで、Ladies and gentlemen! といったことはない。Ladies and gentlemen! この恥ずかしさは、おいらだけのものなのだろうか?、というとそうでもないらしい。その証拠が上図である。ちゃんと、「日本人は照れ屋なのでこれを言いたがらない人が多いようです」と書いてある(廣岡慶彦、『理科系のための実践英語プレゼンテーション』 Amazon)。

事実、おいらも、普通の講演で、Ladies and gentlemen ! と言っている日本人を見たことがない。

やはり、Ladies and gentlemen!と言うのは日本人にとって何か気恥ずかしいことに違いない。

ただし、日本人が座長のときに、Ladies and gentlemen ! と言っていたかは記憶がない。座長というのは、Ladies and gentlemen ! と言うのが常套らしい。

おいらが座長をするセッションがその学会での初日でなかったのは幸いだった。初日からおいらは各セッションでの座長の最初のセッション開始の口上(こうじょう)を注意して確認することとした。果たして、確認した座長はすべてLadies and gentlemen と言っていた。やはり、Ladies and gentlemen! と言わなければならないのだ。出発前の日本でも半ば覚悟していたので、ひそかにLadies and gentlemen!と発語してみた。Ladiesのladiesの発音は以外難しいと悟る。lの子音とeiの二重母音。そしてなにより、気恥ずかしい。Ladies and gentlemen!=皆さん!だと何度も言い聞かせる。

そして、本番。階段状の椅子が連なるアリーナタイプの会場に100-200人の参加者。座長としてやらないといけないことは、講演者の名前を発音しないといけない。英語系の名前でさえ日本人にとっては十分なじみがないうえに、非英語系のヨーロッパ人の名前なぞアルファベットの綴りだけではどう発音していいのか分からない。そこで、セッションが始まる前に講演者に直接聞いて回った。講演者は自分のプレゼンのパワーポイントの電子ファイルを共有のパソコンに入れに来る。そこで、捕まえて、名前の発音を聞いた。そのことにむしろ心労を取られ、Ladies and gentlemen! の気恥ずかしは薄らいだ。セッションが始まる時刻になって、Ladies and gentlemen!と、マイクをもって発語した。「この会場は○○○○○○のセッションです。10の講演がプレゼンされます。最初は、△△△△の□□□□□さんが○○○○○○○○○○○○という演題で発表します」、と言った。そして、最初の講演が始まった。そして、ややしばらくして、気付いた。あちゃー!。自己紹介を忘れた。普通、座長は、「この会場は○○○○○○のセッションです。10の講演がプレゼンされます。そして、私は、座長の☆☆☆☆(所属組織)のikagenkiです。」と言わねばならなかったのだ。Ladies and gentlemen ! にばっかり気を取られていたのだ。


紅旗征戎我が事に非ず


 舟なしの霞ヶ浦

春がすみ霞の浦をゆく舟のよそにも見えぬ人を恋ひつつ   藤原定家

最近知ったこと、「紅旗征戎我が事に非ず」と記した藤原定家は、霞ヶ浦についても、うたを詠んでいたのだと。

でも、定家がこの地に来たはずはないので、空想で詠んだのだろう。だから、筑波山は「見えない」。

紅旗征戎我が事に非ず、筑波山我が事に非ず、なのだ。 恐るべし、書斎派!

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毎週、ぶどうの木の画像を撮っています; 84週目

2012年12月15日 09時28分46秒 | 草花野菜

▼ 今週の草花;

旧江戸城、二の丸雑木林。 ここは武蔵野台地の最辺部。残丘だ(参考愚記事)。
雑草という草はない」というのに、雑木とはこれいかに?


大手門から坂を登ると二の丸や本丸があった平坦にたどり着く。
この大手門の平地と本丸跡の平地は異なる河岸段丘面なのだ。
そして、その坂は段丘崖を登る道である(参考愚記事)。
家康はそれらを利用して城をつくったのだ。
そして、石垣の大部は段丘崖に張ったものに違いない。


坂道の正面方向の石垣は段丘崖に張った石垣と思われる
   

ジュウガツザクラ、旧江戸城本丸付近

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資本の文明化作用; A day in my life for Marunouchi-Sadistics

2012年12月12日 18時57分47秒 | ぐち


《大手町-丸の内界隈》のイチョウ

■ 毎月いち日(以上)、筑波山麓の《death valley》から、常磐線に乗って、《大手町-丸の内界隈》に出向かねばならない。《death valley》における《金儲け》への進捗状況を、つまりは、G⇒G+ΔG、のΔGの進捗具合を、《参謀本部》へ《上奏》しにいかねばならないからだ。最前線の《尖兵》が、《参謀》さまに御説明に上がるのだ。そして、 「おまい!、どないなっとんのや!」と、すほんか(資本家)さまからド突かれるのである極めて慇懃に、そして静かに恫喝されるのである。つらいずんせいである。かれこれ15年ほど前、おいらが学位をとった頃、いわゆる"ポスドク1万人計画"が始まった。当時、このポスドクは一部の偉いセンセイからは、「日本科学の近代化の尖兵」とも認識されていた(らしい)。おいらは当時はそういう尖兵認識は知らなかった。ただ、おいらより業績の少ないパーマネントの研究者さまがあまたいる状況でおいらのポスドクの任期は切れたのだ。敗北した《尖兵》![1](詳細愚記事;失業者になったのは2001年3月末でポスドクの任期が切れたからである)。その後、麻薬中毒者がシャブ抜きの断末魔に苦しまないと正常人になれないように、おいらもシャブ抜きのため、バイトでがんばった。バイトは、《death valley》での業務だ。何のことはない、《資本》の《尖兵》に他ならない。いつだって、おいらは、《尖兵》だ。ぬっぽんすほん(日本資本)の手先として、《尖兵》のおいらは、あるときは、インドまで行った(愚記事;草莽微賎の地球化(グローバリリゼイション))。

■そんな《尖兵》のおいらは、今月も《大手町-丸の内界隈》に行く日となった。朝9時から夕方まで一日中、《参謀》さまへの御説明と質疑応答、そして昼飯の帰りエレベータでばったり遭遇した《いとやむごとなきお方》への1分間エレベータピッチ(爆)など、大変だ。その前日、電話があった。《教育参謀》からだ。何事だろう? 《大手町-丸の内界隈》的慇懃な声で、「明日9時から会議だと思いますが、その前の1時間ほど、お時間をつくっていただけますか?」。ますか?っていわれても、「嫌です」とは言えない。そして、その冷徹な《大手町-丸の内界隈》的慇懃な声に、おいらは、嫌な感じ、もっと言えば、恐怖を感じた。ただごとではない。声でわかる。8時に約束をした。何事だろうと考えた。思い当たることはある。おいらの《所業》である。というか、おいらの行儀の悪さだ。ブラック・ベンチャー出身のおいらがこの《大手町-丸の内界隈》的典型的ぬっぽんメーカーの《行儀作法》になじんでいないことはわかっていた。もちろん、典型的ぬっぽんメーカーの《行儀作法》、すなわち、"冬には、受付が見える場所に来る前にコートを脱ぐし、面接室では立ったまま、面接担当官が来るのを待って"いるとかそういう御《行儀》を実践するマインドを、おいらは、さらさら持ち合わせていない。でも、コートの扱いや面接での不手際では、朝8時に《教育参謀》殿にはよばれるはずがない。もっと野蛮なおいらの所業が議題だろなと想像がついた。確認のためメールした。「何か、準備する資料はありますか?」。普通、参謀》さまが来いということは、おいらのツラをみせることではなく、資料を持ってきて、説明せよ!ということなのだ。つまりは、ΔGに関する資料と説明なのだ。 しかし、参謀》さまからの返事、 「ない」。 お~!決まった。これは絶対、おいらの行儀の悪さだ。

(なお、この会社[=《木村摂津》]との馴れ初めはここに書いてある: かりそめにも自分から進んで行きたいという言うのであるから、実はあっちでも妙なやつだ、幸いというくらいなことであったろうと思う。すぐに許されて私はお供をすることになった。 

■朝、行っただよ、《大手町-丸の内界隈》 8:00AM。慇懃な参謀》さまからの御下問。「いか@さんは、《山麓》研究所で《ジュニア・パートナー》さんに大声でどやしつけたりしていると、よその研究室より通報がありました。これは、本当ですか?」。「本当です」。あっさり認めたので、慇懃な参謀》が不意を突かれたのを少し顔に出したのを、おいらは見た。"大声でどやしつける"って、すごそうに聞こえますが、ブラック・ベンチャーで普通でした。ただ、「何やってんだょ!、おまい」と声を荒げる程度です。でも、「バカヤロー!」、は言いません。いいたいですけどね。しかし、これは、典型的ぬっぽんメーカーの《行儀作法》コードからは激しく逸脱するようです。でも、学びました。典型的ぬっぽんメーカーってホントは怖いって。極めて慇懃に、そして静かに恫喝するのです。大きな声を出すような荒くれ者のおいらを資本は慇懃に指導してくださるのです。そして、極めて慇懃に、そして静かに恫喝する《尖兵》になるように。 ありがとう!、資本の文明化作用!


[1] 思い浮かべてほしい映像。刑に「うたれる」、広能昌三 [菅原文太]と武田明 [小林旭](彼ら尖兵たち!)、そして、生き残って!笑う!!山守義雄 [金子信夫] (おいらより業績の少ないパーマネントの研究者さま)。


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ツクバヤマハレ

2012年12月09日 16時50分16秒 | 筑波山麓


霞ヶ浦湖畔から望む筑波山


■ 最近知ったこと。そして、12月8日あたりのブログねたにしようと思っていたこと。 ツクバヤマハレ。

ニイタカヤマノボレ一二〇八、はとても有名。"正史"に書いてある;

 〔「新高山登れ」〕 機動部隊と先遣部隊は、十二月二日夜、「新高山登れ一二〇八」という隠語電報を受信した。それは「開戦日は十二月八日と決定せらる。予定通り攻撃を決行せよ」という意味の命令で、聯合艦隊が午後五時三十分に発信したものであった。骰子はここに投げられたのである。  服部卓四朗、『大東亜戦争全史』

巷の本に書いてある;

 この奇襲攻撃を推進した山本長官を含む海軍指導層には、土壇場で外交交渉が実り作戦準備が無駄になることを願う矛盾した感情をもつ者も存在した。その際はただちに作戦を中止し帰還するようにという山本長官の指示に「それは実際上無理な注文である」と反発する指揮官もいた。長官は「百年兵を養うのはただ平和を養うためである。命に従えない者は即刻辞表を出せ」と断じて沈黙させた(高木 『山本五十六と米内光政』) 五百旗頭真、『日本の近代6  戦争・占領・講和』

もし、日米交渉がうまくいった時、ヒトカップ湾から遠征した真珠湾攻撃の艦隊を"直ちに帰投"させる隠語電報が、ツクバヤマハレ

知らなかった。 

同義の幻の言葉・詩に、 マリコ全快、がある(?)。

さらにすごいのは、マリコの死後の善後策が練られ、実行されたこと。

▼ それにしても、なぜ、ツクバヤマハレか?

おそらく、海軍の霞ヶ浦航空隊にゆかりの人が多かったから、かつて、あの霞ヶ浦から見えた筑波山を使ったのだろう。山本五十六自身、1924年(大正13年)、霞ヶ浦海軍航空隊教頭兼副長となり、航空学校教頭を務めた(google)。もしかして、山本五十六自身が、日米開戦回避の詩であるツクバヤマハレを考案したのではないだろうか?

 

■ ニイタカヤマは当時の大日本帝国で最高峰の山にほかならない。 富士山じゃない。 ~♪~富士は~にっぽんいちの~山~♪~じゃない時代だ。 

 
 ― 飛行機からみた富士山。雲の帽子をかぶっていた。 フジヤマハクモリ! ―

ニイタカヤマとツクバヤマの共通点はなんだろう? 富士山を参照に考えよう。

ひとつ、非火山。 ニイタカヤマを含む台湾島は、島全体で大きな山脈の一部で、海面に頭が出ている部分なのだ。

筑波山も火山ではない。 ただし、筑波山は、ニイタカヤマと違って、そして富士山と同じく、火成岩からできた山である。マグマが地中深くで固まったのだ。そして、隆起した。ニイタカヤマは堆積岩が隆起した山。

 

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毎週、ぶどうの木の画像を撮っています; 83週目

2012年12月08日 10時41分41秒 | 草花野菜

■ 今週の華道的お花;



■ 今週の看猫。 


  段ボールちぐらに入るみけちゃん。

本物のねこちぐらは、高いので買ってあげられません。ごめんよ。なので、段ボールを御用意差し上げました。入ってくれました。いい子だね、みけちゃん。

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