いか@ 武相境斜面寓 『看猫録』

Across a Death Valley with my own Distillted Resentment

風をあつめて。あるいは、さまよえる近代人、火遊び放蕩のあと、ついに帰還。

2011年07月31日 05時05分45秒 | その他

  
Wind Engineering初めて、知ったよ。そんな工学。 ⇒wiki

日本語では風工学っていうらしい。風(かぜ)工学。⇒日本風工学会

日本語の理系学会名で、やまとことば+工学って他にあるんだろうか?珍しい。

■ さまよえる近代人、火遊び放蕩のあと、ついに帰還;

 ⇒   ⇒ 
 前近代              近代;彷徨と放蕩の果て       元鞘;放蕩息子の帰還   
                     石炭、石油、ウランで火遊び

風をあつめて / はっぴいえんど


https://www.youtube.com/watch?v=PfFEPtJE0D4

■ エルミタージュ・アムステルダム別館

『放蕩息子の帰還』の帰還会場がアムステルダムにある。オランダ人のレンブラントが描いた『放蕩息子の帰還』は、今は、ロシアのサンクトペテルベルクのエルミタージュ美術館にある。エルミタージュの目玉のひとつ。そんな、『放蕩息子の帰還』は帰る先はすんぱいする必要はない。エルミタージュ・アムステルダム別館。

  
画像左;エルミタージュ・アムステルダム別館、画像右;『放蕩息子の帰還』、エルミタージュ@サンクトペテリベルク常設展示。

ロシアのロマノフ王朝の開祖、ピョートル大帝が、アムステルダムに3ヵ月半滞在した跡地。のち東インド会社。その由縁を元に、ソ連崩壊後の1990年代に「エルミタージュ・アムステルダム別館」として新装オープンしたらしい。ピョートル大帝の欧州滞在は、日本の維新直後の訪欧岩倉使節団のようにヨーロッパに"文明"をパクリに行くことが目的。ただし、ピョートル大帝自身、手足を動かすのが好きだったらしく、造船技術などを、実際に自ら学ぶ。その造船修業をした場所がここらしい。なお、アムステルダムで都市建設を含む"文明"をぱくったピョートル大帝は、サンクトペテルブルクを作った。⇒エルミタージュ付近運河 

ということで、下記ネタ振りへのレスとなりました;

あと、全然話が変わって、ロシアのサンクトベテルブルグにあるエルミタージュ美術館の"別館"というのが、なぜかしら、アムステルダムにあるとのうわさ。エルミタージュの意味は隠れ家だ。謎だ。(関連愚記事;エルミタージュに行きたい-のか?!

 

●野暮な解説リンク;

1.さまよえるオランダ人

2.ピョートル大帝(wiki)

3.ロマノフ朝(wiki)

4.アムステルダム・エルミタージュ公式サイト; イコン像を運ぶモヒカンは必見。自由都市・アムステルダムマンセー!って感じです。

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毎週、ぶどうの木の画像を撮っています; 15週目

2011年07月30日 17時15分01秒 | 草花野菜

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流浪と近代、そしてそのゆくえ...、なにより、隠れ家

2011年07月24日 19時51分10秒 | 欧州紀行、事情

  

『近代ヨーロッパの誕生』という題は結構大胆なのではないべか、とおいらは思った。経済史学的考察である。経済だけで近代の誕生を語ろうとしているのだろうか?と思った。さては、経済バカのすとつばす当たりの御出自かと邪推した。そうしたら、同志社大学と記してあった。

本ブログのお品書きに、「―近代の成立とゆくえ」と"大胆"にも書いてある。6年も前のことだ。若かった。

そして、この本の帯には書いてあることによれば、「近代」はオランダで生まれたらしい。「―近代の成立とゆくえ」と言っていたわりには、あまり自覚なし。オランダには少しは縁がある。あのやたら荷物を背負う家族が忘れられない。その縁というのは、the West and the restの縁だ。世界の田舎者はことを成すには the West に詣でなければいけないのだ。acrossing the death valleyの本義も冒険的資本主義にその起源がある。文明を進歩させるのは「冒険」である。よろしくその開祖に詣でるべし、ということだ。もちろん、過去のことばかりではなく、今でも世界の田舎で"死の谷渡世"でがんばっているものどもは、未来のために集るのだ。"近代生誕"の地、オランダに。

●そして、昨日気付いたよ。スピノザがセファルディだってことを。セファルディとはユダヤ人の中で、イベリア半島に逃れて住み続けていたグループ。アラブ支配下のイベリア半島では生存権はもちろんアラビア支配者に仕え共存していた。しかし、キリスト教徒のレコンキスタ(領土奪還運動)の結果、イベリア半島(スペイン、ポルトガル)から事実上迫害、追放される。

スピノザが、ユダヤ教コミュニティーから破門されたってことは知っていた。スピノザのエピソードと言えば、破門かレンズ磨きだよ。

で、スピノザの生涯は、1632-1677年。上記『近代ヨーロッパの誕生』ではウォーラースティンを引いて、"一六二五年から一六七五年をオランダがヘゲモニーを握った時代だと指摘した"、とある。

つまりは、スピノザの生涯はオランダが世界制覇をしていた時代とドンピシャ重なるのだ。知らなかった。ちなみに、われらが政宗公は1614年にスペインとの通商、そして同盟を野望していた(愚記事;大泉光一、『伊達政宗の密使』、あるいは王と坊主の同床異夢の野望の果てに )。今から見れば、斜陽のスペインの"札"を買おうとしていたことになる。独眼龍も案外まぬけである。

で、スピノザのセファルディ問題に戻る。イベリア半島から迫害されたセファルディの一グループは、迫害をまぬがれるためキリスト教に改宗した。しかし、その改宗は表面的なものであったとされ、さらに迫害された。具体的には異端審問裁判で迫害された。カスティリア王国のイザベル女王時代。このキリスト教の改宗したセファルディを「マラノ」と呼ぶ。意味はスペイン語で、「豚」。

1492年のアルハンブラ勅令でユダヤ人(マラノ)はイベリア半島から追放。マラノの移住先が、トルコ、北アフリカ、イタリア、オランダなど。だから、スピノザとデリダは生き別れたマラノの末裔ということだ。で、追放されたセファルディの最大の移住先がオランダ。1590年代からユダヤ人社会を作りはじめたらしい。そして、元もとのユダヤ教に再改宗した。スピノザはそういう状況で生まれた。

事情は実はもう少し複雑である。アシュケナジー系ユダヤ人。セファルディがイベリア半島にいたユダヤ人なら、東欧にいたユダヤ人が、アシュケナジー。シャガールがそう。そのアシュケナジーも17世紀初頭のオランダ、アムステルダムに移住してきた。そして、ユダヤ教に再改宗したセファルディは、ユダヤ教をアシュケナジーに習った。理由は、セファルディ社会ではユダヤ教の伝統が途絶えていたから。一方、世俗では元来スペインで商人だったセファルディがオランダもの裕福で、アシュケナジーとは上下の階層ができていた。

若いころ徹底的にユダヤ教をアシュケナジーから学んだ、セファルディであるスピノザが、のち破門される背景には、こういう事情があったそうだ、ということを昨日まで知った。

▼さて、「近代」はなぜオランダで生まれたのか?という上記『近代ヨーロッパの誕生』に、セファルディ商人の活躍が書いてあるのかは、これから読んでみる。そして、本記事のスピノザに関する情報は工藤喜作、『スピノザ』である。ところで、よく本出てるスピノザ像は、ハーグにあるもの。

でも、アムステルダムにもあるらしい。

■あと、全然話が変わって、ロシアのサンクトベテルブルグにあるエルミタージュ美術館の"別館"というのが、なぜかしら、アムステルダムにあるとのうわさ。エルミタージュの意味は隠れ家だ。謎だ。(関連愚記事;エルミタージュに行きたい-のか?!

 

 

 

 

 

 

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2011年07月23日 08時53分26秒 | 草花野菜

 

↑5月にみかんの花が咲いていた。最近、実になった。
↓ なす

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「教育」、っていいな、/おいらも、被災者特権げっと、/今日も、昭和の成仏のために

2011年07月21日 20時34分18秒 | 日本事情

↑、教育、っていいな、 → Google 原子力ポスターコンクール

昨日まで、がきんちょに原子力マンセーボスターを描かせていた文部官僚さま(@森有礼サマの嫡子さま)は、[@@最近加わった雑多な科技庁お役人さまが加わる前の]、約半世紀前は、”トウの立ったがきんちょ”に鉄砲を担がせて、軍人宰相も写った映画を撮って、全国民に喧伝していた→ あの学徒出陣の映像は、文部省映画だったのか!

(参考愚記事;)--わたしは、あのとき、女子学生とともに、旗をふって、出陣学徒を見送った。--

今だって、昔だって、いつだって、森有礼サマの嫡子さまたちは素敵なのだ。 

やっぱ、「教育」、っていいな、。

■おいらも、被災者"特権"げっと;

高速さ乗って、仙台参りさ、来てケロ!ってことらしい。

鬼門だっちゃ。【事故った】12:30頃、仙台でインターから降りて一般道へ合流するとき、20トントラックに追突される。

■今日も、昭和の成仏のために;

今日も、廃棄されゆく、昭和のお地蔵さまの横を通り過ぎる。

成仏してくだせぇ~。祈るばかりだ。

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今日の看猫2011/7/19、あるいは、祖国を捨てたならず者が集まる列島にて、おいらは...

2011年07月19日 21時36分41秒 | ねこ

ヤンボー、マーボーとうめちゃん。

おいらはダーチャで手作業でがんばっている。そんなおいらに、ヤンマーのセールスマンが、くれた。

ヤンボー・マーボーうちわ。

山岡センセの話を向けたが、????だった。当たり前だ。いずれにせよ、おいらには、耕運機は必要ないのだ。

「だんなも、耕運機で、左うちわでっせ!」とか言われても、困るのだ。

「だんな、耕運機ですいすい耕しながら、このうちわを煽いでごらんなさい。

そのうちわの重みがずっしり左手に、そして爽快な風がその頬に感じられますぜ、ほら!」

と、ヤンボー・マーボーのうちわを左手に握らされても困るのだ。 そもそも、うちわがペーパーなんである。ずっしりしたら、びっくりするのだ。

それとも、笑うセールスマン氏は、おいらが 風 世に逆らうおいらの気持ちを、知っているのだろうか?

■ぬっぽんが、どんなにすばらしくても、おいらはちっともすばらしくないのだ。スルバランはすんばらしいけんども。関係ないよな。

そして、こんなにすんばらしいぬっぽんの、おいらの借りてる畑はセシウムでされているのだ。かんぬす(神主)さんが、おいすたって、ダメなのだ。

 

そすて、なにより、おいらこそ内地の故郷を棄てた、あまたの流浪者どものハイブリッドなのだ。

ぬっぽんマンセー!

___________________________________________

Amazonのお勧め;

この国を出よ [単行本]

 

♪燃える男の赤いトラクター♪

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今日の看猫2011/7/19、あるいは、祖国を捨てたならず者が集まる列島にて、おいらは...

2011年07月19日 20時13分53秒 | 草花野菜

ヤンボー、マーボーとうめちゃん。

おいらはダーチャで手作業でがんばっている。そんなおいらに、ヤンマーのセールスマンが、くれた。

ヤンボー・マーボーうちわ。

山岡センセの話を向けたが、????だった。当たり前だ。いずれにせよ、おいらには、耕運機は必要ないのだ。

「だんなも、耕運機で、左うちわでっせ!」とか言われても、困るのだ。

「だんな、耕運機ですいすい耕しながら、このうちわを煽いでごらんなさい。

そのうちわの重みがずっしり左手に、そして爽快な風がその頬に感じられますぜ、ほら!」

と、ヤンボー・マーボーのうちわを左手に握らされても困るのだ。 そもそも、うちわがペーパーなんである。ずっしりしたら、びっくりするのだ。

ところで、ぬっぽんが、どんなにすばらしくても、おいらはちっともすばらしくないのだ。スルバランはすんばらしいけんども。関係ないよな。

そして、こんなにすんばらしいぬっぽんの、おいらの借りてる畑はセシウムでされているのだ。かんぬす(神主)さんが、おいすたって、ダメなのだ。

そすて、なにより、おいらこそ内地の故郷を棄てた、あまたの流浪者どものハイブリッドなのだ。

ぬっぽんマンセー!

___________________________________________

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I want to know, have you ever seen THE REIGN ?, つまり; 教えてくれ、ひろひとさんを見たかい?って

2011年07月17日 11時20分58秒 | 日本事情

― Kがその時弾いた曲がまた意外だった。日本のフォークソングでも弾くのかと思ったら違った。彼はクリーデンス・クリアーウォーター・リヴァイヴァル(CCR)の「雨を見たかい」を弾いたのである。英語の歌を歌いながら。
 宮沢賢治とCCR - この二つで私はKを信頼してしまった。
 ― 川本三郎、『マイ・バックページ』

   昭和のikasama師(?)

どうやらどうやっても、おいらは、昭和の成仏のために生きざるを得ないらしい。川本三郎、『マイ・バックページ』にある、CCRの「雨を見たかい」をYouTubeで聴くと、さかんに歌っているではないか!

I wanna know, have you ever seen THE REIGN,

教えてくれ、おまいはひろひとさんを見たかい?って。

おいらには、平成は、 a reignだ。 天皇陛下といえば、ひろひとさんだ。

1972年Have I ever seen THE REIGN ?  見たはずだよ。でも、記憶なす。

おいらが、畏れ多くもひろひとさん御臨席の場に、衆の一滴としてあったのは、1972年2月3日のことである。

その日、おいらはとうちゃんと家から歩いて、オリンピックの開会の式場に行った。式は午前中であったとおもう。その日のことで覚えているのはわずか。1)会場の外には大雪像がつくられていたこと。雪まつり会場でもないのに大雪像というは珍しく、もちろん、オリンピックの開会式のためにつくったのであろう。2)快晴であったこと。3)レンタルのカイロの商売の露店が出ていたこと、あとひとつあるが、つまらない神童自慢になってしまうので、書くのはやめる。天気は別にして、それらはのちの公式記録に明確に残らない類のことなので、逆に、自分の記憶であると言える。何より実感も覚えている。

むしろ、難しいのは、のちの公式記録の映像で見たのか、実際に見たのかの判別がつかないことである。たとえば、聖火点灯の映像は脳内にあるが、実感がない。脳内にあるその記憶は、のちに見た映像なのかもしれない。

そして、今日の本題の一番の問題。ひろひとさん。全く記憶がない。たぶん当時おいらは天皇概念がなかったので、おいらの脳はひろひとさんを受容する「箱」がなかったのだろう。罰あたりなことだ。

●おいらが、the reign、つまりひろひとさんを"見そこなった"時、その 事件は既に終わっていた。事件は1971年8月21日(Google;朝霞自衛官殺害事件)。そして、1972年2月3日には、ひとりのジャーナリストとひとりのアカデミシャンの"転落"が始まっていた。そのジャーナリストの回顧が『マイ・バックページ』。最近映画化されたらしく、本が再販されていた。実は1988年に出ていたのだ。おいらは知らず。今回初めて読んだ。

1980年代前半■おいらは、「あの時代」を回顧していた文物に出くわした。

「赤衛軍事件」についておいらが知ったのは1980年代に入ってから。当の滝田修が、10年にもおよぶ逃亡の末、遂に逮捕された後。ただ何となく知っただけで、事件の詳細は知りようもなかった。ネットで何でも検索できる現在とは、情報の環境が全然違う。ただ、その事件で当時現職の京大経済学の助手が指名手配され、10年逃亡したことが話題になっていた。それだけ。最近、この昭和の一事件の回顧を読むこととなった。昭和の成仏のために。

指名手配され、10年逃亡した滝田修が、逮捕された1983年に言う;

―  わけても「王様は裸だッ!」などと、ホントウのことを大声で叫ぶ輩は、ふん縛ってぶち込まなければならぬ。だれでもよい、イケニエの羊をひきずり出して、痛い目に合わせろッ!と。イケニエは、それらしい匂いがいささかでもすれば、だれでもよかったのであろう。彼らが問おうとしていたのは、たんに「一個の人間」ではなく、「時代の全体」であったのだから―。
「あの時代」そのものを封じ込み、抹殺すること、まさにその点にこそ、権力の利害はかかっていたのである。
  - 滝田修、『わが潜行四〇〇〇日』

▼そうなのだ、「あの時代」だ。1980年代初頭は、「あの時代」を経て、10年間"潜行"していた人たちが、いっせいに世に作品群を出したんだと、今になって思う。そして、そのいくつかに、おいらはぶつかった。筆頭は、村上春樹。『風の歌を聴け』、『1973年のピンボール』、そして『羊をめぐる冒険』。でも、この幸運な春樹受容は、その前に「あの時代」に関する時代背景の知見と感覚があったからだ。

■1980年代前半、つまりはバブル前夜は、前述の通り、今とは情報環境が全く違った。出版されている本からわずかの情報を得ていた。そして、それさえも誤りを含んでいた。つまり、赤衛隊事件を知ってもそれ以上の情報がないおいらにとって、わずかな情報も貴重であった。川本三郎がどうやらその事件にかかわっていたらしいとは知り始めていた。当時の出版物、栗本慎一郎、1985年刊行の『鉄の処女』にある;

川本三郎 一九四四年東京生まれ。東大法学部卒。朝日新聞社に入社、朝日ジャーナル編集部員のとき新左翼活動家をかくまったとして逮捕。朝日をクビになり、評論家。(以下、略)なお、この文章は月本裕氏という人のものらしい。彼はブログをやっていたが、数年前、"若死"にした。

貴重な情報ではあったが、事実誤認もある。「新左翼活動家をかくまった」のではなく、「証拠湮滅」である。

●一方、「あの時代」と彼らの1980年代での過ごし方については、1981年の呉智英センセの『封建主義、その論理と情熱』。彼の"処女"作だ。そこに、ちゃんと書いてある;

 また、仕事以外のふとしたきっかけで知りあった、会社員、公務員、あるいは家業を継いでいる商店主、こういったフツーの職業の、やはり同じくらいの年齢の人たちと会っている時、何がしかの前兆のあと、あの時代の話になりことがある。 そんな時、会話の底に流れるものは、照れくささ、こだわり、いらだち、である。
 あの時代。政治的にも文化的にも熱気がうずまいていた。全共闘だけにかぎっても、積極的に参加した人だけで一〇万人はいただろう。そういった人たちの、今”何もしていない”ことの照れくささ、しかし、絶対にまちがっていたとは思わないこだわり、では、どう発言したらいいのかといういらだち。こういう"潜熱"を孕んだ夥しい"不穏分子"が日常生活を送っているのだ。―
 呉智英センセの『封建主義、その論理と情熱』の「やや妄想的な あとがき」 1981年

もっとも、彼らの大半は「保守」化し、その後到来したバブル経済の「中核」を担い、そして、再び、崩壊した。そういう嫌味はともかく、1980年代初頭、がきんちょだったおいらは、10年前には「あの時代」があったんだと実感し、その内実を知りたく、いろいろ調べた。当時、10年前の「あの時代」というのは十代のおいらにとって、はるか昔に感じられた。でも今の年で10年前というとほんの昨日のような感覚である。

オマージュだったのか▼ その時代ブレイクしたのが浅田彰センセ。構造と力は1983年。その後の本が『逃走論 スキゾ・キッズの冒険』(1984年)。もちろん闘争論へのアイロニカルな表現。そして、当時京大の経済学の助手であった彼からの、その昔、同じく京大の経済学の助手であって、10年余り逃走・闘争していた滝田修へのオマージュなのだ。

2018/2/13 後述。 上記記載は間違い。 「構造と力」の1983年、浅田は人文研の助手。 ちなみに、この京大・人文研の浅田の登用は「助手試験」:フランス語だったとのこと(出典: 筑波学生新聞

■謎のK■ 話を「赤衛軍事件」に戻す。事件当時者の三人ともまだ生きている(はず)のだ。人殺しKは懲役15年とのことなので、もう出所しているはずだ。"転落"したそのジャーナリストとそのアカデミシャンは、その人殺しのKの動機を深く追求し記述していない。動機の追及はしていないはずはないに違いない。なぜなら、その動機でそのふたりは人生を棒に振ったのだから。でも、Kを非難、ましてや呪詛しているようでもない。直接Kに会って問い質すということもやっていないようだ。不思議だ。

それにしても、このKの動機は何だったのだろう?何かでかいことをしたいという虚栄心のなのだろうか?それで自衛官を殺したのだろうか?自衛官を殺せば世間の耳目が集まると踏んだのだろうか?それで、どうしたかったんだろうか?注目されたらそれでよかったんだろうか?全くもって、謎だ。

ただ明白なのは、Kはひとりのジャーナリストとひとりのアカデミシャンの"人生を棒にふらせて"、そして、二人を文筆業に"追い込み"、その事件の波及の結果を表現せしめたということだ。Kは、悪魔の編集者ということか。

2001年 20世紀も昭和も終わって、滝田修は、たけもとのぶひろの名で回顧録「副題、ならず者出獄後記」を出版(上記画像)。

雨をみたかい(訳詞付) / CCR


I wanna know, have you ever seen the rain
Coming down on a sunny day

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毎週、ぶどうの木の画像を撮っています; 13週目

2011年07月16日 07時59分21秒 | 草花野菜

 

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セシウムで汚れちまった梅を干す、そして、「宇宙村」の滅亡を希求する。

2011年07月14日 20時13分58秒 | 草花野菜

―汚れちまった梅の実を、自給率向上のため、セシウム塵吹きすさぶ筑波山麓で、社会から干されているおいらが、干す。―

 

■宇宙庁;しらなかったょ、そんなの;

みくびっていたょ、ジャーナリズム。ごめんよ、経済ジャーナリスト・山崎康志さん。

宇宙実験棟「きぼう」では、ろくな科学的成果がないって。

宇宙飛行士がでんぐりがえしばっかりやってるって。

そうだよ、まぬけなのは惑星探査機「はやぶさ」ばかりではないのだ。

今週の週刊東洋経済に書いてあったよ。「今の宇宙政策は、科学技術の仮面をかぶった公共事業。このままでは日本の宇宙利用は中国の軍門に下ることになる」、って。

本当のことじゃん。震災前からおいらは書いている。惑星探査機「はやぶさ」なんて、なんら科学的、技術的意義が、その使った税金に鑑みて、ないって。

JAXAの"はやぶさ"をめぐる情報操作は、福島第一原発の事故における東電や政府の情報操作と、同じ存立構造と効果をもたらしていることも本愚ブログでは書いてきた。この視点は、他のブログには見られないことである。

無駄な公共事業なんだよ。JAXAはじめ、それに群がって甘い汁吸ってるメーカーなど日本の「宇宙村」。

「原子力村」と同じだょ。

それにしても、茨城って、「原子力村」、「宇宙村」とか多いな。ろくなもんじゃねぇ。

惑星探査機、はやぶさ。震災のどさくさで気付かれていないが、はやぶさ2号の打ち上げが決まっているそうだ。

今度(こそ)は、炭素質隕石的物質が採れる小惑星へ!って。

じゃー、小惑星"イトカワ"はなぜ選定されたんだ? 

一体、全体、彼らには、

科学・技術の進展のための戦略があるのか?

もちろん、ないのである。

いきあたり、ばったり。

「宇宙村」の仕事が続けばいいのだ。

もちろん、商業的に成り立つ宇宙開発なんて、その身を賭けて、実現しようなんて考えたことなどねぇ。

的川尊師のように、税金使って、生涯年収数億円の人生が長期的に、のんべんだらりんと、送れるように、「宇宙村」のムラビトたちはこいねがっているのだ。

と、ねたみ・ひがみ・そねみで生きているおいらが、おもいついてみた。

もちろん、うらやんでいるのだ。

「役に立つこと ・お金になること」のために、まいぬつ、ブルジョアさまから、こづかれている、おいらのぐちさ。

 

 

 

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