いか@ 武相境斜面寓 『看猫録』

Across a Death Valley with my own Distillted Resentment

なぜ、鰯は埋葬されるのか?

2011年04月26日 19時18分51秒 | 欧州紀行、事情
 



ゴヤの『鰯の埋葬』。鰯が全然出てこない。どこが、鰯の埋葬なんだべ?

調べた。鰯の埋葬は、スぺイン語で、Entierro de la sardina。カーニバルの最終イベントらしい。鰯は祝祭の"過剰"の象徴であり、蕩尽されるべきものという役割らしい。焼いたり、埋めたりする。鰯は過去の象徴であり、それを葬ることは、社会の再生の象徴となるらしいのだ。

The "Burial of the Sardine" during carnival is celebrated on Ash Wednesday and is a symbolical burial of the past to allow society to be reborn, transformed and with new vigour.[1]wiki

 ネタ元
↑最近に至るまでずーっと行われているらしい、鰯の埋葬セレモニー

なすて、鰯なのかは、書いていない。

でも、全然関係ないはずの「オオバいわしの大漁だ 浜は祭りのようだけど 海の中では何万の いわしの弔いするだろう」と奇妙に共振する。
(関連愚記事;鰯(イワシ)のお昼寝

日―西、鰯―Sardine、こだまでしょうか? 恐るべし、金子みすず。

▼んで、このゴヤの『鰯の埋葬』はマドリッドにある。でも、プラド美術館ではなく、ソフィア王妃芸術センターでもなく、はたまたディッセン・ボルネミッサ美術館にもない。ゴヤの『鰯の埋葬』が展示してあるのは、サンフェルナンド美術アカデミーという美術館らしい。
コメント

ずっとウソだった(このブログ同様);"御用学者"考、あるいは、遊ぶ金欲しさ

2011年04月24日 19時11分55秒 | 日本事情

ずっとウソだった(歌詞掲載)

いまさらですが、中二病患者のおいらが、チャック・ベリー風イントロの、この曲を愚ブログに!

"御用学者"考、あるいは、遊ぶ金欲しさ、そして、ぼくたちの"おもちゃ"は危なくないんだぞ!


・嘘をつき続けてきた、果てに...。 歴史の法廷で、閻魔さまに抜かれるべき「舌」(べろ)。

■東京電力福島第一原発の事故の件で、"御用学者"問題が語られた。そもそも御用学者とは何だろう?とかの問題から議論があるらしい。「一度はなってみたかったな、御用学者」とうらやんでいる、無用なおいらも考えてみた。

御用学者とは何か?という問題はとりあえずかっこに入れる。なので、くちさがないネット童の間で御用学者とされている東京大学、早野龍五センセ(google; 御用学者)の発言を考えてみよう;


 ソース

これは3/11の発言。というか、他人のツイートを是認している発言。今から見れば、結果として核燃料は溶融して、燃料棒体は崩壊している。つまり、結果的に早野氏は見通しを誤ったわけだ。でも、地震発生当日のことであり、そもそも情報、原子炉の生データがない。見通しが当たらなくても、当然だろう。しかしながら、問題はそこにある。つまり、本当の学者は、「生データがないから判断できない」と発言するべきなのだ。それを、早野氏は甘い見通しを述べてしまった。



近づくどころじゃなかった。スリーマイルよりひどくなっちゃった

なぜ、甘い見通しを述べたのか?それは早野氏本人も、漠然とではあれ、原発は地震には耐えて安全であると思い込んでいたのだ。そして、なぜ、原子力に甘い見通しや認識を持っているかを推定する情報を示す。

遊ぶ金欲しさ、そして、ぼくたちの"おもちゃ"は危なくないんだぞ!


-文部科学省に原子力予算1000億余円が投入されている-

東京電力は原子力発電所の維持のための世論工作、宣伝活動に多額の金を使っていたことが、今回の事故で、改めて明らかになっている。有名人、文化人を工作員として宣伝活動を行ってきた。実はそんなことは小さいことで、マスメディア全体が電力会社の広告支出にどっぶり依存して生きてきた。今だって、あのうざいACの広告の出資者の筆頭は電力会社である。

さらに、東京電力の情宣活動も、実はかわいい方かもしれない。電力会社の原子力の安全管理を統括する(はずで、実際はできなかった)日本政府は、原子力政策維持のためにがんばっている。原子力政策のために原発周辺の自治体や住民に金を回していることはよく指摘されている。あんまり、指摘されていないのが、科学技術"道楽者"への資金援助。日本政府は原子力政策のために多額の研究開発費を投じている。でも、これらの予算は狭義の原子力技術の研究開発費に投じられているわけではないのだ。具体的には、日本政府傘下の日本原子力研究開発機構は、狭義の原子力技術の研究開発だけをやっているわけではない。

狭義の原子力技術のためになると謳われている"基礎"科学にも、結果的に、予算はまわっている。まわっているというより、"目的外"使用されている。基礎科学研究者、つまり道楽者(これは尊敬をこめたおいらからの呼称である;google)たちが、自分たちの道楽が実は、狭義の原子力技術の研究開発に関係ないことを知りながら、世間には関係あるフリをして、予算を獲得し、蕩尽しているのだ。

これだ⇒J-PARC 大強度陽子加速器施設

この実験施設では、基礎物理をやっている。でも、基礎物理ばっかりをやっていては、予算獲得の大義名分がないので、こういう看板も出している↓



どういうことかというと、「大強度陽子」を使って、放射性核物質、原子力発電所の「死の灰」の処理をするという大義名分を掲げているのだ。 核変換とは?

さて、早野龍五センセ。いたよ↓

http://nucl.phys.s.u-tokyo.ac.jp/hayano/jp/e17j-parc.html

そうなのだ、日本政府の原子力政策の波に乗って、予算(実験設備という資源)をせしめて、実験しているのだ。つまり、日本政府が原子力政策を放棄してしまえば、早野龍五センセの研究道楽は成り立たないのだ。なぜなら、原子力関連予算の中から文部科学省がせしめる1000億円の中から研究資金が出ているからだ。

(なお、この実験施設に大学共同利用機関法人 高エネルギー加速器研究機構研などが入っているから、原研とは違う"財布"で基礎物理は研究しているとの反論があるかもしれない。間違い。1000億円に色がついているわけではない。問題は1000億円を財務省からせしめるときに、国策の原子力政策に寄与すると「ウソ」こいていること。)

何が問題か?

別に、おいらは、「早野センセが日本政府の原子力政策の波に乗って、予算(実験設備という資源)をせしめて、研究道楽をしている」ことを批難したいわけではない。

早野センセは原子力発電所については、たぶん、あんまり知らなかったのだろう。もっていた認識は、原発は地震でも安全。もし、放射能が漏れても、許容範囲内といったところだろう。もちろんこういう認識は大多数の科学技術従事者、つまりは凡庸な人々の持っていた認識と同じだ。

問題は、たぶん善意から、自分が原子核物理学の専門家だから、蒙昧な庶民がいたづらに原発や放射能に怯えるのを憂えて、専門家として原子力について説明したのだろう。そして、その説明が超楽観的なものとなった。

あるいは、その動機が、「蒙昧な庶民がいたづらに原発や放射能に怯えるのを憂え」たばかりではなく、「蒙昧な庶民にいたづらに原発や放射能」の恐怖を植え付ける「"とんでも学者"」に対する憤りだったかもしれない。少なくとも早野twitterを拡散させた者どもの少なからずのメンタリティは、この「"とんでも学者"」狩り、ニセ科学狩り者であるとの印象をおいらはもっている。"ぼくたちのおもちゃは危なくないんだぞ!"と訴えたかったのだ。

▼「御用学者批判」批判

早野センセの一連のツイートを読むと、いい人そうだ。そして、助っ人もいる。「御用学者批判」批判。伊東乾氏の発言;

::理学部物理の早野さんは東大の学者として情報発信していない。彼は「余裕の人早野さん」と言って地球市民として己の思う通りにしておられる。彼を知る誰もが同意すると思う。僕は芸術音楽家で大学の思惑も関係なければヒモもついていない。人としてなすべきと思う事をしている迄。人間として当然の事。

::「原発推進派」とか「反原発」といったレッテルも大いに要注意。僕は今回の件で既存の原発大半を核兵器と同様に暫時廃絶してゆくべきものと考えるようになったけれど、いま稼動して社会を支えている奴を代替なしにすぐ停止せよと迄は断言できない。現実を直視しながらのソフトランディングが重要と思う


それでも、早野龍五氏や伊東乾氏を「御用学者」よばわりする人たちの気持ちを考えてみる。彼らは、早野龍五氏や伊東乾氏ののんきな態度が許せないないのではないだろうか?早野氏や伊東氏のその没批判的な態度。伊東氏が典型的に示すような、「僕は今回の件で既存の原発大半を核兵器と同様に暫時廃絶してゆくべきものと考えるようになったけれど、」という物言い。これじゃ、単なる経験主義者。じゃぁ、何のための学識や知識なのか?サイレントネイビー[日米開戦を前に帝国海軍は必敗をわかっていたが、陸軍を前に黙して開戦を容認した、という"神話"のこと]どころか、蒙昧ネイビー、だべさ。何かあったら、転向して生き延びる。典型的、日本えすたぶりっしゅめんと的メンタリティではある。

「御用学者批判」をする庶民の根拠は学者が次のような理念に悖ると判断したからではないだろうか?つまり、学者や知識あるものは、「自己の狭隘なイデオロギーや日常的意識を不断に反省する努力」をへて、起きてはならないことを事前に指摘し、善処すべきと世に問い質すべきであるという理念。ところが、起きてはならないことが生じてしまっても、学者や知識あるものの一部は、その管理者たる為政者を批判しなかった。だから、御用学者。日頃、偉そうに税金使っているくせに、どういうことか!という怒り。ならない警報機への不満。

でも、この庶民の「御用学者」への憤りが正当なものかは知らない。学者や知識あるものたちが「社会なんか知らないよ」という考えをもつことが許されないとされているかどうかという問題になる。事実、少なからずの食税研究者たちは、自分の研究さえできれば、「社会なんか知らないよ」という考えを、無自覚にでも、持っている(例えば、あの昭和20年3月9日深夜の東京大空襲の翌朝、空襲を免れた東京帝国大学理学部物理学教室は、通常授業を行っている;愚記事:罹災の巷低く見て、)。そんな彼らは、"活動家"が大嫌いだ。

そして、大御所;





物理学会誌2011年2月号より


でも、おまいら、~気づいていんだろう~!?

ずっと、嘘だったんだって....

それでも、見続けるのかょ~、このイカサマブログ~

コメント (1)

"御用学者"考、あるいは、遊ぶ金欲しさ、そして、ぼくたちの"おもちゃ"は危なくないんだぞ!

2011年04月24日 10時25分52秒 | 日本事情
東京電力福島第一原発の事故の件で、"御用学者"問題が語られた。そもそも御用学者とは何だろう?とかの問題から議論があるらしい。「一度はなってみたかったな、御用学者」とうらやんでいる、無用なおいらも考えてみた。

御用学者とは何か?という問題はとりあえずかっこに入れる。なので、くちさがないネット童の間で御用学者とされている東京大学、早野龍五センセ(google; 御用学者)の発言を考えてみよう;


 ソース

これは3/11の発言。というか、他人のツイートを是認している発言。今から見れば、結果として核燃料は溶融して、燃料棒体は崩壊している。つまり、結果的に早野氏は見通しを誤ったわけだ。でも、地震発生当日のことであり、そもそも情報、原子炉の生データがない。見通しが当たらなくても、当然だろう。しかしながら、問題はそこにある。つまり、本当の学者は、「生データがないから判断できない」と発言するべきなのだ。それを、早野氏は甘い見通しを述べてしまった。



近づくどころじゃなかった。スリーマイルよりひどくなっちゃった

なぜ、甘い見通しを述べたのか?それは早野氏本人も、漠然とではあれ、原発は地震には耐えて安全であると思い込んでいたのだ。そして、なぜ、原子力に甘い見通しや認識を持っているかを推定する情報を示す。

遊ぶ金欲しさ、そして、ぼくたちの"おもちゃ"は危なくないんだぞ!


-文部科学省に原子力予算1000億余円が投入されている-

東京電力は原子力発電所の維持のための世論工作、宣伝活動に多額の金を使っていたことが、今回の事故で、改めて明らかになっている。有名人、文化人を工作員として宣伝活動を行ってきた。実はそんなことは小さいことで、マスメディア全体が電力会社の広告支出にどっぶり依存して生きてきた。今だって、あのうざいACの広告の出資者の筆頭は電力会社である。

さらに、東京電力の情宣活動も、実はかわいい方かもしれない。電力会社の原子力の安全管理を統括する(はずで、実際はできなかった)日本政府は、原子力政策維持のためにがんばっている。原子力政策のために原発周辺の自治体や住民に金を回していることはよく指摘されている。あんまり、指摘されていないのが、科学技術"道楽者"への資金援助。日本政府は原子力政策のために多額の研究開発費を投じている。でも、これらの予算は狭義の原子力技術の研究開発費に投じられているわけではないのだ。具体的には、日本政府傘下の日本原子力研究開発機構は、狭義の原子力技術の研究開発だけをやっているわけではない。

狭義の原子力技術のための"基礎"科学にも、結果的に、予算はまわっている。まわっているというより、"目的外"使用されている。基礎科学研究者、つまり道楽者(これは尊敬をこめたおいらからの呼称である;google)たちが、自分たちの道楽が実は、狭義の原子力技術の研究開発に関係ないことを知りながら、世間には関係あるフリをして、予算を獲得し、蕩尽しているのだ。

これだ⇒J-PARC 大強度陽子加速器施設

この実験施設では、基礎物理をやっている。でも、基礎物理ばっかりをやっていては、予算獲得の大義名分がないので、こういう看板も出している↓



どういうことかというと、「大強度陽子」を使って、放射性核物質、原子力発電所の「死の灰」の処理をするという大義名分を掲げているのだ。 核変換とは?

さて、早野龍五センセ。いたよ↓

http://nucl.phys.s.u-tokyo.ac.jp/hayano/jp/e17j-parc.html

そうなのだ、日本政府の原子力政策の波に乗って、予算(実験設備という資源)をせしめて、実験しているのだ。つまり、日本政府が原子力政策を放棄してしまえば、早野龍五センセの研究道楽は成り立たないのだ。なぜなら、原子力関連予算の中から文部科学省がせしめる1000億円の中から研究資金が出ているからだ。

(なお、この実験施設に大学共同利用機関法人 高エネルギー加速器研究機構研などが入っているから、原研とは違う"財布"で基礎物理は研究しているとの反論があるかもしれない。間違い。1000億円に色がついているわけではない。問題は1000億円を財務省からせしめるときに、国策の原子力政策に寄与すると「ウソ」こいていること。)

何が問題か?

別に、おいらは、「早野センセが日本政府の原子力政策の波に乗って、予算(実験設備という資源)をせしめて、研究道楽をしている」ことを批難したいわけではない。

早野センセは原子力発電所については、たぶん、あんまり知らなかったのだろう。もっていた認識は、原発は地震でも安全。もし、放射能が漏れても、許容範囲内といったところだろう。もちろんこういう認識は大多数の科学技術従事者、つまりは凡庸な人々の持っていた認識と同じだ。

問題は、たぶん善意から、自分が原子核物理学の専門家だから、蒙昧な庶民がいたづらに原発や放射能に怯えるのを憂えて、専門家として原子力について説明したのだろう。そして、その説明が超楽観的なものとなった。

あるいは、その動機が、「蒙昧な庶民がいたづらに原発や放射能に怯えるのを憂え」たばかりではなく、「蒙昧な庶民にいたづらに原発や放射能」の恐怖を植え付ける「"とんでも学者"」に対する憤りだったかもしれない。少なくとも早野twitterを拡散させた者どもの少なからずのメンタリティは、この「"とんでも学者"」狩り、ニセ科学狩り者であるとの印象をおいらはもっている。"ぼくたちのおもちゃは危なくないんだぞ!"と訴えたかったのだ。

▼「御用学者批判」批判

早野センセの一連のツイートを読むと、いい人そうだ。そして、助っ人もいる。「御用学者批判」批判。伊東乾氏の発言;

::理学部物理の早野さんは東大の学者として情報発信していない。彼は「余裕の人早野さん」と言って地球市民として己の思う通りにしておられる。彼を知る誰もが同意すると思う。僕は芸術音楽家で大学の思惑も関係なければヒモもついていない。人としてなすべきと思う事をしている迄。人間として当然の事。

::「原発推進派」とか「反原発」といったレッテルも大いに要注意。僕は今回の件で既存の原発大半を核兵器と同様に暫時廃絶してゆくべきものと考えるようになったけれど、いま稼動して社会を支えている奴を代替なしにすぐ停止せよと迄は断言できない。現実を直視しながらのソフトランディングが重要と思う


それでも、早野龍五氏や伊東乾氏を「御用学者」よばわりする人たちの気持ちを考えてみる。彼らは、早野龍五氏や伊東乾氏ののんきな態度が許せないないのではないだろうか?早野氏や伊東氏のその没批判的な態度。伊東氏が典型的に示すような、「僕は今回の件で既存の原発大半を核兵器と同様に暫時廃絶してゆくべきものと考えるようになったけれど、」という物言い。これじゃ、単なる経験主義者。じゃぁ、何のための学識や知識なのか?サイレントネイビー[日米開戦を前に帝国海軍は必敗をわかっていたが、陸軍を前に黙して開戦を容認した、という"神話"のこと]どころか、蒙昧ネイビー、だべさ。何かあったら、転向して生き延びる。典型的、日本えすたぶりっしゅめんと的メンタリティではある。

「御用学者批判」をする庶民の根拠は学者が次のような理念に悖ると判断したからではないだろうか?つまり、学者や知識あるものは、「自己の狭隘なイデオロギーや日常的意識を不断に反省する努力」へて、起きてはならないことを事前に指摘し、善処すべきと世に問い質すべきであるという理念。ところが、起きてはならないことが生じてしまっても、学者や知識あるものの一部は、その管理者だる為政者を批判しなかった。だから、御用学者。日頃、偉そうに税金使っているくせに、どういうことか!という怒り。ならない警報機への不満。

でも、この庶民の「御用学者」への憤りが正統なものかは知らない。学者や知識あるものたちが「社会なんか知らないよ」という考えをもつことが許されないとされているかどうかという問題になる。事実、少なからずの食税研究者たちは、自分の研究さえできれば、「社会なんか知らないよ」という考えを、無自覚にでも、持っている(例えば、あの昭和20年3月10日深夜の東京大空襲の翌朝、空襲を免れた東京帝国大学理学部物理学教室は、通常授業を行っている;愚記事:罹災の巷低く見て、)。そんな彼らは、"活動家"が大嫌いだ。

そして、大御所;





物理学会誌2011年2月号より







コメント

毎週、ぶどうの木の画像を撮っています; 2週目

2011年04月23日 07時06分56秒 | 草花野菜

今週、まとまった雨がありました。今朝も降っています。その慈雨のおかげで、ぶどうの葉もでてきました。


借家の庭にはなみずきの木があります。花が咲いてます。ありがとう、会ったこともない、家主さん!


【いか@ 筑波山麓 『看猫録』】のアクセス・ランキング

アクセスとランキングの状況を表示します。ランキングは上位10000件まで表示されます。
過去1週間の閲覧数・訪問者数とランキング(日別)
日付 閲覧数 訪問者数 ランキング
2011.04.22(金) 741 PV 207 IP 6306 位 / 1570512ブログ
2011.04.21(木) 1243 PV 217 IP 6605 位 / 1570072ブログ
2011.04.20(水) 670 PV 175 IP 8716 位 / 1569587ブログ
2011.04.19(火) 519 PV 197 IP 6994 位 / 1569073ブログ
2011.04.18(月) 733 PV 176 IP 8838 位 / 1568652ブログ
2011.04.17(日) 659 PV 201 IP 6446 位 / 1568263ブログ
2011.04.16(土) 626 PV 214 IP 5591 位 / 1567911ブログ
過去3週間の閲覧数・訪問者数とランキング(週別)
日付 閲覧数 訪問者数 ランキング
2011.04.10 ~ 2011.04.16 4456 PV 1349 IP 7093 位 / 1567911ブログ
2011.04.03 ~ 2011.04.09 5938 PV 1576 IP 5450 位 / 1565140ブログ
2011.03.27 ~ 2011.04.02 5078 PV 1208 IP 8897 位 / 1561786ブログ
コメント

ばか学・愚術 大国日本;現実(うつつ)を抜かしてきた果てに

2011年04月21日 05時37分06秒 | 日本事情
    ― 「しかし、危険のあるところ、
       救うものもまた育つ」 ―


ハイデガー、『技術論』に引用されたヘルダーリンの言葉


福島原発事故に米国のロボットが出動。



Where are ours! おらたちのロボットはどこだ!?

ここにいるよ↓


左上;人間に近い外観・形態を持ち、人間に極めて近い歩行や動作ができ、音声認識などを用いて人間とインタラクションできるヒューマノイドロボット(#1
右下;バイオリンを弾くぬっぽんロボット
右上;放射能漂う原発施設で情報収集する米国ロボット
左下;水素爆発で瓦解したぬっぽん原発


■震災と原発事故の状況を受けて、科学技術予算乞食の方々はどうなさっているのでしょうか?
今こそ聞きたいですよね、この啖呵。 



でも究極の自己保身として"謝罪"してますね;
東京電力の福島第1原子力発電所の深刻な事故を受け、政府の原子力安全委員会の歴代委員長を含む原発推進派学者の重鎮たちが原発の「安全神話」崩壊に懺悔を繰り返している。特に元原子力安全委員長の松浦祥次郎氏や前原子力委員会委員長代理の田中俊一氏ら原発推進の学者16人がこのほど、異例の緊急提言を行った。 別に過去の報酬を返したり、年金を遠慮するわけでもないのですが。



    ― 「しかし、危険のあるところ、
       救うものもまた育つ」 ―


    
ぬっぽんずんを救うもの。

さすがだな、ハイデガー。そんなにぬっぼん通だったとは。やはり、日本に滞在する計画があっただけのことはある。

●"バルク金属ガラス"は、ちっちを救わず;


七十七銀、公的資金を検討#2

関連愚記事;侍毛バリに釣られてみる;あるいは、抗顔座食について

#2
「二重債務」など支援へ
記者会見する七十七銀行の氏家照彦頭取(中央)(18日午後、仙台市で)=安川純撮影

 東北の地方銀行最大手、七十七銀行(仙台市)は18日、東日本大震災の影響で、政府に公的資金の注入を申請する検討に入ったと発表した。すでに第二地銀の仙台銀行も同じ検討に入っており、東北の他の金融機関にも動きが広がる可能性がある。金融機関を通じて巨額の公的資金が東北経済に注入され、復興に官民がスクラムを組んで取り組むことになる。

 七十七銀の氏家照彦頭取は18日の記者会見で、「津波で施設の大半を失った企業もある」「家を失った人たちが抱える二重債務問題に手を差し伸べないと地域の復興はない」などと述べ、公的資金で財務を強化し、被災者・企業を支援する姿勢を重ねて強調した。

 同行では津波の被災地域の企業や個人に約4000億円の貸し出しがある。このうち、被災状況が激甚な地域で480億円、それ以外の地域でも70億円の損失が見込まれるという。

 この影響で同行は2011年3月期に戦後初めて赤字に転落する見込み。未曽有の大災害は、健全経営とされてきたトップバンクの業績も大きく揺るがした。同行が地盤とする本県や東北地方の経済は、なお回復に時間がかかるとみられ、12年3月期の業績も予断を許さない。

 公的資金の申請検討について、東北財務局は「被災企業は厳しい状況に直面しており、十分な資金需要に応えるため歓迎したい」(金融監督第1課)と話した。
コメント

今日の看猫 2011/4/19

2011年04月19日 07時19分55秒 | ねこ


■"天災"と"失"と"殺意"の間には.....


栃木県鹿沼市でクレーン車が歩道に突っ込み小学生6人が死亡した事故#1;

うぎゃ~、と思ったが、なぜか、池田付属小学校事件を思い出した。

あの事件では、がきんちょ、がなんぬん(何人)すんだ(死んだ)んだべ?と思って、調べるに、

8ぬん(人)だった(wiki)。

うーん。

津波で大量死した、大川小学校のがきんちょ、過失で死んだとつぐ(栃木)のがきんちょ、悪の殺意で死んだ大阪のがきんちょ、...

どのように、史書に書かれるべきであろうか?.....



#1

出勤10分で会社出発=容疑者の前日行動捜査-児童6人死亡、クレーン車事故・栃木

 栃木県鹿沼市でクレーン車が歩道に突っ込み小学生6人が死亡した事故で、運転手柴田将人容疑者(26)は勤務先の工事会社へ早朝出勤した約10分後にクレーン車を出発させ、直後に事故を起こしていたことが20日、同社への取材で分かった。
 柴田容疑者は前日が休みだった。調べに対し「運転時は居眠りしていた」と供述しており、県警鹿沼署は同容疑者の前日の行動を詳しく調べる。
 勤務先の工事会社によると、同容疑者は18日午前7時半ごろ、鹿沼市の同社事務所に出勤した。約10分後にはクレーン車に乗り、近くの建設現場に向かうため出発した。(2011/04/20-21:05)
Ads by Google

YouTube 視聴をスピードアップgoogle.co.jp/chrome
Google が開発した無料ソフト "Chrome"でストレス無いYouTube 動画閲覧

コメント

帰化、あるいは、the first Hibakusha

2011年04月17日 20時19分02秒 | その他

今年もうれしい、オオイヌノフグリ

― 相互に無関係な要素をたくさん集め、シェーカーに入れて振ってみても、とても物理・化学というカクテルがつくれるわけはない。物理・化学の形成という問題を大雑把に考えただけでも、広い世界のなかで、また長い歴史のなかで、この学問は、ロンドン、ベルリン、ウイーン、パリを結ぶ小さな四角形のなかだけで創造され確立されたのだ、というきわめて明らかな事実がはっきりしてくる。―
オルデカ、『大衆の反逆』、第一部、9 原始性と技術

なぜ、ぬっぽんずんが、科学や技術を、その成果は別として、熱心にやっているかというと、科学と技術が国運の興隆を左右しているという信念に基づくものなのだろう。明治維新以来そうだ。明治新政府は、まずは、ヨーロッパからの文明の"パクリ"から始めた。オルテガセンセによると、物理や化学という学問は、"ロンドン、ベルリン、ウイーン、パリを結ぶ小さな四角形のなかだけで創造された"ものである。物理や化学の誕生にぬっぽんずんは関係ない。誕生には関係ないが、その後の物理、化学の成長には、"ロンドン、ベルリン、ウイーン、パリを結ぶ小さな四角形"外としては、米国に次いで、貢献しているだろう。パクリぐせの面目躍如だ。

箱庭科学、あるいは、地獄科学】

科学とは自然に関する人間の知見である。上記オルデカの言及は実験科学についてのものだ。"ロンドン、ベルリン、ウイーン、パリを結ぶ小さな四角形"で発展した科学の特徴は、実験科学。つまりは、ものをいじくって、その性質を理解する。「その性質を理解する」とは上品なことで、実験は元々は錬金術に由来する。

(ところで、のちにカントに哲学を整備させねばならない原因となったのはニュートンの古典力学。このニュートンの古典力学を延長すると、ラプラスの悪魔(wiki)の跋扈を許す。つまり、ぬんげんは完全に自然の中に埋め込まれ、ぬんげんの運命は決定されているのであり、自由意思なぞない、という信念に至る。でも、そのニュートンは"実は"錬金術師だったらしい。つまりは、金への意志を思う存分、自由に発揮していたのだ。)

そして、カントは「物自体」ということを言い出した。人間が見て取れるものの背後にあるもの。人間は現象を見て取るとき「因果律」という枠組みで見て取る。その因果律の枠組みで見て取ることが「科学」だ、と。

でも、このカント的"見て取る・科学"は、ケプラー的、あるいはガリレオ的、天体観測系の科学であろう。

上記、オルテガの言及するのは実験科学。ポスト・カントだ。ポスト・カントといえば、ヘーゲルだ。ヨタとしてイメージ文章を抜き書きする;

カントにとって問題だったのが見てとることによって知ることだったとすれば、ヘーゲルにとって問題なのは手を加えて作り直すことによって知ることなのだ、と言ってもいいだろう。#1


これを比喩として理解のための補助線とすると、実験科学とは「手を加えて作り直すことによって知ること」に近い。実験技術は、今日の原発に象徴される生産技術の原始的な萌芽である。ここで萌芽とは実験技術がラボスケールで物理的にサイズが小さいというばかりではなく、技術で自然に手を加えて、自然を理解するというマインド(精神)を操作主体が持つことである。そして、最終的には、自然をexploitする。

実験とは、自然を理解することである。そして、実験の中核は、実は理論よりも、技術なのである。ハイデガーも言っている;技術は開蔵のひとつの方法である、と。

そして、重要なのは、この"ロンドン、ベルリン、ウイーン、パリを結ぶ小さな四角形"で確立された科学は、自然を実験室に"連れ込んで"、安心していじくりまわすことだ。そもそも選ぶ対象は人間様が決める。自然の方から、この俺様を研究してくれと実験室に飛び込んでくることはない。ヨーロッパ科学者は主体的であることが許されるのだ。なぜななら、自然がマイルドだから。地震もなければ、台風も来ない。もちろん、津波なんてみたこたね。もっとも、大河の氾濫はあるな。大陸って実は高度が案外低い。でも基本的には箱庭的自然だ。ヨーロッパ文明の半身のヘブライニズムのイメージは荒野、不毛。でも、自然から積極的に襲いかかってくる地震や津波のような現象は案外ない。ヨーロッパ科学は坊ちゃんの科学なのだ。自然に対する認識は甘いのではないか?だから、実験室に連れ込んで何かしようという近世・近代科学が可能となった。

ぬっぽん(日本)列島ですっぱい(失敗)すた原発技術;だって、地獄なんだもの。

我らが日本 劣等 列島で、原子力発電所の制御の失敗が生じたきっかけは地震と津波である。もちろん、その失敗は運営者のまぬけさに責任があるのだが、本愚記事では、なぜ、ぬっぽんずんがまぬけな原発運営者にならざるを得なかったについて、ちょっぴり思いつきを書く。

"ロンドン、ベルリン、ウイーン、パリを結ぶ小さな四角形"の地域には地震は有史以来大きな地震は起こらないのだ。一方、おいらは以前から、書いている。その成因を無視した文明・文明を安易にパクッて、ぬっぽん列島で安直に使うと悲劇るって。

つまらないたとえ話なんだけれど、初めて西洋に行って蛇口をひねればすぐ水が出る水道出口を見た日本人が、水道器具屋で水道の蛇口・水道出口を買って帰国。自分ちの台所の壁に穴をあけて押し込んで、蛇口をひねって、「水が出ないぞ!」と激怒したというネタは有名(←じゃねぇーよ、いか@サマ野郎が今作ったんだろうに)。
 (愚記事;伊藤之雄、『伊藤博文』

でも、こんなこと、大昔から漱石センセが言ってんだよね;「亡びるね」って(愚記事;「滅びるね」 @浜松駅 )。

今回の原発の悲劇は、地震や津波のことを無視して、つまりはぬっぽん列島で生きることとはなんであるかということを忘れ、文脈を無視して、GE製の原子炉を買って、インストールして、十分な設備補充をせずに使ってきたことにある。有史以来大きな地震がない地域の文化・文明、それも地震や津波という自然を考えるはずの科学を、文脈を考慮せず、だまでパクッた(dead copy)せいだ。いまでもなくぬっぽん列島の地下は地震の源の巣窟である↓。

#2

ロンドン、ベルリン、ウイーン、パリの地下の震源分布図があったら(ネット上で見つからなかった)、真っ白だよ。"ロンドン、ベルリン、ウイーン、パリを結ぶ小さな四角形"の地域の人間に立ち現われる自然と、ぬっぽん列島で立ち現われる自然は大違いなのさ。


地獄で、科学・技術

パリで出現した、the first Hibakusha

で、上のヨタを書いていて気づいたんだけど、キュリー夫人でポーランドという辺境から"ロンドン、ベルリン、ウイーン、パリを結ぶ小さな四角形"にやってきて、さんざん実験して、ノーベル賞とって、そして、実験の被曝がもとで白血病で死んだ、the first Hibakushaなんじゃないか、ということ(google)。「自然を実験室に"連れ込んで"、安心していじくりまわすこと」が、"ロンドン、ベルリン、ウイーン、パリを結ぶ小さな四角形"の流儀なはずだが、彼女は、放射性物質を持ちこんだ。もちろん、キュリー夫人は天然の放射性物質の抽出をしたわけで、原子力発電の核連鎖反応の研究をしていたわけではない。でも、放射線を浴びて白血病で死んだ。放射線の生物への効果に関する知見が薄かったからだ。ってか、人類で初めて放射性物質に取り組んだからだ。The first Hibakusha。

彼女の実験室はパリのキュリー博物館として、そのままの姿で保存されている[53]。マリの残した直筆の論文などのうち、1890年以降のものは放射性物質が含まれ取り扱いが危険だと考えられている。中には彼女の料理の本からも放射線が検出された。これらは鉛で封された箱に収めて保管され、閲覧するには防護服着用が必須となる[76]。また、キュリー博物館も実験室は放射能汚染されて見学できなかったが、近年除去が施されて公開された。この部屋には実験器具なども当時のまま置かれており、そこに残されたマリの指紋からも放射能が検知されるという[53]。(wiki;マリ・キュリー

ところで、なんの因果か、地球上で1986年以来四半世紀ぶりに人工的放射性物質が撒き散らかされた今年2011年は、<国際化学年>だそうです。理由は、2011年という年が、マリア・スクロドフスカ=キューリーにノーベル化学賞が授与されてから100周年にあたるからです。



<国際化学年>。住友化学の米倉弘昌代表取締役会長はおっしゃいますた;「千年に1度の津波に耐えているのは素晴らしいこと。原子力行政はもっと胸を張るべきだ」。もちろん、住友化学も国際化学年を協賛しています(google)。

キュリー夫人はマリ・キュリーというが、大人になって名を変えてマリにした。元々はマリアだ。キュリー夫人の出身はカトリックの根強いポーランドなので、マリアと名づけられたのだろう。やはり、被曝のマリアである。


the first Hibakusha@Polish;出口なし


@Japanese;海を出口に

▼そして何より、おいらが大好きな、オオイヌノフグリこそがヨーロッパからの帰化植物であると、最近知っただよ。
こっちの方が原産、本家だったのだ⇒ノルウェイでもイヌノフグリ




#1;浅田彰、『構造と力』、第二章 ダイアグラム、2 構造とその外部―弁証法的相互作用
#2;http://members3.jcom.home.ne.jp/mizut/column/02jishin/jishin.html

コメント

毎週、ぶどうの木の画像を撮っています; 1週目

2011年04月16日 08時07分54秒 | 筑波山麓


毎週シリーズが安定しません。先週のスイスチャードは今週、消えました。新たに耕され、かつ、ハウスが"建設"されたからです。きゅうり、なすの苗が植えられました。別に、放射能を浴びるのを恐れて露地ものを忌避したわけではないのですが....。

毎週画像を撮っていますシリーズは、夏まで長続きしそうな、ぶどうにすることにしました。ぶどうは大量に採れて、砂糖をわざと加える必要もなく甘いジュースができます(事例)。





借家にはツツジが鮮やかに咲いています。ありがとう、会ったこともない、家主さん。


【いか@ 筑波山麓 『看猫録』】のアクセス・ランキング

アクセスとランキングの状況を表示します。ランキングは上位10000件まで表示されます。
過去1週間の閲覧数・訪問者数とランキング(日別)
日付 閲覧数 訪問者数 ランキング
2011.04.15(金) 634 PV 190 IP 7399 位 / 1567540ブログ
2011.04.14(木) 690 PV 185 IP 7356 位 / 1567145ブログ
2011.04.13(水) 576 PV 176 IP 8471 位 / 1566742ブログ
2011.04.12(火) 702 PV 200 IP 6679 位 / 1566345ブログ
2011.04.11(月) 568 PV 182 IP 8109 位 / 1565951ブログ
2011.04.10(日) 660 PV 202 IP 6230 位 / 1565540ブログ
2011.04.09(土) 801 PV 189 IP 7326 位 / 1565140ブログ
過去3週間の閲覧数・訪問者数とランキング(週別)
日付 閲覧数 訪問者数 ランキング
2011.04.03 ~ 2011.04.09 5938 PV 1576 IP 5450 位 / 1565140ブログ
2011.03.27 ~ 2011.04.02 5078 PV 1208 IP 8897 位 / 1561786ブログ
2011.03.20 ~ 2011.03.26 11699 PV 1380 IP 7554 位 / 1558153ブログ
コメント

鰯(イワシ)のお昼寝

2011年04月14日 07時09分45秒 | 日本事情


大災

地震、津波だ、大災だ

ぬんげん(人間)さまの大災だ

浜は地獄のようだから

岡の上では何万の

ひとが弔いするだろう


浜は地獄のようだけど

海の中では何万の

いわしがお昼寝するだろう

----------------------------------------------------------
画像;うちあげられた漁船。ネット上からのパクリ
本歌;金子みすず、大漁

追記; 朝のヨタを、夜に修正;朝令暮改。

"いわしがお昼寝するだろう"はヨタだったかもしれない。今日、昼間、つまりは今朝のヨタブログを投稿した後、茨城県海岸地域である、鹿島臨海工業地帯で働くひとに会った。彼が言うには、カラスの大群がすごかったと。すなわち、鹿島地域でも津波があった。そして、陸上に打ち上げられて跳ねあがる断末魔の魚たちをめがけて、カラスが大活躍したとのこと。

浜は地獄のようだから

岡の上では何万の

さかなも弔いするだろう


だったのだ。

これも、おいらの貧弱な想像力、想定する力のなさに起因するものだ。

想定外と言いつのって責任逃れに必死な"原子力村"の田吾作どもを嘲笑する権利なぞ、おいらにはありはしない。

さて、これを踏まえて、想像力と想定する力を駆使すると、荒浜や野蒜海岸に打ち上げらた屍は少なからず、カラスにつつかれたのであろう。恐ろしい話だ。

そして、福島第一原発周辺の立ち入り禁止区域の収容されない屍たちは、みんなカラスの大群に.....。

旧香取海地域の惨状;

同じく、鹿島臨海工業地帯で働くひとに聞くに、利根川沿い、あるいは霞ヶ浦周辺地域の家屋損壊が甚大とのこと。これは、全国的にあまり報道されていないことだ。これら元々海だった地域は地盤が軟弱なのだろう。だから、甚大な家屋被害。東北の津波や福島の原発事故の影に隠れている。これら、地震の被害が大きい地域は、旧香取海地域なのだ。香取海って?ほんの800年ほど前まであった海↓(wiki);



特に、近世以降、これら地域を干上がらせ、人々が住むようになった。なにより、家康による利根川東遷(wiki)は、江戸から、この旧香取海に、坂東太郎を追放することに他ならなかったのだ。そして、それにより、この香取海を淡水化した。

関連愚記事;
おいらは「地理」をどう見ているのか
小谷野敦さんに関する思いつきメモ II

▼追記2;









コメント

道すがらの白黒ねこ

2011年04月12日 19時51分35秒 | ねこ

―朝、バイト先に行く途中、畑を散歩する猫をみた。―

■朝一、ニュースチェックしたら、いきなり、レベル7! やはり、という気持ちと、今なぜ!?、という気持ちとやはり+隠しきれなかったんだな、など複雑な気持ち。一万テラには、嗤ってしまった。あー嗤えてきた[$1]。 でも、10ペタって言っても、何ケタか誰もわからないしね、と思うと、なお、嗤えた。フジテレビ・秋元某女史の気持ちになれた。それにしても、依然として原子力安全委員会が放出放射線量/放射能の算出根拠となる生データを明らかせず、結果の数値だけを出していることに驚きと怒りを覚える。そして、保安院との算出結果の違いの根拠を示さないこと、さらには、マスコミがそれを問い質さないことにも驚きと怒りを覚える。それにしても、はしごをはずされた恰好となった、"御用"学者のみなさまはどんな御心境なのだろうか?

[$1](フジテレビ女子アナ、「脆弱」を「きじゃく」と読む…ネットで話題に) すごいぞ!秋元優里、加藤周一センセに近づいた!"教養"人だ!


経団連会長、「原発賠償は国の責任」 東電国有化論は一蹴#1

経団連会長がおっしゃいますた;

東電の経営体制については、原子力の安定供給体制を維持するため「法律に基づき国は東電を民間事業者として全面支援すべきだ」と語り、政府内の一部で浮上している東京電力の国有化論を一蹴(いっしゅう)した。また、福島第1原発の損傷についても「原発は国によって安全基準が定められ、設計、建設されている」と指摘、国の安全基準が甘かったとの認識を示した。 

これは、怖いゾ。返り討ちに遭うぞ、ブルジョアさま。つまり、政府の管理責任を問うているのだが、もしこの論理を政府=つまりは官僚が逆手に取ると、政府が民間企業を完全に統制できる。安全を大義名分にして。無茶な安全基準をどんどん押しつけてくる。本当の民間主義者であるなら、政府は一切安全に干渉するな!安全は我々民間で実現する!という意気込みでなければいけない。自己責任!って言っていた時期が、遥か昔のようだ。

米倉経団連会長のもの言いは、論理としては、それなりに筋が通っている。でも、そうなら、政府の統制なしには、経団連企業は"禁治産者"であると宣言したに等しい。結局、政府・官僚の経済統制を助長している。

こうなった理由は、東京電力が原子力発電所を制御できなかったからに他ならない。もっとも、東電が想定を広げて、地震対策、津波対策の設備の充実をしようとしたが、政府・官僚に妨害されたという事実があるならば、米倉経団連会長の言い分は説得力がある。

懐かしい、"自己責任"。

野中広務さんが、小泉純一郎の政策を真っ向から批難してきたことは有名。政治路線でいうと、ネオリベ路線。その中心思想として庶民に有名なのが、自己責任論。でも、おいらが、大臣から「自己責任!」と聞いたのは、小渕内閣の時の有馬文科大臣。JCOの臨界事故の時、事故について「マニュアルに従わなかったのが悪い。作業は自己責任!」と言っていた。小渕内閣の官房長官は野中広務に他ならない。さらには、JCO臨界事故では陣頭指揮にあたり、常磐高速道を止めたり、危険地域を広くとったり奮闘していた。今では知っている人は知っているが、いわゆる小泉路線というのは小渕内閣の頃から始まっていたのだ。

こういう、JCOの臨界事故の責任を民間に負わせる政治思想を歓迎しているかと、おいらが思っていた、経団連らブルジュアさまが、今では、「原発は国によって安全基準が定められ、設計、建設されている」と指摘、国の安全基準が甘かったとの認識を示した。アイン・ランドのいう"利己主義という気概"とは違った、ホントに幼稚な利己主義にびっくりした。

■今回の騒動の事情分析で似たものが2つ;

松本徹三、より強く意識すべき「世界のコンポーネントとしての日本」
現代史家・秦郁彦、 原発処理、もう米国に頼みたい

松本曰く;強さは、平均的な日本人が天性持っている「我慢強さ」と「誠実さ」であり、これは草の根レベルで遺憾なく発揮された。多くの善意に溢れる人達が現場で頑張り、臨機応変に対応して結果を出した。一方、弱さは、一言で言えば、「リーダーシップの欠如」であり、これは「構想力と組織的な対応力の不足」「決断の遅さ」などという形で現れた。

例は悪いが、これは先の大戦での米軍による日本軍の評価と一致している。米軍の幕僚は、戦場における日本軍の臨機応変の対応力と忍耐力は高く評価しつつも、上層部が指導するワンパターンの戦略と戦術は全く評価していなかった。


秦曰く;1939年に、満州国(現在の中国東北部)・モンゴル国境のノモンハンで、日本の関東軍と旧ソ連軍が戦った。双方とも2万余の死傷者を出して停戦になったが、ソ連軍指揮官のジューコフ将軍は敵の日本軍について、「下士官兵は優秀、下級将校は普通、上級幹部は愚劣」と評した。

 この“3段階評価”は、戦後の日本社会にもあてはまりそうだと考えていたが、今回の東日本大震災、なかでも福島第1原発事故への対処過程を眺めていて、さらにその思いを強くした。


日本の先進諸外国に比べ著しい特徴はエリートがバカである、ということである。とおいらも以前から言っている。もちろん、立派な気概に基づくものではなく、ねたみ・ひがみ・そねみに基づくものであることはいうまでもない。




#1;
経団連会長、「原発賠償は国の責任」 東電国有化論は一蹴
2011.4.11 19:01

 日本経団連の米倉弘昌会長は11日の会見で、数兆円規模にのぼるとみられる福島第1原発の賠償責任について、「原子力損害賠償法には大規模な天災や内乱による事故は国が補償するとある。国が全面的に支援しなくてはいけないのは当然だ」と強調した。

 米倉会長は原子力損賠法が想定した「大規模な天災」について「関東大震災の3倍規模」とした法律制定時の国会答弁を例示。そのうえで、「今回は30倍」であるとし、国の全面支援は当然との認識を示した。

 東電の経営体制については、原子力の安定供給体制を維持するため「法律に基づき国は東電を民間事業者として全面支援すべきだ」と語り、政府内の一部で浮上している東京電力の国有化論を一蹴(いっしゅう)した。また、福島第1原発の損傷についても「原発は国によって安全基準が定められ、設計、建設されている」と指摘、国の安全基準が甘かったとの認識を示した。

 一方、「政治家が国有化という言葉を使っただけで、どれだけ東電の株価が下落したか」と非難。海外にも広がっている放射能の風評被害についても、「もっと正しい情報を発信するとともに、場合によってはWTO(世界貿易機関)に提訴すべきだ」と語った。
コメント