どうも、新3年目の良心ことナガサカです。
特急北斗に乗って函館に向かっているわけですが、物思いにふけっているといろいろ思い出したので書き散らしていきます。
あれ?
31日に三科さん家で投稿したはずなんですができてなかったみたいです。。
というか吉岡さんラストブログ書かない系ですか?
ちょっと長いかもしれないので、切り取り線を、、
✂️------------------ーー-
受験直前に泊まっていたホテルで北大生と話そうにいた櫻田先輩(新4)と話をしたことからボート部人生はスタート。
もともとボート部に入るつもりはなかったこと。そもそも知らなかったです。
たまたま歩いていた人に恵迪寮まで案内してもらったこと、あとからそれが橋本さん(新4)だったと気づいたこと。
6月にzoomでお魚体幹に参加していたら、「入部しますか??」と全員の前で断れない雰囲気で今村さん(いたら6)に言われたこと。断る気はなかったけど怖かったです。
特急北斗に乗って函館に向かっているわけですが、物思いにふけっているといろいろ思い出したので書き散らしていきます。
あれ?
31日に三科さん家で投稿したはずなんですができてなかったみたいです。。
というか吉岡さんラストブログ書かない系ですか?
ちょっと長いかもしれないので、切り取り線を、、
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受験直前に泊まっていたホテルで北大生と話そうにいた櫻田先輩(新4)と話をしたことからボート部人生はスタート。
もともとボート部に入るつもりはなかったこと。そもそも知らなかったです。
たまたま歩いていた人に恵迪寮まで案内してもらったこと、あとからそれが橋本さん(新4)だったと気づいたこと。
6月にzoomでお魚体幹に参加していたら、「入部しますか??」と全員の前で断れない雰囲気で今村さん(いたら6)に言われたこと。断る気はなかったけど怖かったです。
そんなこんなで入部したこと、新トレの岡崎さん(いたら6)、奥田先輩(新4)、先に入部していた久我(新3)、大西(新3) 、吉岡(新3)、吉田(新3)、久保田(新3)に迎え入れられたこと。新歓なしで入部した異常な奴らだと思われていたこと。
おっきい艇はクジラみたいでかっこいいな、マイクってかっこいいなって思ってCOXを目指したこと
自粛が緩まって初めてシングルに乗ったこと。風に流されて緩衝レーンに突っ込んでモーターに乗っていた岡崎さんに叱られたこと。沈はしてないです。
初めてCOXとして艇に乗ったのは8月の末。新人のJOYフォア、大西、久我、吉岡、吉田、COXとしてナガサカ、の後ろに奥田先輩。
2回目の乗艇(漕手は変わってたかも)で奥田先輩に助けを求めたら「今日は自分で考えてみて(真顔)。」と突き放されたこと。
おっきい艇はクジラみたいでかっこいいな、マイクってかっこいいなって思ってCOXを目指したこと
自粛が緩まって初めてシングルに乗ったこと。風に流されて緩衝レーンに突っ込んでモーターに乗っていた岡崎さんに叱られたこと。沈はしてないです。
初めてCOXとして艇に乗ったのは8月の末。新人のJOYフォア、大西、久我、吉岡、吉田、COXとしてナガサカ、の後ろに奥田先輩。
2回目の乗艇(漕手は変わってたかも)で奥田先輩に助けを求めたら「今日は自分で考えてみて(真顔)。」と突き放されたこと。
え、まだ2回目ですよ!
ブイパコしまくっていたら「次の1000mはブイパコしないようにね(真顔)。」と言われたこと。後ろから威圧感を感じたこと、この日は怖くて顔を合わせられなかったこと、、、、色々ありましたねー。
はじめての大会市民レガッタには出られなくてモーターでぷかぷかしてたこと。練習時から大会まで指をくわえて見ていたのを覚えています。
あと藤田さん(いたら6)と船山さん(新4)のエイト2杯を見て「はやー」って思ったこと。
しばらくして橋本さん、三科さん(新4)、伊藤さん(新4)、菅野さん(新4)のフォアに乗せてもらったこと。菅野さんがほぼ毎回遅刻してきたこと、勢雄のラダーが全然効かないこと、トップに乗ってビチョビチョになっていたこと、ヒーター前がCOXのたまり場になっていたこと、、、
なぜかトレボの前で撮った写真
僕らより謎なタイミングで入部した岩本(新3)とひなたちゃん(新3)
最後にhead of Baratoに出たこと。漕いでみたくて朝練で漕手として乗ってみたらクビになって結局COXとして出たこと。漕手として出ていたら伊藤さんが世界最重量COX(多分)になっていたこと。クルー名が「パーフェクトフラッツ」だったこと。なんやかんやで3位だったこと。
あっという間に納艇が終わって冬練に入ったこと。BCPレベルが上がってトレセンが使えなくなったこと。隣にトレセンあるのになーって思っていました。冬練であつきさん(いたら5)、岩崎さん(新5)、のだしょーさん(いたら5)、古田さん(新4)、久我といういろんな意味で訳がわからないグループにぶち込まれたこと。練習報告を真面目に出してくれた久我と入れ替わりで豊枝さん(新4)が入ってきたこと。豊枝さんは練習報告を出してくれなかったです。仕事ほとんどなかったです。
練習がないうちに体重を55キロ以上にしようと思って食べてたこと。開始が50.4で終了時55.5でした。乗艇が始まってまた減りました。脂肪で増やしても減るよね。
艇庫が開く直前に地崎さん(新4)からの電話で号泣したこと。ここに書くと長くなります。詳しいことは4/12のブログにあります。
乗艇が開始してエイトに乗っていたこと。練習からの新歓が体力的にキツかったこと。エイトはやっぱりいいね。でも艇速出てなかったです。キレイさを目指すのは間違ってたです。個人的にキャッチの「ガッ!」っていう感覚が一番好きです。
緊急事態宣言が出たこと。艇庫開いてから1ヶ月しか経ってませんでした。
自粛があげて国体予選に2ndフォアで出たこと。はじめての大会でした。体重が55キロに足りなくて必死で食べて3キロ増やしたこと。でも結局足りなくてデッドウェイトもらったこと(100g)、真太郎さん(いたら5)に助けてもらいながらレースをしたこと、その節はお世話になりました。
初めてたくまさん(いたら5)に会ったこと、、、
ぎちゅうさん(いたら5)から「小林はな、この車(バイトの時に使う車、ターレ)から落ちて骨折ってるから気をつけろよ(笑)。」とバイトの時に言われつづけ、車から落ちた人という印象だったことはナイショです。
国体予選が終わって、インカレ裏のオッ盾に2ndエイトとして出場させてもらうことになったこと。この経験をもとに新人戦で暴れ回ろうと思っていたこと、初めてクルーを作る経験をしたこと、オッ盾がなくなってインカレに出場することになったこと。プレッシャーがすごかったけどつくもさん(いたら5)がいるし、新人戦に向けて頑張ろうと思っていたこと、でも病みかけて練習報告をあげる時間帯が遅くなっていたこと、新人戦でマネの納谷(新2)がCOXをやると聞いたこと。勝手に親近感を覚えていました。
同時並行で新人戦についても
対校は付きフォアで当時のエルゴのクルー平均は6:55だから準決勝は十分狙える、うまくかみあえば順位もつく。エンジンの性能は十分だからあとは自分の頑張りで全てが決まると意気込んでいたこと。
サイド差が大きく、いろいろ資料を漁った結果、クルーが組まれたらイタリアンリグを試してみようと結論に至ったこと。
インカレが延期になって新人戦がなくなったこと。
ボートが嫌いになりましたね。ここに書くと長くなります。詳しいことは8/23のブログにあります。伊藤さん(新6)の前でガチ泣きしたこと。「うわ、ガチやん」と引かれたこと忘れてないです。デリカシー。
COXの先輩方に慰めてもらったこと、あの時は「やめないです」って言っていましたが、自粛期間中に気持ちを切り替えられなかったら2ndを降りようと思っていたこと、ボート以外のあらゆることをして目を背けようとしていたこと、
ボート部やめればラクになるなとかじゃあインカレの2ndはどうなるんだ?とか考えてはよく分からなくなって考えるのをやめたり、いろんな人から長文のLINEが送られてきて悩んだり、淡々と貼られる久我と吉岡の練習報告を見て新人戦がなくなって辛いのは同じなのに何でこんなにできるんだよって不思議に思ったり、こんなに頑張ってるのに合わせる顔がないなって思ってzoomのビデオをオフにしたり、戸田にいる未来が見えなくて北海道から応援してるよとか勝手に思ったり、、、
1ヶ月の活動自粛で気持ちを切り替えられたわけではないですが、結局10月1日には茨戸にいましたね。
そこからエルゴが回るあべたい(新3?)と純大(新3?)、怪我で選考から漏れていた佐々木さん(新4)が再選考にかかって、当時4年目だったつくもさん、真太郎さん、大平さん(いたら5)を蹴落としてクルーに入ったこと。エルゴは圧倒的にあべたい達のほうが速いけど経験値が大きく下がるなって不安になったこと、でも戸田で速いクルーを作ることが目的であると切り替えて臨んだこと。
ボート部やめればラクになるなとかじゃあインカレの2ndはどうなるんだ?とか考えてはよく分からなくなって考えるのをやめたり、いろんな人から長文のLINEが送られてきて悩んだり、淡々と貼られる久我と吉岡の練習報告を見て新人戦がなくなって辛いのは同じなのに何でこんなにできるんだよって不思議に思ったり、こんなに頑張ってるのに合わせる顔がないなって思ってzoomのビデオをオフにしたり、戸田にいる未来が見えなくて北海道から応援してるよとか勝手に思ったり、、、
1ヶ月の活動自粛で気持ちを切り替えられたわけではないですが、結局10月1日には茨戸にいましたね。
そこからエルゴが回るあべたい(新3?)と純大(新3?)、怪我で選考から漏れていた佐々木さん(新4)が再選考にかかって、当時4年目だったつくもさん、真太郎さん、大平さん(いたら5)を蹴落としてクルーに入ったこと。エルゴは圧倒的にあべたい達のほうが速いけど経験値が大きく下がるなって不安になったこと、でも戸田で速いクルーを作ることが目的であると切り替えて臨んだこと。
全道選手権直前(戸田入り1週間前)に整調の橋本さんが病気で艇を降りたこと、よりによって整調だったこと、1番頼りにしていたクルーキャップの橋本さんだったこと。頭が真っ白になりました。
戸田入り1週間前で練習がほぼゼロに戻ってパニックでした。こんな時につくもさんが乗ってくれてたらなと嘆いてしまったこと。あと全道選手権は2日間とも強風でなくなってしまいました。レース経験とは、、、
戸田入りして戸田で漕いでいる他大の漕ぎに圧倒されたこと。フィニッシュの音がかっこよかった。雅名子艇レベルのめちゃくちゃいい艇をいっぱい見ることができたこと、北大最強の艇「心広」に乗ることができたこと。隣のレーンで立野さん、荒川さんが乗ったNTTのエイトがレート38を出していたこと。佐々野さんが乗ったNTTのフォアが通り過ぎて行ったこと。テンションはアゲアゲでしたね。同時にプレッシャーで押し潰されていたこと。1回のスタンバイでへろへろになっていたこと、受験が終わってからこんなに集中したことないぞ!ってくらい集中してたな。
戸田入り1週間前で練習がほぼゼロに戻ってパニックでした。こんな時につくもさんが乗ってくれてたらなと嘆いてしまったこと。あと全道選手権は2日間とも強風でなくなってしまいました。レース経験とは、、、
戸田入りして戸田で漕いでいる他大の漕ぎに圧倒されたこと。フィニッシュの音がかっこよかった。雅名子艇レベルのめちゃくちゃいい艇をいっぱい見ることができたこと、北大最強の艇「心広」に乗ることができたこと。隣のレーンで立野さん、荒川さんが乗ったNTTのエイトがレート38を出していたこと。佐々野さんが乗ったNTTのフォアが通り過ぎて行ったこと。テンションはアゲアゲでしたね。同時にプレッシャーで押し潰されていたこと。1回のスタンバイでへろへろになっていたこと、受験が終わってからこんなに集中したことないぞ!ってくらい集中してたな。
泊まっていた後谷会館でレポートを書く純大の上で寝るあべたいを見たこと。書いていて意味がわからない日本語だけどこういうことです。
あべたいは人の布団を剥ぎ取り、純大は「えっ、僕すか?」ととぼけ続ける後輩なのか同期なのかよくわからない存在です。ここで一気に仲が縮まった気がします。
予選54.95キロ、敗復55.1キロと体重管理はバッチリだったこと。予選では蹴り出し後からずっとテンパっていたこと。うまく回せずアップが不十分だったこと、回漕レーン(ノーワークで進むだけのレーン)で練習する他大にイラついたこと、6レーンから回漕に突っ込んできたk大は一生許さない。スパートを入れる直前で横から強風が吹いてブイパコしたこと、
予選でうまくいかなくてレートを直前で変えたこと、レースの準備が不十分だったと気付かされたのはこのときでしたね。やっぱりつくもさんがいてくれたらなとも思いました。レースプランを直前で変更するのはよくないと理解しててはいつつも、変更して正解だったと思います。予選で同じレースだった富山国際とタイムを縮めることができたのは自分のおかげだと勝手に思っています。
でもやっぱりCOXとしての技術・力のなさが露呈して、違う人がCOXとして乗っていたら、大会の経験を積んだ自分が乗っていたらもしかしたら勝てていたのかもしれない、、
つくもさんと泣きながら帰った会館へ道のり。めちゃくちゃ辛かったこと。
インカレが終わって、新人戦がなくなった時とは別の虚無感に襲われたこと。もう終わったんだなと突きつけられたこと、後谷会館で何もせず過ごしたこと、でもフォアとエイトの準決勝を見てカッコいいと思ってしまったこと、佐々野さんや立野さんと同じ体重計に乗ったんだと気付いたこと、、、
ボートは嫌いだけど結局好きなんですね。
札幌に戻ってhead of Barato で同期と一緒になぜかエイトに漕手として乗っていたこと。
ちょっとレート高すぎないかい。インハンドの手のひらにマメができているのはいいことでは!?「ナガサカさん漕いでたんすか?」と言われたこと。漕いでたよ!全然漕げてなかったけど。クルー名が「ほぼJD(純大)」だったこと。そしてなぜか2位だったこと。
君のおかげじゃないよ!
思い返せばCOXとして艇に乗っていたのは自粛やら冬練やらでたったの6ヶ月弱、経験したレースは国体予選とインカレだけ。2000mレースに限ればインカレだけです。インカレもお情けで出させてもらったようなものです。思ったより何もできていないですね。新人戦出たかったな。
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大したことは成し遂げられていませんが、拙いCOX経験でも思うところは意外とあります。
COXは一度死んでから生き返るサイヤ人みたいなものだと思っています。(まぁサイヤ人は死んではないけど)
つまり一度自分の経験不足で負けてから、その経験を活かして次の大会に挑むものだと思います。残念ながら僕には縁のないことでしたが、、。
橋本さんから聞いた「coxの仕事は艇を発艇台につけた段階で9割終わっている」という言葉の意味がインカレが終わって初めて理解できました。
レース前の安全管理はもちろんのこと、レースの準備、茨戸での練習の管理、クルーの管理これらのことをいかにこなすことができるかによってレースの結果は変わってくるということですね。
だから納谷には、次に入ってくる新人COXにもぜひ頑張ってもらいたいです。新人対校に乗っけたい。
コロナの影響をもろに受けて、選手として活動できる2年間はろくに大会に出られなかったし、ボート部にまともに貢献ができなかったと悔いが残っています。
僕は新人戦をなくしたコロナと日ボのことはまだ許してないし、多分これからも許さないと思います。
新人戦がなかった2年間でおそらくこれからの日本のボートは弱くなるし、たとえエルゴが回っても戸田に新2年目が行けていない北大ボート部は間違いなく弱くなります。このままならね。それほどにレース経験、他大の漕ぎを生で見ることは重要なことですよね。
全日、東北戦、インカレ、新人戦、、お金が許す限りあらゆる大会に出て、勝負の経験をえる。
同じ年代でトップを走るクルーとの距離を実感する。
現時点ではとてもトップクルーとは勝負ができる実力はないけれど、何艇身も離されて目を背けたくなるレースを見せてしまうかもしれないけれど、強くなるために挑戦する彼らを応援してください。
勝った負けたの結果も大切ですが、勝負の世界に身を投じる経験は何より大切です。
この経験の蓄積は北大ボート部を必ず強くします。
何ごとも全部上手くいくなんてことはあるわけなくて、実際は後悔してしまうことばかりなんだと思います。上手くいかないことの方が多いかもしれません。
でもやらないと気づけないことも、後悔したから見えてくることもあるはずです。
どんな航路を描くのかこれからの北大ボート部に期待です。
新トレのお二方、同期のみんな、先輩後輩、支援してくださるOBOGの皆さまありがとうございました。スーパーネガティブな僕を支えていただきありがとうございました。
漕手は前に進めないけど、COXも1人では前に進めないのです。
はっ!引退するわけではないのにOBみたいな文章を書いてしまった!またいつか茨戸に戻ってくるよ!バイバイ
水産ボート部のブログもよろしくお願いします。
https://ameblo.jp/hokudai-fish-group/