語られる言葉の河へ

2010年1月29日開設
大岡昇平、佐藤優、読書

【本】ネット時代のテロリズムはどこから生まれてくるのか ~『グローバル・ジハードのパラダイム: パリを

2018年01月03日 | 批評・思想
★ジル・ケペル、アントワーヌ・ジャルダン(義江真木子・訳)『グローバル・ジハードのパラダイム: パリを襲ったテロの起源』(新評論 3,600円)

 (1)西欧では、2016年に30件以上ものテロ事件が起き、150人以上の死者を出した。世界中で新左翼テロの嵐が吹き荒れた1970年代と比べればまだ少ないが、未遂事件なども含めれば潜在的なテロ発生の確率は高いままだ。当局の必死の対策にも係(かかわ)らず、テロはなぜやまないのか--。本書はその謎を理解する手掛かりを与えてくれる。

 (2)現在のイスラム過激派によるテロは、アフガン戦争のような局地戦でも、0年の米同時多発テロのようなピラミッド型組織によるものでもなく、先進国が中東の紛争地の「飛び地」となって噴出していることに特徴があるという。
 これは、アラブ世界で宗教原理主義が台頭してグローバルな聖戦(ジハード)が唱えられる一方で、先進国が若い移民系市民の社会的包摂に失敗したことが共鳴して起きていることによる。このテロの形態は「第3期のジハーディズム」と名付けられる。本書の表現を借りれば、「フランスのジハードはシリアへ、シリアのジハードはフランスへと延長していくこと」になったのであり、グローバル化とインターネットの発達によって先進国社会と紛争地は地続きになった。この図式は、フランスに留(とど)まらない。

 (3)著者は、一貫してイスラム教を社会科学的観点から分析してきた、世界的に知られる研究者だ。専門家は、往々にしてイスラムの見方を一方的に代弁しがちである。だが、ケペルは反対に、ネット上やSNSに流れるイスラム国の言説を含め、アラビア語特有のニュアンスを読み解きつつ、関係者への聞き取りなどのフィールドワークを通じて事実を積み重ねる手法を取る。その中途で、フランス社会の反ムスリム感情を論難するエマニュエル・トッドの言説の無根拠さなども俎上に載せられているのも痛快だ。訳者の丁寧な注釈も文脈を理解するための手助けとなる。

 (4)フランスにおけるイスラム系団体の投票行動が詳述されているのも興味深い。移民系の票は、多文化主義支持の観点から左派リベラル政党に有利に働くが、同性婚などの争点では反リベラルに接近する。争点によっては反ユダヤ主義を掲げる極右や反帝国主義の極左と共闘する局面もあり、問題の根深さがうかがえる。

 (5)本書では、人口わずか2万5千人の南仏の都市にある捨てられた司祭館がシリア難民の収容所になるとともに、その街の数十人の若者がジハーディストとしてシリアに飛び立っていったというエピソードが紹介されている。世界がグローバル化すれば、テロもグローバル化する。テロとの共存を余儀なくされる所以である。

□吉田徹(北海道大学大学院法学研究科教授)「ネット時代のテロリズムはどこから生まれてくるのか  ~私の「イチオシ収穫本」~」(「週刊ダイヤモンド」2017年12月30日/2018年1月6日号)
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【本】噴火の時待つ巨額損失のマグマ ~『異次元緩
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