(1)11月22日、英国政府は2018年度(18年4月~19年3月)の予算書である「秋季予算案」を発表した。英国では従来、毎年11月ごろに来年度の税制・財政政策の方針を示す「秋季財政報告」が発表され、翌年3月に正式な予算書である「春季予算案」が出されていたが、今年からは秋に予算書が発表されることになった。議会の予算審議に十分な時間を確保することや、税制改正の内容をより早く公表することが変更の理由である。
(2)今後は3月ごろに「春季財政報告」が発表されるが、こちらの主眼は「秋季予算案」発表後の経済・財政状況の変化に合わせた予算案の微調整であり、大幅な政策変更は基本的に盛り込まれない。
(3)現在の保守党政権は、25年までの財政赤字解消を公約に掲げており、今回の予算案も全体的には緊縮気味の内容となっている。ただし、そうした中でも住宅購入支援や欧州連合(EU)からの離脱といった喫緊の課題に対しては一定の手当てがなされた。
(4)住宅に関しては、初めて住宅を購入する層を対象に印紙税の軽減が打ち出された。30万ポンド(約4,500万円)以下の住宅については印紙税が免除され、またロンドンなど住宅価格が高い地域では、購入価格が50万ポンド(約7,500万円)以下であれば30万ポンド分については印紙税が免除される。
加えて、住宅の供給不足解消に向け、今後5年間で総額440億ポンド(約6兆6,700億円)を投融資や信用保証に充てること、建築技術向上のための財政支援増額なども盛り込まれた。政府は一連の措置で、住宅供給数を20年代半ばまでに年間30万戸に引き上げることを目標としている(16年は21万7千戸)。
(5)EU離脱については、対応予算として今後2年間で30億ポンド(約4,550億円)が計上される。具体的な使途は未定だが、通関や移民管理の人員増強やシステムのアップグレードなどに使われるとみられている。
(6)今回の「秋季予算案」では、経済見通しが下方修正されたことも注目を集めた。従来の見通しでは、18~21年の平均実質GDP成長率は年率+1.8%だったが、今回は同+1.4%に下方修正され、22年の成長率も前年比+1.6%と低めの予想になっている。
下方修正の主因は、生産性の想定伸び率が大きく引き下げられたことだ。英国では10年代に入って以降、生産性の伸び悩みが続いているが、そうした状況が当面継続することが経済見通しの前提として織り込まれた。
政府も生産性低迷の問題を認識しており、対策に着手している。今年度より「国家生産性投資基金」を通じたインフラ整備等への資金供給を開始したほか、今回の予算案では同基金の増額が盛り込まれた。この他にも、研究開発投資支援や電気自動車の普及促進、第5世代移動通信システム(5G)の実用化支援などに向けた予算が計上されている。
もっとも、こうした政策の効果が生産性の向上として顕在化するまでには少なくとも数年を要するとみられる。今後数年間、英国政府にとって最大の課題がEU離脱であることは論をまたないが、同時に生産性向上に向けた諸政策の進捗やその効果などにも注目していきたい。
□高山真(三菱東京UFJ銀行経済調査室ロンドン駐在)「生産性向上に向けて大幅に投資を増額した英国の2018年度予算」(「週刊ダイヤモンド」2017年12月16日号)
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(2)今後は3月ごろに「春季財政報告」が発表されるが、こちらの主眼は「秋季予算案」発表後の経済・財政状況の変化に合わせた予算案の微調整であり、大幅な政策変更は基本的に盛り込まれない。
(3)現在の保守党政権は、25年までの財政赤字解消を公約に掲げており、今回の予算案も全体的には緊縮気味の内容となっている。ただし、そうした中でも住宅購入支援や欧州連合(EU)からの離脱といった喫緊の課題に対しては一定の手当てがなされた。
(4)住宅に関しては、初めて住宅を購入する層を対象に印紙税の軽減が打ち出された。30万ポンド(約4,500万円)以下の住宅については印紙税が免除され、またロンドンなど住宅価格が高い地域では、購入価格が50万ポンド(約7,500万円)以下であれば30万ポンド分については印紙税が免除される。
加えて、住宅の供給不足解消に向け、今後5年間で総額440億ポンド(約6兆6,700億円)を投融資や信用保証に充てること、建築技術向上のための財政支援増額なども盛り込まれた。政府は一連の措置で、住宅供給数を20年代半ばまでに年間30万戸に引き上げることを目標としている(16年は21万7千戸)。
(5)EU離脱については、対応予算として今後2年間で30億ポンド(約4,550億円)が計上される。具体的な使途は未定だが、通関や移民管理の人員増強やシステムのアップグレードなどに使われるとみられている。
(6)今回の「秋季予算案」では、経済見通しが下方修正されたことも注目を集めた。従来の見通しでは、18~21年の平均実質GDP成長率は年率+1.8%だったが、今回は同+1.4%に下方修正され、22年の成長率も前年比+1.6%と低めの予想になっている。
下方修正の主因は、生産性の想定伸び率が大きく引き下げられたことだ。英国では10年代に入って以降、生産性の伸び悩みが続いているが、そうした状況が当面継続することが経済見通しの前提として織り込まれた。
政府も生産性低迷の問題を認識しており、対策に着手している。今年度より「国家生産性投資基金」を通じたインフラ整備等への資金供給を開始したほか、今回の予算案では同基金の増額が盛り込まれた。この他にも、研究開発投資支援や電気自動車の普及促進、第5世代移動通信システム(5G)の実用化支援などに向けた予算が計上されている。
もっとも、こうした政策の効果が生産性の向上として顕在化するまでには少なくとも数年を要するとみられる。今後数年間、英国政府にとって最大の課題がEU離脱であることは論をまたないが、同時に生産性向上に向けた諸政策の進捗やその効果などにも注目していきたい。
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