語られる言葉の河へ

2010年1月29日開設
大岡昇平、佐藤優、読書

【本】著者の知的誠実さに打たれる日韓問題を深く理解できる書 ~『「地政心理」で語る半島と列島』~

2017年12月19日 | 批評・思想
★ロー・ダニエル『「地政心理」で語る半島と列島』(藤原書店 3,600円)

 (1)「韓国は許せない」と怒っている人が、あなたの周りにもいるだろう。あなた自身がすでにそうかもしれない。慰安婦問題から竹島における領土問題、北朝鮮への対応まで、怒りのポイントは無数にある。
 しかし、日本の外から見れば、「日本と韓国は世界で最もよく似た国」同士だ。相違点よりも、共通点の方がはるかに多い。なぜ、両国はかくも分かり合えないのか。

 (2)この問題を「地政心理」という概念を用いて、朝鮮半島と日本列島の関係を読み解こうとしたのが本書だ。地理や風土を比べると、日本列島は自然災害が極めて多く、逆に朝鮮半島には火山や地震の恐れがほとんどない。自然を畏敬する日本は欲望抑制型、韓国では欲望発散型の文明が育った。また、日本では「イエ」を基本とする小家族が、韓国では「血」に基づく大家族が共同体を作った。
 それを踏まえて、「度重なる侵略を受けた朝鮮民族には生まれた土地への帰属意識が希薄で、代わりに政治的共同体への執着が強くなる」と指摘されると、大きな謎がひとつ解けた気がしてくる。

 (3)こんな両国民が問題を抱えると、日本側の機能主義(デジュリ)と韓国側の当為主義(デファクト)は、なるほど噛み合わない。慰安婦問題などでの韓国側の主張には確かに無理なところがあるが、日本側の杓子定規な対応もやや奇異なものに思えてくる。
 本書の「社会のエリート層が市民社会を先導する知的・道徳的権威を失った」という嘆きは、日韓の双方が共有できるものではないか。

 (4)著者のロー・ダニエルは、韓国のソウル生まれ。「冷戦の子供」を自称する世代だが、米マサチューセッツ工科大学で博士号を取得し、中国や香港、日本でも研究生活を送ったユニークな経歴を持つ。前作の『竹島密約』(草思社)では、1965年の日韓基本条約締結の際に、竹島問題については「解決せざるをもって解決と見なす」との付属文書があったことを発掘し、アジア・太平洋賞を受賞した。
 日韓問題を客観的に語りつつ、知的誠実さを持続している。丁寧な注の付け方も含めて信頼に足る。「怒り」を乗り越える勇気を持つ方にお薦めしたい。
 本書は「半島と列島」がテーマなので、第3部では北朝鮮の地政心理も取り上げる。韓国の「同胞」の眼に映る北朝鮮のグロテスクな姿に驚かされる。特に「金正恩には日本への甘えがある」との指摘にも。
 嫌いな相手、許せない相手などとは言っていられない。今ほど、日韓のコミュニケーションが求められている時期はないはずだ。

□吉崎達彦(双日総合研究所チーフエコノミスト)「著者の知的誠実さに打たれる日韓問題を深く理解できる書  ~私の「イチオシ収穫本」~」(「週刊ダイヤモンド」2017年12月23日号)
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