語られる言葉の河へ

2010年1月29日開設
大岡昇平、佐藤優、読書

【後藤謙次】「希望の党」の失言が引き起こした民進党解体 ~政治は一言で動く~

2017年10月08日 | 社会
 (1)政治は政治家の一言で局面が大きく変わる。とりわけ選挙はたった一つの発言が決定的な影響を与える。
 「衆院選は希望の党と一緒に戦う。名を捨てて実を取る決断に理解を頂きたい。誰かを排除するのではない」
 民進党代表、前原誠司のこの発言で始まった希望の党と民進党の合流は、民進党の3分裂という意外な結果をもたらした。そこに至るキーワードの一つは、前原が口にした「排除」だった。

 (2)民主党の分裂に至る3つのキーワードは次のとおり。
  (a)分裂の口火を切ったのは、民進党を先行して離党した細野豪志・元環境相だった。
 「三権の長を経験した方々はご遠慮いただく」
 三権の長といえば衆院議長、最高裁長官、そして内閣総理大臣。衆院選挙に立候補予定で三権の長を経験した民進党議員は、菅直人と野田佳彦の2人しかいない。ここから希望の党というより小池の「排除の論理」が動き始める。野田がすぐに反応した。
 「先に離党していった人(細野)の股をくぐる気は全くない」
 野田はもともと前原と同じ松下政経塾出身で思想、信条は保守系の政治家だ。安全保障法制や憲法改正などでは党内リベラル系とは一線を画す。野田が駄目なら民進党内で希望の党の眼鏡にかなう候補者は激減する。
 つまり小池の選別の基準はあってなきも同然といえた。このタイミングで真偽不明の希望の党の48人の公認リストと、17人の氏名が載った“拒否リスト”なるものが出回った。

  (b)そこに追い打ちをかけたのが小池自身の発言だった。衆院解散翌日の朝、記者団から公認問題について質問が飛ぶ。小池の答えはあけすけだった。
 「さまざまな観点から絞り込みたい。全員受け入れるようなことはさらさらない」
 発言からは排除、選別が既定路線だったことが浮かび上がった。
 しかし、「過ぎたるは及ばざるがごとし」--。「排除の論理」を明確にし過ぎたあまり、民進党内に新たな「化学反応」(神津里季生・連合会長)が始まった。小池・前原の合意を裏書きした神津を激怒させたのだ。中でも小池が「三都物語」と称し、日本維新の会代表の松井一郎、愛知県知事の大村秀章との3者協議を行ったことが大きい。小池は松井との間で事実上の“不可侵条約”を結んだ。連合に全く事前連絡はなかった。
 そしてもう一つ、若狭勝・衆議院議員/小池側近と玄葉光一郎・民進党総合選対本部長代行の候補者調整が遅々として進まなかった点だ。
 「本気で候補者調整をやろうとしているのか。若狭氏は全国の選挙区情勢をほとんど理解していない」(連合幹部)
 神津が民進党の希望の党への合流を容認したのは、「安倍1強体制を終わらせる」ためだ。
 「前回の選挙で落選した候補者たちが何の説明もないまま無所属になることはあり得ない」
 温厚な神津が30日夕、民進党本部に前原を訪ねた。その帰り際、記者団の質問に答え、重ねて持論を展開した。
 だが、時すでに遅し。党内のリベラル勢力のリーダー格である枝野幸男・元官房長官が新党結成に向けて動きだした。枝野を後押ししたのは、反小池感情を増幅させる「政策協定書」だった。宛先は「希望の党 小池百合子代表殿」となっており、いわば公認候補が小池に提出する「誓約書」であり、「踏み絵」でもあった。ここに安全保障法制など政策的な事項に加え、選挙資金についての刺激的な要求が書き込まれていた。
 「本選挙に当たり、党の指示する金額を党に提供すること」--。「持参金を持ってこい」と言わんばかりの“上から目線”。さすがにこの項目については、「希望の党の公認候補となるにあたり、党に資金を提供すること」と書き換えられたが、「政策とカネ」の問題が同列に記述された文書は急ごしらえの「にわか政党」の印象を浮かび上がらせた。

  (c)そして若狭が10月1日放送のNHK番組「日曜討論」で致命的な発言をする。
 「次の次の選挙で確実に政権交代できる議席に達するという思いでいるとすれば、今回の選挙で(小池)代表が選挙に出なくても構わない」
 小池が立候補してこそ選挙戦に勢いが出る。しかも「政権選択選挙」を訴えてきた小池の言動とも矛盾する。若狭発言を否定するには「政権選択選挙」の名に値するだけの候補者をそろえなければならなくなった。
 その一方で枝野が新党(立憲民主党)の結成を宣言した。この枝野新党とは別に野田や元代表の岡田克也ら選挙に強い保守系の実力者が無所属出馬を表明、民進党は3分裂の事態に陥った。

 (3)首相の安倍晋三が衆院解散を表明したのは9月2日。約10日の短期間に、一度は政権与党の座を獲得した野党第1党がこつぜんと姿を消すことになった。この道筋をさかのぼると、小池、前原、枝野それぞれの誤算が相乗効果を起こし、神津のいわゆる「化学反応」を繰り返した。おそらくこうした化学反応は選挙後まで続くだろう。
 希望の党が192人の公認候補を発表した10月3日、小池は鹿児島県にいた。東京五輪・パラリンピックの旗を披露するセレモニーに参加するためだ。見方によっては希望の党代表より東京都政に比重を移していく「都政優先宣言」とも受け取れる。小池は、22日の投開票日には都知事として仏パリへ出張する。
 「小池劇場」は何だったのか--。投開票日にはその答えが出るが、事ここに至るまでに状況を大きく変えたのは(2)の三つの発言だったことは間違いない。ただし、結果として確定した事実は今のところ「民進党解体」だけである。

□後藤謙次「「希望の党」の三大失言が引き起こした民進党の3分裂 ~永田町ライブ!No.359」(「週刊ダイヤモンド」2017年10月14日号)
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