語られる言葉の河へ

2010年1月29日開設
大岡昇平、佐藤優、読書

【本】進化認知学の世界への招待 ~『動物の賢さがわかるほど人間は賢いのか』『動物になって生きてみた』~

2017年10月10日 | 批評・思想
★フランス・ドゥ・ヴァール(松沢哲郎・監訳/柴田裕之・訳)『動物の賢さがわかるほど人間は賢いのか』 (紀伊国屋書店 2,376円)
★チャールズ・フォスター(西田美緒子・訳)『動物になって生きてみた』(河出書房新社 2,052円)

 (1)動物たちは、とても賢い。
  (a)そんなことわかっているよ、当たり前じゃん、と思った人。
  (b)逆に、そういうのは非科学的なお話だよね、と思った人。
 あなたがどちらのタイプであっても、まずはドゥ・ヴァールのこの本を読んでいただきたい。あっと驚くこと請け合いだから。
 もしあなたが(a)であれば、あなたが思っている以上に動物たちが賢いことがおわかりいただけるだろう。チンパンジーが先のことを見越して道具を工夫したり、カラスたちがお互いに助け合ったりするのは、今や常識かもしれないけど、ワニも道具を使うし、タコはエサをくれる人とそうでない人を区別できる。イヌの脳活動を調べる研究が始まっているというのも、イヌ好きには興味深いのでは。
 逆にもしあなたが(b)であれば、「進化認知学」の世界へようこそ。この本であなたの見方が変わることを祈ります。歴史的に見れば、あなたと同じく動物の知性に批判的な見方が、科学の世界でも長らく主流だった。それが、著者をはじめとする動物行動学者たちの奮闘によって少しずつ状況が変わってきて、今や最先端の花形研究領域だ。日本の研究者も、この科学革命に大きく貢献している。

 (2)ドゥ・ヴァールが強調しているように、動物の知性は、人間の感覚で考えていては正当に評価できない。それぞれの動物が見て感じている世界(環世界〈ウムヴェルト〉)は種ごとに異なるから、それぞれの動物たちの立場から世界を認識しないと、行動の意味は理解できないのである。

 (3)ならばと、その動物たちのように暮らしてみた記録がフォスターの本。アナグマを真似て山で巣穴を掘って寝泊まりし、カワウソの棲む森で川の中を行き来し、キツネと共にロンドンの裏路地を徘徊して残飯をあさる。そのほかアカシカとアマツバメにも挑戦。なんというか、もうほとんど紙一重の世界である。
 もちろん、いくらがんばっても、世界をキツネと同じように感じとることはできない。しかし、フォスターはこの問題にも詳細な理論的検討を加えていて、ヒトとキツネの感覚器や中枢神経系の仕組みには共通点もあるので、ある程度はキツネになりきれると正当化している。
 残念ながらすべての動物について成功しているとはいえないが、アナグマやキツネは結構いい線行っていると思った。しかし、何をもって「いい線行っている」と判断できるのか? それは是非みなさんにお考えいただけるとありがたい。

 (4)動物について語りつつ、人間とは何か、他者を知るとはどういうことかを考えさせる二冊。秋の夜長の読書にお薦めだ。

□佐倉統(東京大学教授・科学技術社会論)「(書評)『動物の賢さがわかるほど人間は賢いのか』『動物になって生きてみた』」(朝日新聞デジタル 2017年10月8日)
(書評)『動物の賢さがわかるほど人間は賢いのか』『動物になって生きてみた』
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 【参考】
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【本】IT革命、コミュニケーションの変容、家族の繋がりが希薄化 ~『「サル化」する人間社会』~
【本】生命はいかに「調節」されるかを豊富な事例で解き明かす ~『セレンゲティ・ルール』~
【本】メディアの問題点をえぐる ~『勝負の分かれ目 メディアの生き残りに賭けた男たちの物語』~
【本】テイラー・J・マッツェオ『歴史の証人 ホテル・リッツ』
【本】中国から見た邪馬台国とは
【本】核兵器は世界を平和にするか ~著名学者2人がガチンコ対決~
【本】『戦争がつくった現代の食卓 軍と加工食品の知られざる関係』
【本】梅原猛『梅原猛の授業 仏教』
【本】東芝が危機に陥った原因は「サラリーマン全体主義」 ~『東芝 原子力敗戦』~
【本】バブル崩壊後の経済を総括 ~『日本の「失われた20年」』~
【本】20世紀英国は実は軍事色が濃厚 ~通念を覆す『戦争国家イギリス』
【本】時代による変化、方言など ~『オノマトペの謎 ピカチュウからモフモフまで』~
【本】冷笑的な気分に喝を入れる警告と啓発に満ちた本 ~『日本中枢の狂謀』~
【本】物質至上主義批判の古典 ~『スモール イズ ビューティフル』~
【本】日本近現代史を学び直す ~『それでも、日本人は「戦争」を選んだ』~
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