鶴岡まちなかキネマで鑑賞。老人介護のお話。認知症がすすむ87歳の母を、95歳(大正生まれ!)の父親が見守る……金を積まれてもみたくないタイプのドキュメンタリー。いつか自分にもやってくる(もう来ている)“老い”という冷厳な事実を、だからこそなんとか先送りしてしまいたいと。でも見る。
監督、撮影、ナレーションはドキュメンタリー作家の信友直子。1961年生まれ、というからわたしとほぼ同世代だ。わたしは高齢の父親と同居しているが、信友は呉の実家から遠くはなれた東京にいて、
「ただいまあ」
と何度も実家に帰ってくる生活。はじめは気軽なプライベートビデオだったはずのものが、母の認知症とともに「作品」になっていく。撮ることそれ自体に意味が発生したからだ。結婚しろとも言わず、好きな映像の仕事をつづけさせてくれた両親への、記録することが義務と感謝だと。
わたしの妻も、すっかり身体の弱った母親のために、毎日実家に通っている。見始めて数分後、となりに座った彼女のマスクの奥から「ぐがぐぎごご」と不穏な音が。
号泣しているのでした。
わたしも、“抗がん剤のために脱けた娘の髪の毛を拾う母親”なんて場面にはやはり泣かされた。しかも、このお母さんはユーモアたっぷりなのであり、だから娘がストレッチャーで運ばれた途端に涙を流すシーンは強烈。
認知症は、わずらった本人は幸福でまわりが大変、という思いこみが大嘘だと気づかせてくれる作品でもある。自分が自分でなくなっていく恐怖。
父親は慣れない家事を淡々とこなす。「あたし(実家に)帰ってこようか?」と娘が問うと、戦争のために文学を学びたかった夢を諦めざるをえなかった彼は「仕事をつづけろ」と言い放つ。東京大学文学部に入学した自慢の娘のことを、だいじに思っていることが伝わってくる。
広島県呉市が舞台。あの傑作「この世界の片隅に」のすずと同じ場所、同じ時間をこの夫婦は過ごしている。呉の方言がひたすら味わい深い。
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