「神なき月十番目の夜」
「始祖鳥記」
「黄金旅風」
「出星前夜」
「狗賓童子の島」
……出れば必ずマイベストに入る飯嶋和一。この作品もまた、同じ山形県出身であることが誇らしく思えるほどすばらしい。
家康が信長におびえていた時代。正妻の築山殿と長男の信康を家康は死に追いやる。大河ドラマ「おんな城主直虎」では、信長の意向を忖度した、忍従の人家康らしいお話に仕立てていた。多くの人たちがその文脈でこの事件をとらえていることと思う。
しかし飯嶋はこの悲劇を、優秀ではあるがこらえ性のない長男と、実家の今川家再興のために策謀をめぐらす築山殿を家康が圧殺したとしている。徳川家が決して(一向宗の一揆などもあって)一枚岩ではなかったことも背景にあったと。
主人公の沢瀬甚五郎は、信康の小姓組のひとり。事件の隠蔽をはかる家康サイドの追っ手から逃れ、荒れ寺に隠れる。
探索する側は、甚五郎が小姓頭の刀を奪って逃走したと偽り、それを知った甚五郎は徳川家への忠心と、武士である誇りを捨てる。
“若侍はそう言って深々と礼をした。周囲にもその音が届くだろう薪割りを申し出たことで、やはりこの男が自らは後ろめたいものを抱えていないことはうかがえた。若侍は大小を台所の柱脇に立てかけたまま、無双窓の方へ箱膳を運んでいった。”
こういう描写がすばらしい。甚五郎に臆するものがないことと、侍に未練がないこと、荒れ寺の坊主にまったく害意のないことのトリプル・ミーニング。最盛期の藤沢周平を思わせる。
飯嶋の作品の主人公は、常に“あらがう人”だ。この作品では、甚五郎がこののち薩摩、長崎、ルソン、そして朝鮮に渡る過程で、おなじように“独立した”“反抗する”人間たちと関わることになる。以下次号。