陰陽師的日常

読みながら歩き、歩きながら読む

フィリップ・K・ディック『変種第二号』その8.

2009-04-07 22:20:05 | 翻訳
その8.

「おれたち三人は、運が良かったんだ」ルディは言った。「クラウスとおれは……あれが起こったときは、タッソーのところに行っていたんだ。ここはタッソーのすみかなんだ」彼は大きな手を振った。「このちっぽけな地下室はな。おれたちは……その、ことをすませて……で、梯子をのぼって帰ろうとしたんだ。そのときにここから見えた。そこにあれがいたんだ。掩蔽壕の周りを取り囲んでいた。戦闘はまだ続いていたんだ。デイヴィッドとクマが。何百といたよ。で、クラウスが写真を撮ったんだ」

クラウスはまた写真を束ねた。

「そっちの前線全域で続いているのか」ヘンドリックスはたずねた。

「そうだ」

「我々の側の前線はどうなっているんだろう……」考えることもなく、ヘンドリックスは自分の腕のタブにふれた。

「あんたの放射線タブなんて、何のさまたげにもなってないぞ。あれにはもう何の関係もないんだ。ロシア人であろうが、アメリカ人であろうが、ポーランド人であろうが、ドイツ人であろうが。なんだって同じことなんだ。設計された通りのことをやってるんだから。当初の計画を遂行しつつあるのさ。何であれ、生命体を見つけ次第、追跡して捕らえる、っていうな」

「やつらは熱に応答する」クラウスが言った。「あんたたちが最初にそう作ったんだからな。もっとも、あんたたちの設計したやつは、いまあんたが身につけている放射線タブで追っ払うことができたがな。いまや連中はその上を行ってるんだ。新型の変種は鉛ライニングが施してあるんだ」

「それで、もうひとつの変種っていうのは?」ヘンドリックスがたずねた。「デイヴィッド型、傷痍兵型、あともうひとつは何だ」

「おれたちにもわからない」クラウスは壁を指さした。壁にはへりがぎざぎざになった金属板が二枚かかっている。ヘンドリックスは立ちあがって、その二枚をあらためた。二枚とも曲がったり、へこんだりしている。「左のは傷痍兵から取り出したものだ」ルディが言った。「おれたちが捕まえた。古い掩蔽壕の方へ行こうとしていたんだ。そいつをここから撃った。ちょうどあんたの後ろを歩いているデイヴィッドを撃ったようにな」

金属板には『1-V(変種第一号)』と刻印されている。ヘンドリックスはもう一枚も手に取った。「で、こっちはディヴィッド型から取ったんだな?」

「そうだ」

金属板の刻印はこうなっていた。「3-V」

クラウスはヘンドリックスの広い肩にもたれかかるようにして、うしろからのぞきこんだ。「あんたにもおれたちが何で頭を悩ませてるか、わかっただろう。もうひとつの変種がいるんだよ。もしかしたら、放擲されてしまったのかもしれない。あるいは、うまくいかなかったのかもな。だが、変種第二号はあるにちがいない。一号と三号があるんだから」

「あんたは運が良かった」ルディは言った。あのデイヴィッド型がずっとあとをついてきたにもかかわらず、指一本ふれなかったんだから。きっとあんたがどこかにある掩蔽壕に入ると思ってたんだろう」

「一体が入れば、それで終わりだ」クラウスが言った。「動きは早い。一体が残る全部を引きいれる。不屈だ。ひとつの目的のための機械だ。たったひとつのことをやるためだけに作られたんだ」彼は口元の汗をぬぐった。「おれたちはそれを目の当たりにしたんだ」

だれも口をきく者はなかった。

「ヤンキーさん、タバコをもう一本くれない?」タッソーが言った。「さっきのはおいしかったわ。どんな味だか忘れかけてた」


(この項つづく)


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