陰陽師的日常

読みながら歩き、歩きながら読む

ウィリアム・ゴーイェン「白い雄鶏」 その7.

2013-03-15 00:11:18 | 翻訳
その7.

 夕暮れ時、一時間ほどワトソン・サミュエルズはガレージの積み上げた木材の間を、穴を掘ろうとするオポッサムのように這い回っていた。サミュエルズ夫人は何度か、何をしようとしているの? と窓から訪ねた。ついでに身振り手振りで、木材の後ろの棚に保管している果物のびんに気をつけるよう示した。だが、その作業のあいだに、ちょうどそのとき夫人は夕食のために揚げ物をしていたのだが、ガラスが割れる音が聞こえてきた。広口瓶が割れてあたり一面に散らばったにちがいない。夫人は夫に毒づいた。

 とうとうワトソンが入ってきた。庭で何かたいそうなことを成し遂げたような顔をしている。みんなで夕食を食べた。まるですばらしいデザートが出てくるかのように、何か特別なことを待ちかまえている気配がただよっている。

「ちょっと外へ出て、俺が作ったなかなかいい罠を見せてやろう」ワトソンは言った。「あれなら何だって捕まえられる」

老人はそれまでずっと黙りこくり、いつものように年寄りらしい淋しげなようす、何か心の痛むことを思い出しているかのような顔つきで食べていたが、罠で鶏を捕まえでもしたら、こいつらは大喜びするにちがいない、と思っていた。

「あの鶏を殺すつもりかい? ワトソン」と老人はたずねた。

「マーシーの頭がおかしくならないようにするには、それしか方法がないんだ」

「捕まえたら、うちの鶏たちと一緒に庭で飼ってやるわけにはいかんか」と、相手の情に訴えた。「あの白い雄鶏は、別にほかのやつをつついたりはせんだろう」

「父さん、うちで飼えないころはわかるだろう。ともかく、あいつはきっと何か病気を持っているにちがいない」

「気持ちの悪い脚をしてたわ。見たんだから」と夫人が割って入った。

「きっと、うちの元気なひよこに病気をうつすのがオチだ」とワトソンも同意した。「あんな老いぼれの宿無しは、役立たずで迷惑なんだから、首をひねってうっちゃっとけばいいのさ」

 夕食を食べ終えると、サミュエルズ夫妻は罠のようすを見に、あわただしく出て行った。老人は窓辺に寄っていくと、カーテン越しに外を見やった。月明かりの下で、罠がどんな具合になっているか確かめた。小さな黒っぽい箱のようなもので、一方が開いて、何か近づきたくなるようなもの、ずっと探している必要なもの、食べ物とか、望んでも決して手に入らないようなものが、一番奥で見つけてくれるのを待っているらしい。

「片方がどん詰まりの箱ってわけだ」と老人はひとりごとを言った。「ばねじかけで閉じこめられるように作ってあるんだろう」

月の光の下では、罠はまがまがしいものに見えた。罠が落とす影は、実際よりも大きく、開いた入り口は飲みこもうと開けた大きな口のようだ。老人は、自分の息子と嫁が罠のまわりを動いているのを見ていた。息子はどうやって捕まえるのか、この牢獄に入るが早いか、ひもが解けてギロチンのような扉がすばやく降りてくる、と、いかにも楽しげに示している。そうやって白い雄鶏が入ったところで閉めてしまう、そうやってそこで自分の首がひねられるのを待つのだ、と。老人はサミュエルズ夫人が夜のライオンのように、残忍で強そうに見えるのが恐ろしかった。おまけに息子の狡猾なこと。老人の耳にはふたりの会話は聞こえず、動作が見えるだけだった。だが、サミュエルズ夫人が仕掛けを動かそうとしてひもを引っ張り、手を離したときに、扉が即座にがたんと落ちたのは聞こえた。そのとき、老人にはふたりがどれほどすばやく殺すことができるのか、どれほどそれがたくみかがわかった。もはや自分はこの家では安全ではいられない、雄鶏のつぎは、まちがいなく自分が罠にかかるのだ……。



(この項つづく)





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