今日からヘミングウェイの短編『殺し屋』を訳していきます。
ヘミングウェイの短編のなかでも、もっとも有名なもののひとつでしょう。
たぶん三回ぐらいで終わると思います。短いので、まとめて読みたいという方は、サイトにアップしてからどうかお読みください。
原文はhttp://home.uchicago.edu/~a789/KILL.htmlで読むことができます。
ヘンリー食堂のドアが開いて、男がふたり入ってきた。カウンターの席にすわる。
「なんになさいます」ジョージがたずねた。
「わからないな」ひとりの男が言った。「アル、お前は何にする」
「さてね」アルが答えた。「何にしたらいいか、見当もつかないな」
外は暗くなりかけていた。窓の外では街灯の灯が入った。カウンターのふたりの男はメニューに目を落としている。カウンターの反対側の端にいたニック・アダムズはそれを見ていた。ニックがジョージと話していたところに、男たちが入ってきたのだった。
「ローストポークテンダーロインのアップルソースがけ、マッシュ・ポテト添え、ってやつにしよう」最初の男が言った。
「それはまだできないんです」
「じゃなんだってそんなものをメニューにのっけとくんだ」
「ディナーの料理なんです」ジョージは説明した。「六時になったらお出しできるんですが」
ジョージはカウンターのうしろの壁の時計を見やった。
「まだ五時ですんで」
「あの時計じゃ五時二十分になってるがな」もうひとりの男が言った。
「あれは二十分進んでるんですよ」
「はっ、なんて時計だよ」最初の男が言った。「じゃ、食い物は何ができるんだ」
「サンドイッチならなんでも」ジョージは答えた。「ハム・エッグやベーコンエッグ、レバーとベーコン、あとステーキなんかもできますよ」
「チキン・クロケットとグリーンピースのクリームソース、マッシュ・ポテト添えっていうのをくれ」
「ですからそれもディナーのメニューで」
「食いたくなるのは全部ディナーってわけか、ええ? そいつがおまえんとこの商売のやりかたなんだな」
「ハムエッグならできるんですよ、ベーコンエッグも、レバー……」
「じゃ、おれはハムエッグをもらおう」アルと呼ばれた男が言った。山高帽をかぶって、黒いオーバーは胸まできちんとボタンをかけている。こぶりの顔は日焼けのあとがなく、口元は固く結ばれていた。シルクのマフラーを巻き、手袋をはめている。
「おれはベーコンエッグだ」もうひとりの男が言った。アルとほぼ同じくらいの体つきをしている。顔立ちこそちがっても、双子のようにそっくり同じ格好だった。ふたりが着ているオーバーは、ともに窮屈なようだった。前かがみに腰かけ、両肘をカウンターにのせていた。
「飲み物はあるか」アルが聞いた。
「シルヴァー・ビール、ビーヴォ(※ノン・アルコールの麦芽飲料)、ジンジャー・エールならありますが」ジョージが答えた。
「おれが聞いてるのは、ほんものの飲み物だよ」
「いま言ったとおりなんですがね」
「結構な町だな」もうひとりが言った。「町の名前はなんていう?」
「サミットですよ」
「そんな場所、聞いたことがあるか」連れに聞く。
「いいや」相棒が答える。
「ここじゃ夜には何をするんだ」アルが聞いた。
「ディナーを召し上がるのさ」連れが答えた。「町中みんなここへ来て、ごちそうをかっくらうのさ」
「そういうことです」ジョージが言った。
「そういうこと、って、ほんとにそうなのか?」アルはジョージに聞いた。
「そうです」
「おっさん、あんた、まったく頭がいいな」
「ええ、そうですよ」ジョージが答えた。
「んなわきゃねえだろ」もうひとりの小柄な方が言った。「アル、そうだよな」
「こいつは間抜けさ」アルが答える。ニックのほうに顔を向けた。「おまえはなんていうんだ」
「アダムズ」
「かしこいガキがもうひとり、ってわけか」アルは言った。「こいつもかしこい坊やなんだよな、マックス」
「町はかしこい坊やでいっぱいさ」とマックスは答えた。
(この項つづく)
ヘミングウェイの短編のなかでも、もっとも有名なもののひとつでしょう。
たぶん三回ぐらいで終わると思います。短いので、まとめて読みたいという方は、サイトにアップしてからどうかお読みください。
原文はhttp://home.uchicago.edu/~a789/KILL.htmlで読むことができます。
* * *
『殺し屋』
by アーネスト・ヘミングウェイ
『殺し屋』
by アーネスト・ヘミングウェイ
ヘンリー食堂のドアが開いて、男がふたり入ってきた。カウンターの席にすわる。
「なんになさいます」ジョージがたずねた。
「わからないな」ひとりの男が言った。「アル、お前は何にする」
「さてね」アルが答えた。「何にしたらいいか、見当もつかないな」
外は暗くなりかけていた。窓の外では街灯の灯が入った。カウンターのふたりの男はメニューに目を落としている。カウンターの反対側の端にいたニック・アダムズはそれを見ていた。ニックがジョージと話していたところに、男たちが入ってきたのだった。
「ローストポークテンダーロインのアップルソースがけ、マッシュ・ポテト添え、ってやつにしよう」最初の男が言った。
「それはまだできないんです」
「じゃなんだってそんなものをメニューにのっけとくんだ」
「ディナーの料理なんです」ジョージは説明した。「六時になったらお出しできるんですが」
ジョージはカウンターのうしろの壁の時計を見やった。
「まだ五時ですんで」
「あの時計じゃ五時二十分になってるがな」もうひとりの男が言った。
「あれは二十分進んでるんですよ」
「はっ、なんて時計だよ」最初の男が言った。「じゃ、食い物は何ができるんだ」
「サンドイッチならなんでも」ジョージは答えた。「ハム・エッグやベーコンエッグ、レバーとベーコン、あとステーキなんかもできますよ」
「チキン・クロケットとグリーンピースのクリームソース、マッシュ・ポテト添えっていうのをくれ」
「ですからそれもディナーのメニューで」
「食いたくなるのは全部ディナーってわけか、ええ? そいつがおまえんとこの商売のやりかたなんだな」
「ハムエッグならできるんですよ、ベーコンエッグも、レバー……」
「じゃ、おれはハムエッグをもらおう」アルと呼ばれた男が言った。山高帽をかぶって、黒いオーバーは胸まできちんとボタンをかけている。こぶりの顔は日焼けのあとがなく、口元は固く結ばれていた。シルクのマフラーを巻き、手袋をはめている。
「おれはベーコンエッグだ」もうひとりの男が言った。アルとほぼ同じくらいの体つきをしている。顔立ちこそちがっても、双子のようにそっくり同じ格好だった。ふたりが着ているオーバーは、ともに窮屈なようだった。前かがみに腰かけ、両肘をカウンターにのせていた。
「飲み物はあるか」アルが聞いた。
「シルヴァー・ビール、ビーヴォ(※ノン・アルコールの麦芽飲料)、ジンジャー・エールならありますが」ジョージが答えた。
「おれが聞いてるのは、ほんものの飲み物だよ」
「いま言ったとおりなんですがね」
「結構な町だな」もうひとりが言った。「町の名前はなんていう?」
「サミットですよ」
「そんな場所、聞いたことがあるか」連れに聞く。
「いいや」相棒が答える。
「ここじゃ夜には何をするんだ」アルが聞いた。
「ディナーを召し上がるのさ」連れが答えた。「町中みんなここへ来て、ごちそうをかっくらうのさ」
「そういうことです」ジョージが言った。
「そういうこと、って、ほんとにそうなのか?」アルはジョージに聞いた。
「そうです」
「おっさん、あんた、まったく頭がいいな」
「ええ、そうですよ」ジョージが答えた。
「んなわきゃねえだろ」もうひとりの小柄な方が言った。「アル、そうだよな」
「こいつは間抜けさ」アルが答える。ニックのほうに顔を向けた。「おまえはなんていうんだ」
「アダムズ」
「かしこいガキがもうひとり、ってわけか」アルは言った。「こいつもかしこい坊やなんだよな、マックス」
「町はかしこい坊やでいっぱいさ」とマックスは答えた。
(この項つづく)
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