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 陰陽師的日常

読みながら歩き、歩きながら読む

ヘミングウェイ 『殺し屋』 その1.

2006-12-24 22:50:02 | 翻訳
今日からヘミングウェイの短編『殺し屋』を訳していきます。
ヘミングウェイの短編のなかでも、もっとも有名なもののひとつでしょう。
たぶん三回ぐらいで終わると思います。短いので、まとめて読みたいという方は、サイトにアップしてからどうかお読みください。
原文はhttp://home.uchicago.edu/~a789/KILL.htmlで読むことができます。
* * *
『殺し屋』

by アーネスト・ヘミングウェイ


ヘンリー食堂のドアが開いて、男がふたり入ってきた。カウンターの席にすわる。

「なんになさいます」ジョージがたずねた。

「わからないな」ひとりの男が言った。「アル、お前は何にする」

「さてね」アルが答えた。「何にしたらいいか、見当もつかないな」

外は暗くなりかけていた。窓の外では街灯の灯が入った。カウンターのふたりの男はメニューに目を落としている。カウンターの反対側の端にいたニック・アダムズはそれを見ていた。ニックがジョージと話していたところに、男たちが入ってきたのだった。

「ローストポークテンダーロインのアップルソースがけ、マッシュ・ポテト添え、ってやつにしよう」最初の男が言った。

「それはまだできないんです」

「じゃなんだってそんなものをメニューにのっけとくんだ」

「ディナーの料理なんです」ジョージは説明した。「六時になったらお出しできるんですが」
ジョージはカウンターのうしろの壁の時計を見やった。
「まだ五時ですんで」

「あの時計じゃ五時二十分になってるがな」もうひとりの男が言った。

「あれは二十分進んでるんですよ」

「はっ、なんて時計だよ」最初の男が言った。「じゃ、食い物は何ができるんだ」

「サンドイッチならなんでも」ジョージは答えた。「ハム・エッグやベーコンエッグ、レバーとベーコン、あとステーキなんかもできますよ」

「チキン・クロケットとグリーンピースのクリームソース、マッシュ・ポテト添えっていうのをくれ」

「ですからそれもディナーのメニューで」

「食いたくなるのは全部ディナーってわけか、ええ? そいつがおまえんとこの商売のやりかたなんだな」

「ハムエッグならできるんですよ、ベーコンエッグも、レバー……」

「じゃ、おれはハムエッグをもらおう」アルと呼ばれた男が言った。山高帽をかぶって、黒いオーバーは胸まできちんとボタンをかけている。こぶりの顔は日焼けのあとがなく、口元は固く結ばれていた。シルクのマフラーを巻き、手袋をはめている。

「おれはベーコンエッグだ」もうひとりの男が言った。アルとほぼ同じくらいの体つきをしている。顔立ちこそちがっても、双子のようにそっくり同じ格好だった。ふたりが着ているオーバーは、ともに窮屈なようだった。前かがみに腰かけ、両肘をカウンターにのせていた。

「飲み物はあるか」アルが聞いた。

「シルヴァー・ビール、ビーヴォ(※ノン・アルコールの麦芽飲料)、ジンジャー・エールならありますが」ジョージが答えた。

「おれが聞いてるのは、ほんものの飲み物だよ」

「いま言ったとおりなんですがね」

「結構な町だな」もうひとりが言った。「町の名前はなんていう?」

「サミットですよ」

「そんな場所、聞いたことがあるか」連れに聞く。

「いいや」相棒が答える。

「ここじゃ夜には何をするんだ」アルが聞いた。

「ディナーを召し上がるのさ」連れが答えた。「町中みんなここへ来て、ごちそうをかっくらうのさ」

「そういうことです」ジョージが言った。

「そういうこと、って、ほんとにそうなのか?」アルはジョージに聞いた。

「そうです」

「おっさん、あんた、まったく頭がいいな」

「ええ、そうですよ」ジョージが答えた。

「んなわきゃねえだろ」もうひとりの小柄な方が言った。「アル、そうだよな」

「こいつは間抜けさ」アルが答える。ニックのほうに顔を向けた。「おまえはなんていうんだ」

「アダムズ」

「かしこいガキがもうひとり、ってわけか」アルは言った。「こいつもかしこい坊やなんだよな、マックス」

「町はかしこい坊やでいっぱいさ」とマックスは答えた。

(この項つづく)


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