陰陽師的日常

読みながら歩き、歩きながら読む

レイ・ブラッドベリ 「壜」 その4.

2013-06-11 23:16:45 | 翻訳
その4.

 暑い七月は過ぎ、八月に入った。

 ここ何年かで初めて、日をいっぱいに浴びてすくすくと育つトウモロコシのように、チャーリーは幸せだった。日が落ちると、足音をしのばせて、丈の高い草をかきわけながらブーツが近づいてくるのを聞くと、胸が躍った。つぎに聞こえてくるのは、ポーチに足をのせる前に、男たちが溝にぺっと唾を吐く音だ。それから羽目板が重い体できしむ。丸太小屋がギシッと鳴るのは、誰かがドア枠に肩をもたせかけたのだ。そうして、もうひとりの声が聞こえる。毛深い手で、口をぬぐいながら。

「入ってもいいか?」

 精一杯さりげないふうをよそおって、チャーリーは訪れた連中を招き入れた。みんなのために、椅子や石けんの空き箱が出してあり、最低でもそこにすわれるようカーペットまで用意してあった。そうしてコオロギが羽を摺り合わせて夏の歌をハミングし、カエルは甲状腺腫のご婦人方のように喉をふくらませて叫び出すころには、部屋は低地のあちこちから集まった人びとで満杯になってしまう。

 最初のうち、誰一人、口を開こうとしない。そんな夜、最初の三十分ほどは、みんなが入ってきて腰をおろすと、慎重にタバコを巻き始める。タバコの葉を細長い茶色い紙の上にきちんと集めて、形を整え、軽く叩いて固める。それとともに、その晩の自分の思いも、怖れや驚愕も、集めて、形を整え、叩いて固めていく。その動作が彼らに考える時間を与えるのだ。彼らが指を動かしてタバコを吸えるようにまとめているあいだに、その目を見ていれば、脳も一緒に忙しく動かしていることがわかるだろう。

 ちょうど、行儀の悪い教会の会衆といったところだ。すわっていたり、床に腰を下ろしたり、しっくい塗りの壁によりかかったりしていても、ひとりひとりが畏敬の念を込めて、棚の上のビンを見つめている。

 誰もいきなり見るようなことはしない。そうではなくて、ゆっくりと、なにげないふうをよそおって、あたかも部屋を見回していたら、たまたまその年代物が目に入って、初めて気がついた、といった態度をとろうとするのである。

 そうして、彼らのさまよう視線は、当然のことながら、偶然に、かならず同じ場所に落ちていくのだ。しばらくして部屋中の目は、そこに集まっていく。あたかも不思議な針刺しに針が自然に刺さっていくように。聞こえる音といえば、トウモロコシの軸のパイプを吹かす音だけだった。そうでなければ、外のポーチ子供たちが裸足で駆け回る音だ。するとたいてい女の声がそれを追いかける。

「子供たち、さっさとよそへ行っちまっとくれ!」

すると柔らかな、流れの速いせせらぎの音のようなくすくす笑いが聞こえてきて、裸の足は食用ガエルをおどかしに、走っていってしまう。

 チャーリーは最初から、ごく自然に、ロッキングチェアに腰を掛けている。痩せた尻の下に格子縞のクッションを敷き、ゆっくりと揺らしながら、ビンの持ち主であることから来る名声と、尊敬の念を楽しんでいる。

 テディといえば、部屋の隅に、ほかの女たちと一緒に引っ込んでいた。みんな陰鬱な顔で、押し黙り、男たちの後ろで。

 テディはいまにも嫉妬の念にかられて叫び出しそうな顔をしていた。けれども、口を開くことはなく、ただ男たちに目をこらしていた。自分の居間で、チャーリーの足下に座り込んで、聖杯のように尊いものを見つめている男たちを。テディの唇は、冷たく、固く結ばれて、誰にも愛想の言葉ひとつかけるでもなかった。

 ひとしきり沈黙が続いたあと、誰かが、たぶんクリック・ロードから来たメドノウ老人だろうか、体の奥のどこかにある深い洞穴から、痰を切ろうとする音が聞こえた。前屈みになって、目をぱちぱちしながら、唇を湿して。おそらくタコのできた指を、奇妙な具合に震わせながら。

 これが話し始めるきっかけになる。耳をすます。みんな、ブタが雨の後の暖かな泥に身を沈めるように、すっかり落ち着いたのだ。



(この項つづく)




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