陰陽師的日常

読みながら歩き、歩きながら読む

サキ 「毛皮」後編

2008-01-07 23:16:57 | 翻訳
「毛皮」(後編)


 翌日の午後三時になる数分前、毛皮の罠師がふたり、狙いを定めた場所に向かって抜け目なく眼を光らせつつ歩いていった。すぐ先に、かのゴリアス氏とマストドン氏にちなんだ名高い建築物がそびえ立っている。その午後は、ことのほか好天にも恵まれ、まさに年輩の紳士が散歩などの軽い運動をしたくなりそうな日だった。

「ねえ、今夜、頼みがあるの」エリナーはスザンナに言った。「晩ご飯のあとで、適当な口実を作ってわたしの家に来てくれない? アデラと叔母さんたちと一緒に四人でブリッジをやってほしいのよ。そうでなきゃわたしがやらされる羽目になっちゃうんだけど、ハリー・スカリスブルックが急に九時十五分に来ることになったの。だからわたし、どうしてもその時間をあけて、ほかの人がブリッジをやってるあいだ、話をしたいの」

「悪いんだけど、それは勘弁して」スザンナが言った。「百点が三ペンスのありきたりのブリッジを、あなたの叔母さんたちみたいな死にたくなるほどのろくさい人と一緒にやるなんて、泣きたくなるくらい退屈なんだもの。ブリッジやりながら居眠りしちゃうわ」

「でもね、ハリーと話ができるようなチャンスをどうしても逃すわけにはいかないの」眼にきらきらと怒りの光を宿しながら、エリナーはかき口説くように言った。

「ごめんなさい。ほかのことならなんだってしてあげるけど、それだけはイヤ」スザンナの返事は屈託がなかった。友情のために犠牲になることは、スザンナの目から見ても美しい行為だったが、それも自分が頼まれる側にならない限りの話である。

 エリナーはそれ以上その話題にふれることはなかったが、唇の両端はゆがんでいた。

「来たわ!」急にスザンナが叫んだ。「早く!」

バートラム・ナイト氏は姪とその友だちに心からの笑顔で挨拶をし、目と鼻の先で誘う混雑した店に、ご一緒してくださいませんこと、という申し出を喜んで承諾した。厚い板ガラスのドアを押して開けると、三人は買い物客や冷やかし客でごった返す中に、勇猛果敢に飛び込んでいった。

「いつもここはこんなに混んでいるのかね?」バートラムはエリナーに尋ねた。

「だいたいこんな感じですね。いまちょうどオータム・セールをやっているところなんです」

 スザンナは伯父を目的の聖地、毛皮売り場への水先案内で気が気ではなく、少し先を歩きながら、ふたりがほんの一瞬、どこかのカウンターに引かれでもすると、初めて飛び立つ雛鳥をはげます親鳥さながらに、たいそう神経質になりながら、何度となく戻ってくるのだった。

「来週の水曜日はスザンナのお誕生日なんですよ」エリナーは、スザンナがまたはるか先に行ったところでバートラム・ナイト氏にそっと言った。「わたしの誕生日はその前の日なんです。だからわたしたち、お互いにやりとりするプレゼントを探してるんです」

「なるほど」バートラムは言った。「なら、わたしにもそのことで助言してもらいたいものですな。わたしもスザンナに何か贈りたいと思ってはいるんだが、いったい何がほしいのか皆目見当がつかない」

「スザンナはちょっとむずかしいんです」エリナーは言った。「あの子、たいていの人が思いつくようなものなら、何だって持ってるんだから。ラッキーな子なんだわ。だから扇子なんかいいんじゃないかしら。この冬、ダーヴォスに行くから、ダンスに行く機会もずいぶんあるでしょうしね。そうだわ、扇子だったら一番うれしいんじゃないでしょうか。お誕生日のあとで、わたしたちお互いがもらったプレゼントを見せっこするんですけど、わたし、いつもすごく肩身が狭いんです。彼女がすごくステキなものをたくさんもらってるのに、わたしの方は見せられるほどの値打ちがあるようなものはひとつもないんですもの。わたしの身内でプレゼントをくれるような人はだれもそんなに余裕がある人はいないから、わたしもその日を忘れないでくれて、ちょっとしたものを贈ってくれる以上のことは望んでないんです。それが二年前に、母方の伯父が、ちょっとした遺産を相続したんですね、だからわたしにシルバー・フォックスのストールをお誕生日に贈ってあげよう、って約束してくれたことがあったんです。だからもうわたし、それがうれしくて、楽しみで、仲がいい子にも、嫌いな連中にもみせびらかしてやろうって。それがちょうどそのとき、伯父の奥さんが亡くなったんです。もちろんそんなときに気の毒な伯父に、わたしのお誕生日プレゼントなんてお願いできませんよね。そうして伯父はそれっきり外国に行って、そちらで暮らすようになったんです。結局わたしは毛皮なんてないまま。ですからね、わたし、その日以来、シルバー・フォックスの毛皮をショー・ウィンドウで見かけたり、だれかが首に巻いているのを見たりするたびに、涙が出ちゃうんです。自分のものになるんだ、なんて思ったりしなかったら、そんなふうに感じることもなかったんでしょうにね。あら、あっちに扇子のカウンターがありますわ、左の方です。このぐらいの混雑だったら、だいじょうぶ、簡単に入っていけます。スザンナには一番いいのを選んであげてくださいね――あの子、すごく、すごーく優しい子だから」

「ああ、ここにいたのね、わたし、あなたたちとはぐれたと思ってた」スザンナが道をふさぐ買い物客をかき分けながらやってきた。「伯父さんはどこ?」

「もうずいぶん前にはぐれちゃったわ。わたしはてっきり、先に行って、あなたと一緒にいるとばかり思ってた」エリナーは言った。「この人じゃ、バートラムさんを見つけることなんてできないでしょうね」

 そうして、その予想は現実のものとなったのだった。

「わたしたちの苦労も計画も水の泡ね」スザンナはぶすっとした顔で言った。人を押しのけながら、売り場を六ヶ所ほども回ってみたのだが、何の成果もなかったのである。

「どうして腕をしっかりつかまえておいてくれなかったの」スザンナが言った。

「それは前からよく知ってる人だったらそうしてたわ。だけど、紹介されたばっかりじゃない。あら、そろそろ四時になるわよ。お茶でも飲みに行きましょうよ」


 数日後、スザンナはエリナーに電話した。

「写真立てをどうもありがとう。ああいうのがほしかったの。うれしかったわ。ところでね、あのナイトとかいう人、何をくれたと思う? あなたが言うとおりよ――しけた扇子。え? ええ、そうよ、扇子としてはいいものだったわよ、でもね……」

「あの人がわたしにくれたものも見に来て」エリナーの声が聞こえてきた。

「あなたに? なんであなたがもらうわけ?」

「あなたの親戚ってお金持ちにしては変わった人ね。とびきりのプレゼントを人にあげるのが趣味なのかしら」というのがその返事だった。

「どうしてエリナーの住所をあんなに知りたがったか不思議だったんだけど」電話を切ったスザンナは吐き捨てるように言った。

 ふたりの若い女性の友情に黒い雲がかかっていった。エリナーに関するかぎり、その雲はシルバー・フォックスが縁取っていたが。


The End



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