その6.
ビリーはカップをゆっくりとテーブルに戻し、相手をまじまじと見つめた。女主人はそれに笑顔で応えると、白い手を延ばして、彼のひざを、心配しなくて大丈夫、とでもいうように軽く叩いた。「あなた、おいくつでいらっしゃるの?」
「十七です」
「十七歳ですって!」声が高くなった。「おやまあ、理想的な歳じゃないの! マルホランドさんも十七だったわ。だけど、あの方、あなたよりちょっと小柄だったわね。ええ、確かにそうだったわ。それに、歯がそんなに白くなくて。あなたはほんとにきれいな歯をお持ちね、ウィーヴァーさん。気づいてらした?」
「見かけほどしっかりした歯じゃないんです」ビリーは答えた。「奥は詰め物だらけで」
「テンプルさんは、もちろん、もう少しお年が上でした」女主人はビリーの返事を意に介さず、言葉を続けた。「テンプルさんは、ほんとうは二十八歳になってらしたんです。でも、全然わかりませんでしたよ。ご自分でそうおっしゃるまでは、ちっともそんなふうに思わなかった。体には傷跡ひとつなくて」
「何ですって?」ビリーは聞き返した。
「あの方の肌は、まるで赤ちゃんの肌みたいでしたよ」
しばらく沈黙が続いた。ビリーはティーカップを取り上げ、もう一口お茶を飲む。そうして受け皿にそっと戻した。相手が何か他の話をするのだろうと待っていたが、女主人はしんと押し黙ったままだ。彼はそこに坐って、自分の正面にあたる部屋の隅をじっと見つめたまま、下唇を噛んだ。
「あのオウムですけど」とうとう彼は口にした。「あれ……最初に窓から見たときは、ぼく、完全にだまされちゃいました。本気で生きてると思っちゃってましたから」
「残念ながら、もう生きてはおりませんのよ」
「あんなことができるなんて、さぞかし器用なんでしょうね」と彼は言った。「生きちゃいないだなんて、ちっともわからないですよ。どこでやってもらったんですか」
「わたしがやりました」
「あなたが?」
「ええ、そうです。わたしのベイジルちゃんにも会ってくださいました?」そう言うと、あごをしゃくって、暖炉の前で気持ちよさそうに丸まっているダックスフントを示した。ビリーはそちらに目をやった。そこで初めて、その犬がオウム同様、静かなまま身じろぎもしないでいることに気がついた。ビリーは手を延ばして、背中にそっとさわってみた。背中は固く、冷たい。指先で毛を一方になでてみると、その下の灰味がかった黒い膚が見えてきた。完全な状態で保存されている。
「これはまたすごい話だな」彼は言った。「見事な手際ですよ」犬から目を離すと、自分の隣りに坐っている小柄な婦人に、賛嘆のまなざしを向けた。「ここまで仕上げるのは、ずいぶん大変だったでしょうね」
「とんでもない。うちのかわいいペットが死んでしまったら、わたし、詰め物をして剥製にするんです。お茶をもう一杯いかが」
「いいえ、結構です」ビリーは答えた。お茶はかすかに苦く、アーモンドのようなにおいがしたが、彼はたいして気にも留めなかった。
「宿帳に記入してくださいましたわね?」
「ええ。書きましたよ」
「それはよかった。だって、あとでもし、わたしがあなたのお名前を忘れてしまっても、ここに来て見てみれば、いつだって思い出せますものね。いまだにわたし、毎日のように忘れてしまって、そうしてるんです。あのマルホランドさんと、それから、それから……」
「テンプル」ビリーは言った。「グレゴリー・テンプル。つかぬことをうかがいますが、この二、三年のあいだ、ここにはあのふたり以外の客はいなかったんですか」
片手でティーカップを高く掲げ、小首を心持ち左に傾けて、目の隅でビリーを見上げると、また優しい微笑を見せた。
「いいえ」彼女は言った。「あなただけ」
(※後日手を入れてサイトにアップします。お楽しみに)
ビリーはカップをゆっくりとテーブルに戻し、相手をまじまじと見つめた。女主人はそれに笑顔で応えると、白い手を延ばして、彼のひざを、心配しなくて大丈夫、とでもいうように軽く叩いた。「あなた、おいくつでいらっしゃるの?」
「十七です」
「十七歳ですって!」声が高くなった。「おやまあ、理想的な歳じゃないの! マルホランドさんも十七だったわ。だけど、あの方、あなたよりちょっと小柄だったわね。ええ、確かにそうだったわ。それに、歯がそんなに白くなくて。あなたはほんとにきれいな歯をお持ちね、ウィーヴァーさん。気づいてらした?」
「見かけほどしっかりした歯じゃないんです」ビリーは答えた。「奥は詰め物だらけで」
「テンプルさんは、もちろん、もう少しお年が上でした」女主人はビリーの返事を意に介さず、言葉を続けた。「テンプルさんは、ほんとうは二十八歳になってらしたんです。でも、全然わかりませんでしたよ。ご自分でそうおっしゃるまでは、ちっともそんなふうに思わなかった。体には傷跡ひとつなくて」
「何ですって?」ビリーは聞き返した。
「あの方の肌は、まるで赤ちゃんの肌みたいでしたよ」
しばらく沈黙が続いた。ビリーはティーカップを取り上げ、もう一口お茶を飲む。そうして受け皿にそっと戻した。相手が何か他の話をするのだろうと待っていたが、女主人はしんと押し黙ったままだ。彼はそこに坐って、自分の正面にあたる部屋の隅をじっと見つめたまま、下唇を噛んだ。
「あのオウムですけど」とうとう彼は口にした。「あれ……最初に窓から見たときは、ぼく、完全にだまされちゃいました。本気で生きてると思っちゃってましたから」
「残念ながら、もう生きてはおりませんのよ」
「あんなことができるなんて、さぞかし器用なんでしょうね」と彼は言った。「生きちゃいないだなんて、ちっともわからないですよ。どこでやってもらったんですか」
「わたしがやりました」
「あなたが?」
「ええ、そうです。わたしのベイジルちゃんにも会ってくださいました?」そう言うと、あごをしゃくって、暖炉の前で気持ちよさそうに丸まっているダックスフントを示した。ビリーはそちらに目をやった。そこで初めて、その犬がオウム同様、静かなまま身じろぎもしないでいることに気がついた。ビリーは手を延ばして、背中にそっとさわってみた。背中は固く、冷たい。指先で毛を一方になでてみると、その下の灰味がかった黒い膚が見えてきた。完全な状態で保存されている。
「これはまたすごい話だな」彼は言った。「見事な手際ですよ」犬から目を離すと、自分の隣りに坐っている小柄な婦人に、賛嘆のまなざしを向けた。「ここまで仕上げるのは、ずいぶん大変だったでしょうね」
「とんでもない。うちのかわいいペットが死んでしまったら、わたし、詰め物をして剥製にするんです。お茶をもう一杯いかが」
「いいえ、結構です」ビリーは答えた。お茶はかすかに苦く、アーモンドのようなにおいがしたが、彼はたいして気にも留めなかった。
「宿帳に記入してくださいましたわね?」
「ええ。書きましたよ」
「それはよかった。だって、あとでもし、わたしがあなたのお名前を忘れてしまっても、ここに来て見てみれば、いつだって思い出せますものね。いまだにわたし、毎日のように忘れてしまって、そうしてるんです。あのマルホランドさんと、それから、それから……」
「テンプル」ビリーは言った。「グレゴリー・テンプル。つかぬことをうかがいますが、この二、三年のあいだ、ここにはあのふたり以外の客はいなかったんですか」
片手でティーカップを高く掲げ、小首を心持ち左に傾けて、目の隅でビリーを見上げると、また優しい微笑を見せた。
「いいえ」彼女は言った。「あなただけ」
The End
(※後日手を入れてサイトにアップします。お楽しみに)
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