陰陽師的日常

読みながら歩き、歩きながら読む

ジェイムズ・サーバー 「たくさんのお月さま」

2007-09-30 23:09:55 | 翻訳
今日からジェイムズ・サーバーの童話 "Many Moons" の翻訳をやっていきます。たぶん三回で終わると思います。子供向けのお話なのですが、なかなか大人が読んでもなるほど、と思えるものです。
原文はhttp://sujith_v.tripod.com/stories/moons.txtで読むことができます。



たくさんのおつきさま

by ジェイムズ・サーバー



むかしむかし、海のそばの王国に、小さな王女がおりました。名前はレノーラ姫といいました。

王女は十歳で、まもなく十一歳になろうというところでした。ある日、そのレノーラ姫が、ラズベリーのタルトを食べ過ぎて具合が悪くなり、寝こんでしまったのです。王家専属のお医者様がやってきて、熱を測ったり、脈を取ったり、お姫様の舌を引っ張ったりしました。お医者様は心配顔。王様、レノーラ姫のお父さんですよ、に使いをやると、王様もすぐにお姫様のところへやってきました。

「余は姫が心より望むものがあるならば、なんなりと使わすぞ」と王様は言いました。「望みあらば申してみよ、な?」

「ございます」お姫様が言いました。「わたくし、お月様がほしゅうございます。お月様がいただけたなら、また元気になれると思うのよ」

ところで王様には大変にかしこい家来が大勢おりまして、その者たちは王様が望むものならいつでも何でも手に入れてきたのです。ですから王様は娘にも、月を手に入れてやろうと言いました。それから王様の椅子のある謁見の間にもどり、呼び鈴のひもをひっぱりました。三回長くひっぱり、それから一回短く引っぱると、じきに侍従長が部屋にやってきました。

侍従長は大きくてよく太っていて、分厚いめがねをかけていたものですから、そのせいで目が実際よりも二倍も大きく見えました。おかげで侍従長は実際よりも二倍もかしこそうに見えたのです。

「余は月がほしい」王様は言いました。「レノーラ姫が月を所望じゃ。月が手に入らば姫もまた元気になる」

「月、ですと?」侍従長は思わず叫び、目がいっそう大きくなりました。おかげで実際よりも四倍かしこそうに見えました。

「さよう、月じゃよ。つ き、あの月じゃ。今夜持って参れ、遅くとも明日までにはな」

侍従長は額の汗をハンカチでぬぐい、それから大きな音をたてて鼻をかみました。「わたくしはこれまで、きわめてたくさんのものを陛下のために手に入れてまいりました。ここにたまたま、これまでにわたくしが入手いたしましたものの一覧表がございます」そう言って、侍従長はポケットから長い羊皮紙の巻物を取りだしたのです。「はてさて」侍従長はその一覧表にちらりと目を走らせて、むずかしい顔になりました。「わたくしが入手いたしましたのは、象牙、サル、孔雀、ルビー、オパール、エメラルド、黒い蘭、ピンクの象、青いプードル、金色のコガネムシに黄金虫、琥珀に閉じこめられた蠅、ハチドリの舌に天使の羽、ユニコーンの角、巨人、小人、人魚、香木、竜涎香、ミルラ樹脂、旅回りの詩人に、吟遊詩人、踊り子たち、バター1ポンドに卵2ダース、砂糖1袋……おっと失礼、こいつは妻がここに書きつけておりました」

「青いプードルなぞ記憶しておらぬ」王様は言いました。

「ですが表にはちゃんと『青いプードル』と書いてございますし、さらにここに小さくお渡し済みのしるしがついております。ですから青いプードルは確かにお渡ししております。陛下がお忘れになっただけでございます」

「青いプードルは、もうよい。わしがいま所望しておるのは月なのじゃ」

「陛下、陛下のお望みとあらば、わたくしはこれまで、はるかサマルカンドでありましょうが、アラビアでありましょうが、ザンジバルでありましょうが、取りに参らせました」侍従長は言いました。「ですが月とはまた途方もないおっしゃりよう。月は56 327.04 キロメートル、離れたところにございますし、お姫様がいらっしゃいますお部屋より、はるかに大きゅうございます。加えて、月は溶融銅でできておりますゆえ、とてもではございませんが、陛下のおためとはいえ、とてもではございませんが、取ってまいれません。青いプードルなら、お持ちできますが、月はムリでございます」

王様はたいそう腹をお立てになると、侍従長を下がらせて、そのかわりに王家に仕える魔法使いを王の間に呼びました。

王家に仕える魔法使いは、小さな、やせた男で、細長い顔をしています。魔法使いのかぶる帽子は赤くて先が長く、銀色の星がたくさんついていて、青くてすその長いローブには金のふくろうがたくさんついていました。王様が、わしのかわいい姫のために月を取ってまいれ、と申しつけると、魔法使いの顔は真っ青になりました。

「これまでわたくしは陛下のために、ありとあらゆる魔法を使ってまいりました」と魔法使いは言いました。「実を申しますと、わたくし、ポケットに陛下のために使いました術の一覧表を、たまたまポケットに入れておりまして」魔法使いは底の深いポケットの奧をさぐって、一枚の紙を引っぱりだしました。
「まず最初は『親愛なる王家に仕える魔法使い殿:魔法使い殿がおっしゃった「賢者の石」と称するものを返品いたします……』おっと失礼」魔法使いはもう一方のポケットから、長い羊皮紙の巻物を取りだしました。
「こちらでございました。さてさて、これによりますと、わたくしは陛下のためにカブから血を絞りだし、血からカブを取りだしました。シルクハットからウサギを取りだし、ウサギからシルクハットを取りだしました。花とタンバリンとハトを呪文で呼び出しました。ダウジング用の棒と、魔法の杖と、未来を教える水晶玉をさしあげました。媚薬、軟膏、飲み薬、失恋を癒す薬、食べ過ぎを治す薬、耳鳴りを治す薬を調合いたしました。さらに調合してさしあげたのは、秘伝のトリカブト、ベラドンナ、それにワシの涙をたらした特別の混合薬、あれは魔女や悪魔、そのほか夜跳梁するものどもをよせつけぬものでした。そのうえ、ひとまたぎで33.796224 キロメートル跳べるブーツ、ふれたものみな黄金に変える指、透明になれるマント……」

「あれは効かんかった」王様は言いました。「あの透明になれるとかいうマントは、ちっともそうはならなかったぞ」

(この項つづく)


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